お盆まではまだまだ遠い、
梅雨開けの頃に祇園祭の巡行があって、
蒸し暑い長い夏に耐えきれないと思う頃、
やっとお盆、「大文字の送り火」ということになるのですが、
大文字山を眺めながらちょっと思ったことです。

(写真は「大文字・如意ヶ嶽」の大の文字の火床から、京都の町が一望できます。
ということは、京都の町の殆どの地点から、送り火が見える、ことになります。)
祖母は小さな時から家の仕事を手伝い、
ずっと働きつづけてきた根っからの庶民で、言葉も京の田舎言葉でしたが、
食べ物にはよく「お」や「さん」をつけて話していました。
「お芋さん」「お豆さん」「おいなりさん」…
でも「送り火」のことは「だいもんじさん」とか言わずに、
ただ「だいもんじ」と言っていたように思います。
祖母にとってはお盆は、送り火より、
「おしょらいさん」(精霊迎え)が大切な行事でした。
「六道さん」へ出掛けて、霊が迷子にならないように鐘をついて合図を送るのです。
「六道珍皇寺」には小野篁が行き来していたと言われる、
あの世とこの世の通り道があり、お盆の間はその道が開くと言われています。

(珍皇寺の閻魔大王)
その珍皇寺へ必ず先祖の霊を迎えに鐘つきに行っていました。
そして「だいもんじ」の日までは、
アラメや素麺やずいきなど日ごとに決まった精進料理を仏壇に供え、自分も食べて過ごします。
「大文字の送り火」はその最後の日。
お盆の間、里帰りしていたご先祖は大文字の炎と煙に送られ、
魂の居場所へと戻っていくのです。

(六道十界図)
祖母がどこまで信じて行っていたのか今となってはまったくわかりません。
習わしだからやっていただけかもしれませんが…
祖母は自分の考えや思いを口にすることはめったになくて、
ましてや家族にそのような行事を押しつけるようなことは全くありませんでした。
ありがたいことですが、
おかげで昔我が家で季節ごとに行われたであろうことや、あるいは祭り事などは途絶え、
さっぱりわかりません。
そうやって時代は変わるのだと思いますが、
もう少し訊いておけばよかったとも思うこのごろです。
私にとっては今や「ファンタジー」そのものですが、
ついこの間まで人々がそのようなことを信じて、祭り事を行っていたということに
心を動かされます。
お盆はまだまだ先のことですが、
今年は「おしょらいさん」に行ってこようかな。
そして鐘をついて、祖母にみんな元気で仲良くやってるよ、
とあの世に合図を送ってこようかな、なんて思いました。
梅雨開けの頃に祇園祭の巡行があって、
蒸し暑い長い夏に耐えきれないと思う頃、
やっとお盆、「大文字の送り火」ということになるのですが、
大文字山を眺めながらちょっと思ったことです。

(写真は「大文字・如意ヶ嶽」の大の文字の火床から、京都の町が一望できます。
ということは、京都の町の殆どの地点から、送り火が見える、ことになります。)
祖母は小さな時から家の仕事を手伝い、
ずっと働きつづけてきた根っからの庶民で、言葉も京の田舎言葉でしたが、
食べ物にはよく「お」や「さん」をつけて話していました。
「お芋さん」「お豆さん」「おいなりさん」…
でも「送り火」のことは「だいもんじさん」とか言わずに、
ただ「だいもんじ」と言っていたように思います。
祖母にとってはお盆は、送り火より、
「おしょらいさん」(精霊迎え)が大切な行事でした。
「六道さん」へ出掛けて、霊が迷子にならないように鐘をついて合図を送るのです。
「六道珍皇寺」には小野篁が行き来していたと言われる、
あの世とこの世の通り道があり、お盆の間はその道が開くと言われています。

(珍皇寺の閻魔大王)
その珍皇寺へ必ず先祖の霊を迎えに鐘つきに行っていました。
そして「だいもんじ」の日までは、
アラメや素麺やずいきなど日ごとに決まった精進料理を仏壇に供え、自分も食べて過ごします。
「大文字の送り火」はその最後の日。
お盆の間、里帰りしていたご先祖は大文字の炎と煙に送られ、
魂の居場所へと戻っていくのです。

(六道十界図)
祖母がどこまで信じて行っていたのか今となってはまったくわかりません。
習わしだからやっていただけかもしれませんが…
祖母は自分の考えや思いを口にすることはめったになくて、
ましてや家族にそのような行事を押しつけるようなことは全くありませんでした。
ありがたいことですが、
おかげで昔我が家で季節ごとに行われたであろうことや、あるいは祭り事などは途絶え、
さっぱりわかりません。
そうやって時代は変わるのだと思いますが、
もう少し訊いておけばよかったとも思うこのごろです。
私にとっては今や「ファンタジー」そのものですが、
ついこの間まで人々がそのようなことを信じて、祭り事を行っていたということに
心を動かされます。
お盆はまだまだ先のことですが、
今年は「おしょらいさん」に行ってこようかな。
そして鐘をついて、祖母にみんな元気で仲良くやってるよ、
とあの世に合図を送ってこようかな、なんて思いました。