まろねふの廊下からの呟き

中年オヂさんの呟き転じて、人生備忘録となる…

“とおー”が行く

2007年05月27日 | 廊下から
昨年夏以来不通となっていた、三江線江津~浜原間で6月16日の全線復旧に向け試運転が始まりました。

試運転初日である26日には、後藤総合車両所のDE10-1159号機が単機で走りました。この日は実家に帰省していたので、時刻表で列車の合間を推測して、8時半に江津へ出向きました。江津駅から沿線を歩きながら、列車が走った形跡がない事を確認し、江津本町へ向かい歩いていたら、第2江津踏切で係員が居るのが見えたので、列車通過が近いと思い急いで、同踏切まで移動しました。


現場で待機する係員

作業の邪魔にならぬように、しばらく道端で列車を待っていると係員の無線機から『発車5分前』の声が。これで時間が判ると安心したのもつかの間、『江津発車!』の声を聞くと今度は一気に緊張が…遠くにライトの光が見えると緊張感は最高潮に… 『腹が痛くなるなよ』と念じつつ列車通過を待ちました(笑)

警報器が鳴り始めると、列車が江津本町駅に停車。そしてゆっくりとした足取りで目の前を通過しました。


第2江津踏切に差し掛かる試運転列車

撮影しながら何気なく機関車の方向を見ると…何と区名札が『米』ではなく、浜田機関区の『浜』になっているのでビックリ! しかも、相当古い札で一見して蒸機時代のものと想像できました。わざわざ替えたのでしょうか? でも、私はこんなお茶目が大好きです(笑)


ちょっと判り難いのですが… って、プレートが白いぞ!


川本方面へゆるゆると走り去る…

走り去るDE10を見ながら、『やっぱり“とおー”ぢゃ、いけん! 三江は16ぢゃろ!』そう思うのは私だけではない筈…(爆)

全通したら乗ろうっと…


“大森”銀山…

2007年05月27日 | 廊下から
最近の島根県の話題と言えば、石見銀山の世界遺産登録の申請云々ではないでしょうか? ウチの方では、『石見銀山』より、地名でもある『大森銀山』と言った方がしっくりきます。

さて、そんなこんなの騒ぎにつられて『大森銀山』に行って見ました。本当は、お母様に『ごま豆腐を買ってきて…』と、お使いを頼まれたんですが…(笑)


大森代官所跡(現石見銀山資料館)

大田市駅から大森方面へのバスが出ているのですが、駅に着いたらバスは出たばかり、仕方ないのでタクシーで、大森代官所跡に向かい、ここから歩く事にしました。


ヤマへ向かう道

町並みも保存されているのでしょうか、何だか懐かしい風景に出会えたような気がします。


雑貨店には懐かしいタバコ売り場が…

町並みを抜けると、まずは江戸時代の精錬所『下河原吹屋』跡が見えてきます。当時の建物の礎石が発掘されて展示されています。


展望台から

更に奥へ進むと、明治期に建設された『清水谷精錬所』跡があります。説明板によると僅か1年半しか操業しなかったそうで、建物があった石組みにも圧倒されますが、上部にはトロッコが2本あったとか。廃線跡巡りは絶対に無理でしょうな(笑)


テラス状の石段が精錬所跡


間歩跡

採鉱していた坑道の事を『間歩…まぶ』というそうで、このような間歩が大小500以上あるとか。その中の一つ『龍源寺間歩』は現在通り抜けが出来る唯一の間歩です。
実際に入ってみましたが、ノミで掘った跡が生々しく残り先人たちの苦労を…と、想いに浸る前に『狭いよっ!暗いよっ!怖いよ~!』…って“アンタは面○終○郎か!”とツッコミを入れながら足早に通り抜けてしまいました。あ~怖かった(汗)


龍源寺間歩入口


内部


このように枝分かれしてます。


シャトルバス?

代官所跡から龍源寺間歩まではバスが運行されています。私は片道3キロの道程を往復歩きました。バス移動も良いですが、歩かないと判らないこともあるしね…



『ごま豆腐』もですが、大森銀山と言えば『げたのは』を忘れてはいけんでしょう。ウチの婆ちゃんや親父が好きなこのお菓子。カラメル味で素朴な味わいですが、昔はもっと甘ったるかったような気が… 銀山に行かれたら是非どうぞ。

ここでは珍しく“非鉄”なネタでした。

U山『銀は非鉄金属ぢゃからね…』
まろ『・・・』