テンペスト弾く小菅優 ・・・ 右下にベートーヴェン生誕250周年のロゴ プレミアム・シアター 2020/9/14
日本を代表する女性ピアニストで、ドイツを拠点に活躍する実力派、小菅優のピアノリサイタル。彼女はベートーヴェンのピアノソナタの全曲リサイタル・録音を達成しています。
NHKのプレミアム・シアターでピアノの単独演奏を取り上げるのは実力の証でしょう。
今回プログラムのテーマは「風」。バロックから現代曲までの作品が並んでいます。
「今回の公演では,目に見えないものに焦点を当て、さわやかな風の描写をはじめミステリアスで内面的な作品を中心として人間の心の奥まで探って行きたいと思います」と、彼女はプログラムノートに綴っています。
<曲 目>
・クラヴサン曲集 第1巻から「かっこう」「荒れ狂う風」 ダカン 作曲
・クラヴサン曲集 第3巻から「小さな風車」 クープラン 作曲
・クラヴサン曲集と運指法 第1番から「鳥のさえずり」 ラモー 作曲
・迦陵頻伽(カラヴィンカ) 西村 朗 作曲
・ピアノ・ソナタ 第17番「テンペスト」 ベートーベン 作曲
( 休 憩 )
・薄暮 作品56から「シルフィード」 シュミット 作曲
・前奏曲集から「帆」「野を渡る風」「音と香りは夕暮れの大気に漂う」
「西風の見たもの」「沈める寺」「霧」
ドビュッシー 作曲
・霧の中 ヤナーチェク 作曲
(アンコール)
・練習曲集 作品25 第1 変イ長調「牧童」ショパン作曲
・ゴイェスカス から第4曲「嘆き」 グラナードス作曲
収録:2019年11月29日 東京オペラシティ コンサートホール
前半は、まず3つのクラブサン曲、カッコウはどこかで聞いた気がする作品。さわやかな風の描写で心が和んでくるような演奏でした。
4曲目は迦陵頻伽(カラヴィンカ)、小菅さんが西村朗さんに書いてもらった曲なのだそうですが、「迦陵頻伽(カラヴィンカ)」とは仏教の阿弥陀経において、極楽に住むとされる人間の顔、鳥の体をもつ特別な鳥で、美しい声を持っている」という題名からして凄い曲。
出だしから、これがピアノ(スタインウェイのフルコン)から出てくる音とは思えない響きです。ダイナミックで、とても力強い。これまでのピアノ演奏とはひと味も、ふた味も違い衝撃的な音でした。まさに現代的な新しい音楽の体験でした。それだけに演奏も見応えがありました。
西村朗さんは「N響アワー」で司会者として登場していたので,その人となりは知っていたつもりでしたが、こうした曲を作曲するとは全く思っていませんでした。
次がベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ 第17番「テンペスト」。私はペートーヴェンのピアノソナタの中では好きな曲のひとつでよく聞きます。
すでに耳が聞こえなくなっていたハイリゲンシュタットでの作曲ですが、とても情熱に満ちた力強い作品です。有名な第三楽章は馬車が走る様子を表現したとベートーヴェンは言ったそうです。
私はこの曲のCDを3枚持っています。そして三楽章のそれぞれの演奏時間を比べるとグレン・グールド(4:32)、ポリーニ(6:02)、リヒテル( SACD Hybrid ・・・6:38)となっています。驚くのはグールド版の演奏スピードです。まるでで駆け抜けるような速さで、すっきりとした演奏です。ポリーニ版は,標準といえますか美しく感動的な名演奏。リヒテル版は思いを込めてベートーヴェンの心の奥底に迫る演奏といえるでしょう。余談ですが、カップリングされた「熱情」は超秀逸です。
3楽章の演奏時間にもそれぞれの個性が出るようです。
グレングールドのCD テンペストなど
さて、小菅優さんはといえば、演奏時間は6:51です。
演奏には、集中力があり、訴える力もあって魅力的です。巨匠達の演奏は録音が古く、現在のホームシアターで同じ条件で聞いても音質がかなり違い、さらに大画面で演奏者の表情や仕草まで見てとれるので鑑賞する時の気持ちが違います。やはりNHKプレミアム・シアター(BS-P)は録画・録音技術が格段に進歩しているといえるでしょう。
ベートーヴェン生誕250周年の年にふさわしい演目でした。
後半は、シュミットの「シルフィード」、ドビュッシーの「前奏曲集」から6曲、ヤナーチェクの「霧の中で」と近代の作品が並ます。
とりわけドビッシーの「前奏曲集」からの6曲は、リサイタルのテーマに良く合った選曲でした。よく知られている「沈める滝」は、静寂感のある中から重々しい和音で寺が現れてきて,また沈んでいくイメージがよく現れていました。「霧」も霧のかかった幻想的な美しさが緻密に表現されていました。
ヤナーチェクの名前は「シンフォニエッタ」でしか知りませんでした。
「この曲で終えたいと思っていたのがヤナーチェクの『霧の中で』。娘オリガに先立たれ、作曲したオペラが受け入れられないなど悲惨な状態だったヤナーチェクの心の霧が表現された、はかない音楽ですが、『生きていかなければいけない』という強さを感じます。」(小菅優)
ドビッシーの曲の印象主義的な影響が感じられ、繊細さとダイナミックさとでヤナーチェクの心境を上手く表現していました。個人的には3番の民族的な主題が繰り返されるところが興味深く聞けました。
リサイタルのテーマが設けられていて、どのような観点から演奏を聴けば良いかが分かりやすく、また、演奏もこのテーマに沿って行っているという印象を受けて理解しやすかった。とても良い演奏会でした。