マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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櫟枝町・久しぶりの表敬訪問に民俗を知る

2021年03月26日 09時32分30秒 | 大和郡山市へ
たしか88歳の後半にあたる年齢になったと推定する婦人。

大和郡山市の旧村の一つにある櫟枝町に住むIさん。

かーさんが所属するクラブ活動で知り合った婦人に差し上げたいものがある。

クラブに参加しているので、そのときにでも、と思って持っていくが、たまたまその日はお休み。

婦人が参加される日はこちらが休みとなれば日延べばかりが続く。

なんなら買い物ついでに足を伸ばして渡しておこうか、といえばそうしてという。

預かったモノは手作りプリザーブドフラワー。

毎月が異なる形の手作りフラワー。

今日はお休みらしいくどこかへお出かけしているそうだが、お家には家族がおられるだろうと出かけてみたが・・呼び鈴の反応空しく留守だった。

仕方なく帰ろうとした際に聞こえてくる作業の音。

八幡宮北に建つ極楽寺境内から聞こえてくる音。

お声をかけたら鎌に刈り取った草をもっていた婦人だった。

当番のときはいつもこうして掃除をしているという。

婦人が手にしていた草はドクダミ草。

鼻を寄せなくとも香ってくる独特の匂い。

決して嫌味な匂いではないが、人さまは臭いというドクダミ草。

別名に“十薬”の名があるくらいの薬草。

漢方薬の一つに揚げられる“十薬”は、同じ発音の“重薬”もそうである。

刈り取って陰干しするだけで作れるドクダミ茶。

製品となればまま高値で販売されている“十薬”である。

ドクダミ草はいくら刈っても、毎年生えてくる。

古い井戸周りにはびっしり生えているドクダミ草。

お盆の施餓鬼前にはおばあさん講とも呼ばれる尼講に檀家総代を交えて大掃除に対応するらしい。

ここらではたぶんに早い8月6日に行われる櫟枝極楽寺(※普段は無住寺)の施餓鬼。

隣の本村にあたる横田町の融通念仏西興寺の住職に来てもらって施餓鬼法要をしてもらうのだが、兼寺も多く、時間調整の結果によって毎年が異なる時間帯になるそうだ。

そういえば、住職とは平成29年の6月に天理市福住の融通念仏宗西念寺でお会いしたことがある。

兼寺でなく本寺の務めに就任されたと云っていただけに、朝10時もあれば午後一番というときもあり、時間調整はさらに難しくなったようである。

ドクダミ草を刈っていたYさんの話によれば、療養されていた老師が亡くなられ百カ日法要をしたばかりだという。

さて、Yさんも務めている櫟枝町の尼講。

これまで10人の講中で営んできた。

以前はそれ以上の講中であったが、構中が少なくなった際に、水曜、土曜日の週2回のペースを割愛し、週一に切り替えたそうだ。

毎週の当番は2人組。

廻りは早く、ほぼ月1に当番が廻ってくる。

近年、新しく入講された一人を入れて、現在は11人の廻り。

見習い経験の期間はその組だけが3人。

かつては真言宗だった極楽寺。宝暦年間(1751~)に改宗されて融通念仏宗派に移った。

念仏を申すに融通念仏勤行を唱えるお勤めに慣れてきたら順繰りに廻すようだ。

そのような尼講話題に盛り上がっていたお昼前の時間帯。

60歳のころに免許を取得したと話していたIさんが戻ってきた。

Iさんと初めてお会いしたのは平成25年の5月25日

平成26年9月14日

再びお会いしたその日はマツリの当家宅を案内してもらった。

「あのころに比べたら痩せたみたいね」、といわれた通り、そう、大病をしてからもう4年になるが、身体つきはまだ戻っていないようだ。

帰路に走る村中央を往来する集落道。

狭い道を通り抜ける際の対向措置に気を配る。

その一角。



あるお家の前に置いてあった「ホテイあおい ご自由にどうぞ」と、道行く人たちに伝えていた。

(R1. 7. 4 SB805SH撮影)


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