↑ 「摩利と新吾」 秋田書店版 1~3巻のみ
私のブログを以前よりご愛読の方 (いるのか ?) はとうによくご存知であるが、鷹塔 摩利・思音 とは、木原 敏江氏の少女マンガ 「摩利と新吾」 に出てくるキャラクターの名前である。
もう一方の 松方コレクション(まつかたコレクション) とは、実業家松方幸次郎が大正初期から昭和初期にかけて集めた美術品コレクションのこと。海外に保管していた一部の美術品は、戦後長らくフランス政府に押収されていた。時の吉田茂首相が交渉に尽力し返還されることが決まったが、その後も紆余曲折の後、条件付で返還された。
ゴーギャンやゴッホなどいくつかの重要な作品はフランス側が譲らず、又返還された美術品のために日本側が新しく美術館を建てると言う条件で返還されたものである。
松方幸次郎氏のお写真はこちら → 川崎正蔵・松方幸次郎
その時に受入先として建てられたのが
国立西洋美術館(上野)
である。上野は我が家から割合近いのでよく美術展があると行くのだが、ここ国立西洋美術館も企画展があると年に1・2度は行く。現在は松方コレクション以外も多数展示している。
前置きが長くなったが…(いつもそう。)以前こちらに行ったときに、美術館が建設された経緯と松方幸次郎の来歴を知り、この人って 鷹塔 摩利・思音 のモデルになりそうな人物だな~と思ったのだ。
松方幸次郎は1865年12月1日生まれ (一説には慶応元年 1866年1月17日 生まれ) で、鷹塔 思音よりは同じか少し下になるかな、なんて勝手に想像しているのだが。
思音の息子である摩利はもちろん、幸次郎にすれば自分の子供の年齢になる。実在しない人間の年や環境をあれこれ想像して楽しむのはオタクファン以外の何者でもないとは思うのだが、少女マンガとはいえ作者の 木原 敏江氏 が歴史に詳しく時代背景もしっかり描かれている作品なのでついついモデルの一人や二人や三人や四人や…いるんでは。。。と考えてしまうのだ。
大正末期撮影と言う幸次郎氏のお写真を眺めていると、優しげな風貌だがしかし川崎造船所をわが国有数の重工業会社に育てた辣腕実業家としての才気がなにやら 思音氏 と重なる。マンガでは鷹塔 摩利が主人公なので、親の思音氏の商売についてはさほど詳しく触れていないが、思音氏は伯爵家 (江戸時代は多分大名か公家 ? ) の御曹司なのに、明治と言う時代に早くもヨーロッパと日本を行き来して国際的経済活動をやっているらしい。
若い頃はドイツ留学し、その後もヨーロッパで活躍している思音氏にすれば、彼の地の文化に触れ、西洋芸術にも当時の日本人としては造詣が深かったことだろう。絵画の何点かは買い込んでいたかも知れぬ。
又息子の摩利もドイツ人の母を持ち、(3歳の時に死亡しているが) 13歳と18歳の頃にドイツやスイスに留学、その後父と同じにヨーロッパと日本を行ったり来たりして経済活動をしているので、西洋の美術品の収集くらいやっていても可笑しくない。
そういえば、思音の読み方は モネ だなぁ~、これ絶対
クロード・モネ
から取っているよな~、そんなことを考えてほくそえんでいる バカ なファンである。