マンガ家、古城 武司氏に描いて頂いた色紙 ↓
1967年4月4日の日付になっています。多分、ご自宅で描いて頂いた物。
もう一枚 可愛いでしょ。 ↓
最初は姉に連れて行ってもらって、古城氏の仕事場へ出入りしていたのは中学生の頃でした。もう、その仕事場がどこにあったかも忘れた遠い昔のこと。
折りから学校の文化祭で有志が集まって 「マンガ同好会」 の発表をしようということになり、読みきりの生原稿をお借りして貼らせていただいたりもしました。
当時描いていらしたのは、「偉大なる王(わん)」 という中国の虎のお話。少し前後するかもしれませんが。その頃の絵柄は 「ワイルド・セブン」 の望月 三起也氏のようなワイルドな絵柄でした。でも、後で代表作となった1973年から少年画報社の「少年キング」で連載が開始された『おれとカネやん』 (原作 梶原 一騎氏) は、 「紫電改のタカ」 のちば てつや氏風の柔らかい画風でした。この色紙もそんな感じですね。
何回か伺っていたある日、いつものように突然行くと、素晴らしいクロッキーを見せられました。見るからにハーフの美少女の絵で、「とても綺麗な子なんだ・・・。」とちょっと照れて言うのを見て、子供心に何か感じた私は、その後氏の仕事場に行かなくなりました。それだけの淡~い思い出です。華奢な感じのシャイな方でした。
実は、今年2月8日に亡くなられたことを知りました。67歳、まだまだお若い年ですが、舌のガンだったそうです。今回調べたら、集英社の学習漫画「世界の歴史」「世界の伝記」シリーズのほか、流星人間ゾーンや伝説巨人イデオンといったアニメのマンガ化作品などでも活躍されたそうです。知りませんでした。
心より、ご冥福をお祈り致します。
1967年4月4日の日付になっています。多分、ご自宅で描いて頂いた物。
もう一枚 可愛いでしょ。 ↓
最初は姉に連れて行ってもらって、古城氏の仕事場へ出入りしていたのは中学生の頃でした。もう、その仕事場がどこにあったかも忘れた遠い昔のこと。
折りから学校の文化祭で有志が集まって 「マンガ同好会」 の発表をしようということになり、読みきりの生原稿をお借りして貼らせていただいたりもしました。
当時描いていらしたのは、「偉大なる王(わん)」 という中国の虎のお話。少し前後するかもしれませんが。その頃の絵柄は 「ワイルド・セブン」 の望月 三起也氏のようなワイルドな絵柄でした。でも、後で代表作となった1973年から少年画報社の「少年キング」で連載が開始された『おれとカネやん』 (原作 梶原 一騎氏) は、 「紫電改のタカ」 のちば てつや氏風の柔らかい画風でした。この色紙もそんな感じですね。
何回か伺っていたある日、いつものように突然行くと、素晴らしいクロッキーを見せられました。見るからにハーフの美少女の絵で、「とても綺麗な子なんだ・・・。」とちょっと照れて言うのを見て、子供心に何か感じた私は、その後氏の仕事場に行かなくなりました。それだけの淡~い思い出です。華奢な感じのシャイな方でした。
実は、今年2月8日に亡くなられたことを知りました。67歳、まだまだお若い年ですが、舌のガンだったそうです。今回調べたら、集英社の学習漫画「世界の歴史」「世界の伝記」シリーズのほか、流星人間ゾーンや伝説巨人イデオンといったアニメのマンガ化作品などでも活躍されたそうです。知りませんでした。
心より、ご冥福をお祈り致します。