山田風太郎「あと千回の晩飯」
友人fishkingさんの推薦でこのエッセイ集を読むことになった。
書庫をさがせば「甲賀忍法帳」「伊賀忍法帳」「くの一忍法帳」その他数冊の山田風太郎作品が出てくるはずであるが、まあ、通読したのはこれがはじめて。
だから、どうにも、書きにくいのである。
<山田風太郎(本名 山田誠也)は大正11年1月4日、現在の住所は兵庫県養父市関宮-に生まれた>とあるから、わたしからみれば父親の世代の作家である。
>>山田風太郎記念館
http://www.fureai-net.tv/kazetarou/syougai/index.html
美人コンテスト
いろいろなベストテンもの
競馬
マージャン
コンピューターゲーム
山田さんはこういったエンターテインメントの骨法を先取りした作家ではないか。
10年ばかりまえのことだろうか?
伝奇物のブームみたいな一時期があって、
その中心にたしか、山田風太郎さんがいたと記憶している。
書店には彼の著書がたくさんならんでいた。
「へえ、こんな作家がいたの・・・」
わたしはたぶん、そのとき、はじめて山田さんを知ったような気がする。
しかし、いまとなっては、そうたやすく書店の棚で山田風太郎作品におめにかかることはできないだろう。
絶版にはなっていないようではあるが、ブームはとっくに去っている。
時代小説をたくさん書いてきたようだが、
山本周五郎
池波正太郎
藤沢周平
こういった作家と肩をならべるまでの人気はないのだろう。
現実感を無視したような小説における天衣無縫ぶり。
好む読者もいるだろうが、わたしは途中で本を投げ出した。
でも、「あと千回の晩飯」はおもしろかった。
名のごとく、きわめて風通しがいい。
70歳をすぎてから、朝日新聞、「問題小説」、産経新聞などに発表したエッセイ、コラムを集めた本である。
1,000回とは、365日で割れば。2年7ヶ月ほどだが、
つまりはまもなく死んでいくべき老人として、「生老病死」をみつめつつ書かれたエッセイなのである。
11月に入って、なぜか吉本隆明が気になって、
「悪人正機」
「老いの超え方」
「家族のゆくえ」
「最後の親鸞」
などを買い込んで、少しずつ読んでいるが、その話を友人にしたこところ、
この本を推薦されたのであった。
天衣無縫で気ままに生き、かつ書いた作家のようだが、
夏目漱石や黒澤明を尊敬していたらしく、
彼らにはじつにしばしば言及しているのが興味深い。
50歳をすぎた読者なら、これといった予定のない優雅な一日、
日溜まりに横たわって、うつらうつらしながら、きっとおもしろく読めるにちがいない。
そういうエッセイである。
読みとばしてもいいし、斜め読みしてもいい。
「老年」も本人にとっては、いうまでもなく、日々「初体験」なのである。
ではこの男も、人生の達人であったか。
作家としての評価など、死んだ人間にとっては、なにほどのこともない。
日本の中世には、山田さんのような飄々とした生き方をした人間はさほどめずらしくなかったような気がする。
我執がない、といえばおかしいが、まあ、そいうふりをしつづけ、
自分の持ち味にしてしまった作家ではなかったか。
山田風太郎という生き方。
その片鱗、たしかに見届けましたぞ
山田風太郎「あと千回の晩飯」朝日文庫☆☆☆
友人fishkingさんの推薦でこのエッセイ集を読むことになった。
書庫をさがせば「甲賀忍法帳」「伊賀忍法帳」「くの一忍法帳」その他数冊の山田風太郎作品が出てくるはずであるが、まあ、通読したのはこれがはじめて。
だから、どうにも、書きにくいのである。
<山田風太郎(本名 山田誠也)は大正11年1月4日、現在の住所は兵庫県養父市関宮-に生まれた>とあるから、わたしからみれば父親の世代の作家である。
>>山田風太郎記念館
http://www.fureai-net.tv/kazetarou/syougai/index.html
美人コンテスト
いろいろなベストテンもの
競馬
マージャン
コンピューターゲーム
山田さんはこういったエンターテインメントの骨法を先取りした作家ではないか。
10年ばかりまえのことだろうか?
伝奇物のブームみたいな一時期があって、
その中心にたしか、山田風太郎さんがいたと記憶している。
書店には彼の著書がたくさんならんでいた。
「へえ、こんな作家がいたの・・・」
わたしはたぶん、そのとき、はじめて山田さんを知ったような気がする。
しかし、いまとなっては、そうたやすく書店の棚で山田風太郎作品におめにかかることはできないだろう。
絶版にはなっていないようではあるが、ブームはとっくに去っている。
時代小説をたくさん書いてきたようだが、
山本周五郎
池波正太郎
藤沢周平
こういった作家と肩をならべるまでの人気はないのだろう。
現実感を無視したような小説における天衣無縫ぶり。
好む読者もいるだろうが、わたしは途中で本を投げ出した。
でも、「あと千回の晩飯」はおもしろかった。
名のごとく、きわめて風通しがいい。
70歳をすぎてから、朝日新聞、「問題小説」、産経新聞などに発表したエッセイ、コラムを集めた本である。
1,000回とは、365日で割れば。2年7ヶ月ほどだが、
つまりはまもなく死んでいくべき老人として、「生老病死」をみつめつつ書かれたエッセイなのである。
11月に入って、なぜか吉本隆明が気になって、
「悪人正機」
「老いの超え方」
「家族のゆくえ」
「最後の親鸞」
などを買い込んで、少しずつ読んでいるが、その話を友人にしたこところ、
この本を推薦されたのであった。
天衣無縫で気ままに生き、かつ書いた作家のようだが、
夏目漱石や黒澤明を尊敬していたらしく、
彼らにはじつにしばしば言及しているのが興味深い。
50歳をすぎた読者なら、これといった予定のない優雅な一日、
日溜まりに横たわって、うつらうつらしながら、きっとおもしろく読めるにちがいない。
そういうエッセイである。
読みとばしてもいいし、斜め読みしてもいい。
「老年」も本人にとっては、いうまでもなく、日々「初体験」なのである。
ではこの男も、人生の達人であったか。
作家としての評価など、死んだ人間にとっては、なにほどのこともない。
日本の中世には、山田さんのような飄々とした生き方をした人間はさほどめずらしくなかったような気がする。
我執がない、といえばおかしいが、まあ、そいうふりをしつづけ、
自分の持ち味にしてしまった作家ではなかったか。
山田風太郎という生き方。
その片鱗、たしかに見届けましたぞ
山田風太郎「あと千回の晩飯」朝日文庫☆☆☆
リンリンの写真やHN テンプレートの使い方に
センス光ってますね
私活字人間じゃないんですが
風太郎さん 面白そうですね~~
たまに覗きにきますね
お時間あるとき Gallery見て下さいな。
やっとこさ 蝶さんUPしましたよ。
別館のほうまで足をのばしていただいて、
ありがとうございます。
私的にはもう活字モードに切り替わってしまいました。
わがまま勝手に、落書きのつもりではじめたのですが、
まだ肩に力が入っている、かな(笑)。
リラックスしすぎると、Hでだらしがないただの「おやじ」になってしまうもので(モジモジ・・・)。
あとでそちらへもおじゃまします