二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

命   柳美里(小学館)

2010年03月04日 | ドキュメンタリー・ルポルタージュ・旅行記
ずっと昔は、ヤナギ・ミサトと読んでいたことがあった。
ユウ・ミリだと知ったのは、NHKのドキュメンタリー番組を見たときではないだろうか?
少し驚いたが、同時に反発も感じた。
あまりに徹底した「自己劇化」の手法に、「なにもかも、あんたがそれを求めた結果にすぎないだろう」「あんたが、望んだ通りになっただけじゃないか」といいたかったのである。

周囲の人間や、自分自身を食い物にする・・・そういう人種がいる。
わが国の「私小説」の作家の多くが、その陥穽にはまり、エッセイとも体験記とも、手記ともつかない、奇妙な作品を生み出してきた。本書もまた、そういった系列に属する、風変わりな作品である、というのが、第一印象であった。

こういった作品を、文学としては、評価することはできるのか?
ガン患者を看取った闘病の手記としてはありふれているし、私生児出産を体験した女の体験記としても、平凡きわまりない感慨にうめつくされている。ここには、感情のうねりはあるが、思想はないのである。
妻ある男とつまらない恋をし、子を孕み、思い悩んだすえに、出産子育てへとすすんでいく。「へええ、女とはこういう生き物であったか」と男のわたしは、あらためて眼を見張るような場面がつづられていくが、社会的な存在としては、「売文の徒」としてのしがない渡世があぶり出されてくるばかり・・・といってはいいすぎだろうか。

そこに「在日朝鮮人」としての苦衷がはさみこまれる。
そのあたりから、この小説家の一種独特な世界が、ゆらりとあらわれ出るのである。
ヤナギ・サトミ、いやユウ・ミリとは、何者であるのか?
そして、東由多加とは?

わたしから眺めると、この人たちは、デラシネである。
根を失った人たちの、漂流の記なのである。
「家族」は、それじたいとしては、もはや信じられてはいない。
精神的にはある種の難民であり、グローバル化の落とし子である。液状化した文化のなかで、1対1の関係すら曖昧になって、欲望のまにまにただよい流れる、人間とよく似た生き物たちのドラマ。
リュウ・ミリが描いているのは、そのような袋小路でもがき、「自己回復」を願いながら苦闘する男と女の姿である。

しかし、本書をたとえば「文学作品」としては、わたしは評価しない。
わたし=柳美里であって、そこには、なんの疑いもさしはさむ余地がないからである。主要人物も、周辺人物も、そのまま実名で登場する。生のこのような切迫した場面に遭遇し、文学になどなんの価値があるか?
問いはむしろ、そのように発せられている、とわたしには見える。
「ああ、これは、女性週刊誌などによく掲載される、あのスタイルだな」と感じてしまう。
人と違った、異常な体験をした女性が、その体験を生々しくつづる、あの手記という方法に、とてもよく似ている。
彼女は同時性のなかで、いわば、リアルタイムに書いている。
みずからの愛のない妊娠出産と、東の不条理なガンとたたかいが、ねじり合わせられて、「過酷さ」「極限性」が高められていく。それは、彼女がそれを望んでいるからだし、そう書くからである。

対象と一体化する。距離がゼロになってしまう・・・ここには、女性特有の感情の論理しか見出すことができない。同じような体験をしても、書く側が男性なら(この場合、そんなことはむりだが)、「手記」はずいぶん違ったパースペクティヴをもったはずである。
「体験は体験として、彼女はそれを手っ取り早くお金にかえる必要があったのだろう」
連載されたのが週刊誌なので、よけいにそんなにおいがつきまとうのだろうか?

「文学作品としてすっくと立っている」「書くことは生きること。言う人によっては単なるカッコつけとも聞こえるその言葉が、著者については真実と思える」「死にゆく命と、生まれ出づる命との、リレーのバトンタッチのような劇的な時間を、これほど切ない愛と祈りをこめて、真正面から書ききった、柳美里の聖なる力わざに感動した」
本書の帯には、そういった著名人たちの賛辞がたくさん寄せられている。
しかし、こういった手記を他人であるわたしに評価できるだろうか?
「うん、おもしろかった」といったら、それこそ失礼というものだろう。
とはいいながら、続編も読みたくなった。東由多加の最期を、柳美里の「ことば」で見届けたい・・・という誘惑には打ち勝てないのである。四部作ということらしいから、もう少しさきへすすんでみよう。それからあらためて「評価」を考えても、遅くはあるまい。


評価:★★★☆(3.5)

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