二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

ある夏の一日(ポエムNO.2-63)

2015年07月20日 | 俳句・短歌・詩集
太宰治の文庫本がベンチで風に吹かれて
表紙がパタパタと音をたてている。
「きりぎりす」という本だった とおもうけれど自信はない。
ぼくは木陰でレモンが入ったミネラルウォーターを飲みながら
それを聞き それを見ていた セミの鳴かない暑い夏の午後。

それは行き止まりの風景だった。
そこを背にして歩きだす人が ぼくのほかにもうひとりふたりいる。
ぼくはその人を 夕べ見失っておろおろした。
化粧っけのほとんどない 髪の長い恋びとを。
さよなら ヨウコ! 愛する子猫ちゃん。

そのときぼくはまだ四十になりたて。
巨きなクジラのような雲が空をぷかり
ぷかりと泳いで その横には象がいたな。
写真は撮らず まぶたの裏に焼付けた。
カフカというあだ名の友達がいてさ

「いまがいちばん輝いている」
そのことに気づきもしなかった。
失われてみないとその価値がわからない。
そういう時間の中を生きていたのだ。
ヨウコとカフカと 一匹の黒猫で明け暮れて

夢の中の不思議な街。
花たちが体をゆすって歌いだす。
ゴヤという名のカフェ はもうない。
それをたしかめたとき ぼくは現実にひきもどされる。
またたくまの二十年が消える

・・・消える。
なにもかも。
一枚のポートレイトが一個の墓標のように見える。
いつまでもうなだれていないで歩きだそう。
今日というありふれた一日の背後へ向かって ね。

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