二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

ぼくはここにいるよ(ポエムNo.3-41)

2020年04月16日 | 俳句・短歌・詩集
   (2016.10.26撮影 榛名山)


こころにはいわば深層水とでもいうべきものが流れていてね。
榛名の森の奥 木の根に腰かけていると
その音が聞こえてくる。
ざざざ ぴゅろんぴちゃん。

コケがつくる居間のソファーでは
バストを尖らせた 髪の長いグラマー女優の隣で
とっくに亡くなった詩人
吉岡実さんが歌いだしそうな表情でこちらを眺め

長いたばこをくゆらせている。
一日中吸っていられる 香りのいいたばこ。
めったに人はやってこない。
小さなほの暗い居間。

十年前 いやもっとはるかな昔だな。
ぼくはそのコケの居間へ招かれ
ソファーにすわって
いい香りのするたばこを吸ったことがあった。

だれも知らない 少し湿っぽい谷間
・・・のようなところ。
ざざざ ぴゅろんぴちゃんと深層水が流れている。
ぼくはその居間で百年の眠りのつき

そしてさっき ついさっき目を覚ましたばかり。
だからその情景をありありと覚えている。
長い沈黙のあと「きみはだれかね?」
吉岡さんは突然そう質問したのだ。

「見慣れない顔だが」といったまま考え込んでいる。
ああそうか
冥府はこんなところだったのか。
もし冥府というものがあったとしたら。

木の根のソファー。
吉岡さんと女優と
一日中吸っていてもおわらないたばこ。
「あしたも明後日もぼくはここにいるよ」

静かな 静かな午後。
「またお邪魔しましょう。ぜひお招き下さい」
百年はすでにたってしまった。
さて ほんとうに目を覚まさねば。

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