二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

「漱石ゴシップ」

2007年12月16日 | 夏目漱石
 はじめにいっておくが、この本はおいしいですぞ!漱石に関心のある方なら、ページを繰るのがもどかしいくらい味わい楽しめること請合いである。
一週間のうち、三日か四日は本屋へ散歩に出かける。この本は、その散歩の途中たまたま眼にとめたもので、数ページ立ち読みし、買うことになったのである。読みはじめててすぐ、期待以上のおもしろさだと気がついた。
 ゴシップといえば「週刊新潮」や芸能誌がすぐ思い浮かぶ。作品別の章立てとなった目次にはゴシップふうの見出しがずらっとならぶ。

・虚子が勝手に書きかえた「猫」第一稿
・「猫」で荒稼ぎした「ホトトギス」
・「吾輩」グッズが帝都を席巻する
・坊ちゃんは松山が大嫌い
・「不徳義漢」と非難を浴びた朝日「入社の辞」

 どうです? おいしそうなメニューとみるか、大向こう受けを狙っただけのはったりとみるか。・・・どうしてどうして、フレッシュですばらしく美味。汗牛充棟、恐るべき数の漱石研究本の代表的なものは、すべてふまえて書かれているからだ。コラムふうの短文の積み重ねであるから、通勤途中にも読める。単刀直入にずばり核心にふれていて、むだがなく、まことに歯切れがいい。この2~3倍書いてまとめれば、さしずめお総菜屋さんのショーウィンドウならぬ「漱石百科」である。

 一例をあげよう。
 問い:漱石はなぜ金之助と命名されたのか?
 答え:申の日、申の刻に生まれた者は、将来大泥棒になる。
この難を避けるには名前に金の字を使うか、カネ偏をつけねばならない。そういう俗信があったのである。

 いちいち紹介するほどのスペースはないが「漱石が好きだった食堂車はいまや風前の灯火」だとか「『人工的インスピレーション』は猛烈な読書から」「徴兵忌避者と名ざされた漱石」など、見逃せないコラムの花道!
う~む、この手の本をおもしろがるのはミーハーの特徴ですぞ、といわれそうだな(^^;) まあ、それでもかまわない。「漱石山脈図」「夏目家の人々」なる図版も、漱石理解の大切な手がかりである、といっておこう。

 また当時神田で古本屋をしていた岩波茂雄(岩波書店創業者)と漱石の関係にもふれている。岩波の処女出版が「こころ」であったが、漱石がまあよかろうと許可すると、岩波茂雄は「では先生、出版の費用を貸して下さい」といったという。それに対し「ならば僕の自費出版の形をとろう。僕が装幀ももやって岩波から出す。経費はいっさい僕持ちで売上金は夏目家と岩波書店で配分しよう」 
 江戸っ子で義侠心も厚かった漱石の面目躍如たるエピソード。こういうエピソードがたくさん紹介され、ファンをよろこばせてくれることとなる。なるほど、それで岩波の漱石全集や文庫本は、あの装幀が使われているわけね(なっとく)。

 解剖に付された漱石の脳は、いまでも東大医学部に保存されているそうである。
こういう本とばったり出会えるのだから、やっぱり「本屋の散歩」はやめられない。

 長尾剛「漱石ゴシップ」文春文庫>☆☆☆☆

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