二草庵摘録

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吉本隆明「夏目漱石を読む」

2007年12月16日 | 夏目漱石
 吉本隆明といえば、かつてはカリスマ的な思想家、文芸評論家、詩人であった。いや、いまでも、そうなのかも知れないが、そういった知識人ふうの読書生活から長らくはなれていたから、もうよくわからない。
 勁草書房から刊行されていた著作集を十数冊持っているが、「共同幻想論」「言語にとって美とは何か」などの代表作は、難解すぎて、当時もいまも、歯が立たない。ネットで検索をかけてみたら、リストはあるが、品切れ、再版未定とある。
 
 この人の職人的な風貌を見るがいい。昔下町にいたような、そして現在ではほど絶滅してしまったような、骨太で途方もなく頑固なおやじそのものである。生き方にも筋が一本通っているし、「世俗の権威に依存する」ことなくやってきたという自信と気概に満ちあふれているから、半言隻句にも説得力がある。2008年を目前にしたいまの時点で読んでいくと、いい意味でも悪い意味でも、時代の刻印を強く感じる。かつては新左翼の思想的バックボーンと見られていたので、そういった来歴に反発する読者もいよう。しかし、こういった講演やインタビューには、泥臭い思想家のくさみはほとんどなく、たいへん読みやすくなっている。
 もうずいぶん古い話になるが、1970年というのは、われわれ世代にとっては、たぶん、特別な意味を持っている。
 ・東大安田講堂の陥落
 ・三島由紀夫の市ヶ谷での自刃
 ・連合赤軍浅間山荘事件
 こういった「大事件」がたてつづけに起こったからだ。
 わたしの周辺では、ちょっと硬派の連中は吉本隆明や、埴谷雄高、高橋和己、ドストエフスキーなどを読んでいて、当時「現代詩」を書いて「現代詩手帖」「ユリイカ」の投稿欄の常連であったわたしも、いくらかは影響をうけた。
 まあ、いまとなっては、大学生の読む本はまるでかわってしまったろう。時代の大きなうねりと変化を感じたのは1980年代。そしてあの、札びらが舞い飛んだ狂乱のバブル期へと移行していく。あの当時の「吉本信者」「埴谷信者」はどこへいったのだろう。

 3ヶ月ばかり前、ふとした出来心で、BOOK OFFの100円コーナーにならんでいた新潮文庫「悪人正機」を買ったが、しばらくほったらかしてあった。有名なコピーライター糸井重里さんがインタビュアーとなって、「思想界の巨人」からいろいろな話を引き出してくれていて、これが読みやすく、予想以上におもしろかったから、もう一冊、もう一冊というふうに、4冊ばかりの吉本隆明の本を買った。「遺書」は以前妻が買って読んだらしく、クローゼットの棚から出てきたので、これもすぐに読んだ。 

 さて「夏目漱石を読む」であるが、よみうりホールで四回にわけておこなわれた講演記録をもとに、本にするにあたって若干加筆訂正をおこなっただけのものなので、気軽にすらすら読めるところがいいな。そのかわり、卓見だとか、新発見だとかいうキャッチはなく、肩の力をぬいて、「おれならこう読む」という立場に徹している。これで小林秀雄賞をうけたと何かに書いてあったが、そういう賞があったのは、うかつながら、はじめて知った(^^;)

 わたしの印象では文芸評論は吉本さんの表看板ではない。「おや、この人が漱石について一冊の本をまとめるとは・・・」と思った。宮沢賢治や太宰治についての論考は以前から眼にとめていたが、漱石について、このような関心をむけていたとは・・・。
 「わたしは漱石の作品には執着が強く、十代の半ばすぎから幾度か作品を繰り返し読んできた」とあとがきにある。「隅々までぬかりなく読んだので」とご本人がいうのであるから、思いつきや、依頼を断れずやむをえずひきうけた講演ではありえない。
 1.「渦巻ける漱石」
 2.「青春物語の漱石」
 3.「不安な漱石」
 4.「資質をめぐる漱石」
 
 講演の各回ごとに、漱石の代表作を三編づつとりあげているから、計十二編の作品にわけいって、論じているわけである。その論点がもちろん吉本ワールドとなる。男女の三角関係という絶対的矛盾の構図のなかに、近代以降の思想史が投影されてくるあたり、読み応えがある。ただ、講演の性格上仕方ないのかもしれぬが、長々とストーリー展開の紹介をやっているあたりはかったるい印象がある。
 そうか、そういう読み筋があったか・・・。読者にそう思わせたら、漱石の世界への招待状としては大成功である。 

吉本隆明「夏目漱石を読む」筑摩書房>☆☆☆★
 

 

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