二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

漱石先生ぞな、もし

2007年12月21日 | 夏目漱石
 くだけた話口調で、ウイットとユーモアを効かせたつもりのようだが、どういうわけかそれほどおもしろくない。なぜかと考えると、まず、文体がない。文章があちこちで、ぎくしゃくしている。他人さまのことはいえた義理ではないが「こりゃ素人だな」といった印象が最後までつきまとった。
 著者の経歴を見るにおよんで、ははあと納得。文藝春秋社の元専務とある。東大出で週刊文春、文藝春秋の編集長などを歴任しているというから、出版界ではエリート。漱石の長女、筆子の女婿という立場にある。鴎外、漱石の子孫は文筆家となった人が少なくないが、この半藤さんもそのひとり。元編集者として、司馬遼太郎や松本清張の「知られざるエピソード」を書いて発表したり、得意分野である昭和史をめぐってさまざまな著作を世におくっているようだ。

 「坊っちゃん」「我が輩は猫である」がお気に入りらしく、漱石の初期の作品にみられる滑稽洒脱ぶりにずいぶんとあやかって書いている。しかし、失礼ながら、およそ半分は「埋め草原稿」レベル。
 ご本人もそれは承知していらして「むしろ読み捨てにしてもらったほうが有り難い」と前口上で書いている。
 ひと昔まえなら、たしか「こぼれ話」ということばがあった。これこそ「こぼれ話」の典型であると思う。これが読売文学賞と書いてあるのを眼にとめ「文学賞」なるものの軽佻浮薄ぶりが透けて見えたな(^^;)

 わたしが関心をひかれたのは、徴兵忌避者としての漱石について書かれた部分。
 漱石が明治25年に突如として本籍を北海道に移していることに注目したのは丸谷才一さんである。一部で物議をかもしたその評論は直接は読んでいないが、なにかの本で引用されているのを眼にして、ある程度は知っていた。その真偽というか、真相は、その後、文芸評論の世界でどんなあつかわれ方をしているのか、興味があったのである。半藤さんは、多少の留保は残しながらも、漱石が「徴兵忌避」をしたことを「認めざるをえない」としている。漱石の神経衰弱については、さまざまな論者が、さまざまに推論憶測をたくましくしているが、その原因のひとつに、徴兵忌避による自責の念が原因との説がある。
 そればかりではない。半藤さんは、漱石の号の裏には「漱石=送籍」という諧謔があるのではないか、とまでいっている。う~むこれはスリリングなご指摘ですぞ!
 そのほか、おもしろいのは、漱石の身長、体重にふれているくだり。

 身長:158.70㎝
 体重:52.31kg
 胸囲:79cm
 
 この数字は、漱石が特別小柄な人物であったのではなく、明治の日本人の平均値に近いそうだから、われわれの身体がこの百年でいかに変わったか興味深い。むろん、食生活も大きく変わった。
 漱石は明治の小説家として一流であったばかりでなく、教育者としても一流であった。「漱石山脈」に名をつらねる錚々たるメンバーの顔ぶれたるや、驚嘆のほかない。その意味で「ある日の漱石山房」が本書の新面目といえるかも。

 どうやらわたしは漱石ウィルスのとりつかれてしまったようだ。
 鴎外ウィルス、芥川ウィルス、谷崎ウィルス、太宰ウィルスや三島ウィルスなど、さまざまなウィルスが存在する。いつなんのきっかけで、こういった病原菌に感染するものか、よくわからない。長びくのか、つぎの一冊であっさりと治癒するものか、まるで見当がつかないが、いましばらくは「漱石熱」がつづくと思われる。
 そういった症状のなかでなければ、この本を買って読むことはなかった。それだけはたしかなことである。



半藤一利「漱石先生ぞな、もし」文春文庫>☆☆☆

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「カルメン」新潮文庫版表紙 | トップ | わが風土 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

夏目漱石」カテゴリの最新記事