二草庵摘録

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ドナルド・キーン「百代の過客」(朝日選書)を読む

2016年09月06日 | 小説(海外)
日本文学に関心をもっている方で、ドナルド・キーンさんの名前を知らないという人はいないだろう。大きな業績をあげてきたし、世界的にほぼ評価がさだまっている。
わたしはこれまでご縁がなく、数年前に買った「正岡子規」(新潮社)もお蔵入り・・・というレベルの読者にすぎない。

ところが、つい先日、古書店で「百代の過客」上下巻を買ってきて読みはじめたら、これがまことにおもしろい♪
本のオビに「日本文学大賞受賞」「読売文学賞受賞」の文字が躍っている。

取り上げられた日記は、
上巻=平安・鎌倉期:土佐日記、和泉式部日記、明月記、東関紀行など29巻
下巻=室町・徳川期:住吉詣、幽斎旅日記、奥の細道など51巻

現在知られている日記・紀行文学を、驚くべき情熱で網羅している。
知っている日記・紀行より、わたしの知らないもののほうがはるかに多く、その徹底した研究姿勢には舌を巻くほかない。
原文は母国語の英語、それを金石寿夫さんが日本語訳している。

現在は「講談社学術文庫」にもラインナップされている。日記・紀行文から豊富な引用がなされ、読んだことがない読者の便宜に配慮してある。
ただし、現代語訳はほんの一部、基本的に原典からの引用となるため、ある程度の日本語力(とくに古文の知識)がない読者には、読みこなすのに骨がおれるだろう。
なにしろ樋口一葉の「たけくらべ」さえ、現代語訳がなされる時代。
嘆かわしいことに、日本歴史や三国志など、マンガ、アニメ、ゲームでしか知らないという日本人がふえているご時世である。

こういう著作は、1年や2年で本にできるものではなく、その背後に膨大な時間の蓄積がある。想像しただけで、圧倒される。
巻末を見ると、<参考書目録>があり、67冊の本の名があげられている。渉猟した参考文献は、その数倍にあたるだろう。また語彙索引もついているので、読者に対し、とても親切な編集になっている。

いままで、この種の日本文学の研究をした学者、作家はだれもいないし、今後も出ることはないだろう。
キーンさんは、なぜ英語で書いたのか、その理由を3つ挙げている。
1.内容に対し、母国語のほうが書きやすい
2.外国人ならではの視点を打ち出す目的があった
3.金石寿夫という心強い翻訳者がいた

「外国人ならではの視点」というのは、この本を成功に導いた大きな要因である。日本文学研究という、どろどろした湿地帯に足をとられることなく、突き放した、客観的視点から、まことに興味深い感想がつづられることとなった。
わたしが思い出したのは、イザベラ・バード「日本奥地紀行」であった。
外国人の眼、外国人の経験をもとにした、新鮮極まりないあの紀行文である。

外国人から見た日本と日本文化。つまり、比較文学、比較文化論として読めるところが「百代の過客」を画期的な著作にしている。
「へええ、そうか、そうだったのか!」
わたしは眼からウロコの読書体験を、いま、たっぷり味わっている最中である。

ドナルド・キーンがどんな人なのか知りたくなったら、とりあえずウィキペディアを参照するのがいいだろう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%B3

数々の栄誉に輝き、2008年には、学術・文化の分野で外国人初の文化勲章を受章している。
のみならず、東日本大震災直後、キーンさんが日本国籍を取得し、余生をこの日本で過ごしたいと表明したことは、多くの日本人に勇気をあたえた。マスコミがこのエピソードに飛びつき、大きく報道されたことは記憶しておられる方が多いだろう。

そうか、そういう人物だったのか・・・これまでまったくといっていいほど関心を払ってこなかったことに対し、内心忸怩たるものがあるが、まあ仕方ないだろう。キーンさんの素晴らしさを、わたしに教えてくれた人が、いままでいなかったということである。
「百代の過客」はまだ半分も読めていないが、さてつぎはなにを読もうかと、いささか気持がはやっている。
「正岡子規」について、どんな見解が、感想が語れているだろう?
「明治天皇」もおもしろそうだぞ! ・・・と。



※まだ下巻が手つかずなので、いつもの5☆マークの評価は下さないでおく。

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