二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

読者を感動させるということ ~マクラウド「冬の犬」の愛しさ

2023年05月15日 | 小説(海外)
 
■アリステア・マクラウド「冬の犬」中野恵津子訳 (新潮クレストブック2004年刊)


むむう、堪能させていただきました、原本「Island」の下巻「冬の犬」。

《馬のひづめから舞い上がる、白い星のような雪の美しさ。遠い過去から受け継がれる死の記憶を、心静かに胸の洞窟におさめる人間たちの哀しさ。
本書は、この世に生きるものは皆、人間も動物も、与えられたそれぞれの生をただ生きてゆくしかない、という雄大な受容の物語を描き出している。》オビに添えられた小川洋子さんのキャッチコピー

“雄大な受容の物語”ねぇ、そういえばそうなるだろう、指摘されるまでもなく。
しかし、一方では厳しい風土での生活が、逃げることは許されないたたかいであることを、穏やかな口調で語りかけてくる。
ここから伝わってくる感動は、純真無垢なもののように、ある意味わたしを打ちのめした。中途半端な人生を、漫然と送っているわたしを(^^;

読者を打ちのめす。しかも、なにげなく、穏やかに。
これも老年の文学といっていいだろう。
50年60年、あるいはそれ以上の歳月を生きてきた人たちへの、マクラウドからの輝ける、貴重なGiftである。
わたしはそもそも、新潮クレストブックスのこの装丁(昔はフランス装といったかな。↓注あり)が好き♪

《この話を最初に聞いたのがいつだったかは思い出せないが、それを聞いて最初に記憶にとどめたときのことは覚えている。つまり聞いた話がはじめて心に深い印象となって刻み込まれ、多少なりとも「自分のもの」になったとき、という意味である。
記憶に残るというのはそういうふうに、いわば、こちらのなかにぴたっと入りこむというか、入ったら二度と離れず永遠にとどまると自分でもわかっているようなかたちで入ってくるものだ。
ナイフでうっかり手を切って、流れる血を止めようとしているときでさえ、その傷が完全に治ることはなくその手は二度と前と同じには見えないだろうと自覚しているのと似ている。》(「幻影」冒頭。136ページ。引用者改行)

上巻にあたるのが「灰色の輝ける贈り物」で、「冬の犬」は、短篇集の下巻になる。
中野恵津子さんのあとがきを読むと、マクラウドはアマチュア作家だったことがわかる。現代の日本には、出版社と結託し、次からつぎへと本を出す作家があるが、“多作の人”というのを、わたしはほとんど信用していない、お名前を出すとさしつかえるかもしれないので、だれが・・・とは書かないが(ノω`*)
大量生産の工業製品ではあるまいし。

長篇が1作、短篇集が1作。マクラウドは、家庭の人として、また教師としての生活のかたわら、マスコミのためではなく、印税のためでもなく、こつこつと、下町の靴屋さんのように小説を仕上げていったのだ。
いわゆる“流行作家”と比べたら、驚くべき禁欲的な、ため息が出るような生き方だろう。虚名など欲っしなかった。マクラウドのファンは、作者のこういった姿勢にもしびれるのだ。

彼の表現には、多作の作家によく見受けられる“浮力”がない。ことばは石のように、まっすぐにそれ自身の重みで、読者の心の水底に沈んでゆく。日本語訳者の中野さんのアシストもすぐれている、とおもう。
身を削ってできた鉋屑、読むことで生きいきと頭を持ち上げるその鉋屑が、マクラウドのことばであるかもしれない。愛おしさ、切なさは、“わかる”読者だけのものである。

わたしのマイミクさん(あえてお名前は出さない)が、わたしの『「灰色の輝ける贈り物」にしびれる』という書評にお寄せ下さったコメントのなかに、こういう一節がある( -ω-)

《長編「彼方なる歌に・・」は 読み進むにつれ終わり方がだんだんと見えてきて 泣きながら読みました》と。
この短篇集を読みながら、わたしも涙を滲ませた。一度や二度ではなく、何回も。たかがことばではあるが、それがこんな力を備えていることのすごさ!

・完璧なる調和
・島
・クリアランス
この3つの作品に、わたしはこころして◎を付した。

あ、そうだ、そうだ。
その後追加して手に入れた「彼方なる歌に耳を澄ませよ」(No Great Mischef)が未読であった(^^♪
どのタイミングで読もうかと、いま思案中です。



評価:☆☆☆☆☆

▼注(勘違いがあったので)
フランス装:仮製本の一つ。紙の四方を折り返し、ボール紙で裏うちしない表紙で、糸綴じした中身をくるみ、断裁されていない小口、天地をペーパーナイフで切る。日本では一般に仕上げ断ちした中身をくるむ。愛書家がこれを本製本に改装することを予想して考え出されたもの。

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