二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

小さな片隅の世界 ~森鴎外の短編をめぐって

2010年08月01日 | 小説(国内)
4月にクラシック音楽にのめり込んでから、
さっぱり小説が読めずにいたが、昨夜、森鴎外の2編を読んだので、
それについて少し書いておこう。

読んだのは、
1.「じいさんばあさん」(岩波文庫の現行本で11ページ半)
2.「寒山拾得」(  〃  縁起をふくめ、16ページ半)

このほんとうに短い小説が、わたしは昔から好きだった。
いや、昔から・・・というか、いくら読んでもつきない味わいがひそんでいることに気がついたのは、40代になってからかも(^^;)

鴎外の短編集は、岩波のほか、新潮、角川、ちくまの各文庫でいろいろと持っている。
同じものでも、新装版(活字が大きく読みやすくなっている)が刊行されると、また買う。
そのため、同じ内容の本が、何冊もそのへんにころがっている。

いや、じつは「市民ヴィンス」と「夢果つる街」の2冊を手にとったのだが、長期間小説からはなれていたせいか、こういった長編にはいきなり浸りきれない・・・とわかったからであった。

「じいさんばあさん」「寒山拾得」のふたつは、数年に1回は読み返す。
鴎外が「小さな片隅の世界」を書いている。その手際がまことに鮮やかで、読み返すたび、ため息をつきたくなる。
こういう小説は、ほかに中島敦がいるし、モーパッサンなら「脂肪の塊」がある。あるいは、メリメの短編をあげてもいいし、「風車小屋だより」(岩波の桜田佐訳)をあげてもいい。

「じいさんばあさん」の物語は、こうはじまる。
ある日、麻布のある大名の邸(やしき)のうちで、小さな空き家の修復工事がはじまり、やがて、七十すぎのじさんとばあさんが引っ越してくる。
このふたりが、傍目にもまことに仲がよく、近隣の噂となっていく。夫婦ではなく、遠慮がちのところも見えるから兄妹かも知れない、いや、やっぱり夫婦なのだが、なにやらわけありのようだよ――と。
ふたりはよく出歩く。今日はどこへ、明日はどこへ、と。やがて、ふたりは「過ぎ去った昔の夢の迹」をたどるために外出しているのだというものがあって、その理由がわかってくる。
夫の名は、美濃部伊織、妻の名はるん。ふたりは、37年ぶりに再会し、ともに暮らすことになったのである。

どうしてそんなに長いあいだ、ふたりは離ればなれになっていたのか、また37年ぶりに、なぜ再会することとなったのか、長編小説になりそうな題材を、ぐっと圧縮し、この枚数にまとめたあたりに、わたしは鴎外という小説家の「凄み」を感じる。
形容詞や副詞の少ない、和漢混交文を下敷きにしたような、いつもの素っ気ない文体で淡々と書かれている。

抑制のきいた、じつに渋い仕上がりの作品なので、
ある程度の年齢にならなければ、この作品の魅力はわかりにくいだろう。
映画もそうだろうが、小説も、青春ものや恋愛ものが多くの読者によろこばれ、売れている。したがって、こういった高齢者を主人公にした作品の数は、さほど多くはない。

森鴎外といえば、いうまでもなく、明治の超エリート。
出世の階段をのぼりつめ、最後は軍医総監にまでなった人物である。
その人物が、こういう小さな片隅の世界へのたしかな目をもっていた、というのが興味深い。考えてみると、彼がとりあげた登場人物は、歴史物の場合でも、世間の片隅に生きて死んだ、無名の人々ばかり。
「山椒大夫」もいいし、「高瀬舟」「最後の一句」もいい。
そういったなかにあって、わたしには「寒山拾得」は、大きな謎をふくんだ、非常に魅力ある作品だった。一昨年のこと、禅の本をいくつか読むことによって、ようやく理解の手がかりをつかんだばかり。

岩波文庫「山椒大夫・高瀬舟」に収録された6編は、どれも秀作・佳品ばかり。エンタメ本をつぎからつぎと読み飛ばすようには読まず、立ち止まって考え、読み返し、一字一句をおろそかにせず、「注」なども参考にしながらスローリーディングするのがいい。

それだけ時間をかけて熟読玩味にたえる小説は、じつはほんの少ししかないのではないかと、わたしは考えている。さて、また「じいさんばあさん」が読みたくなるのはいつだろう。


※「じいさんばあさん」は青空文庫で読める。
本を買いたくないという人は、こちらでどうぞ。
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person129.html

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