フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

12月6日(日) 晴れ

2009-12-07 12:23:51 | Weblog

  9時、起床。ハンバーグ、トースト、紅茶の朝食。今日の講演の資料をプリントアウトして10時半頃に家を出る。「清水幾太郎先生を偲ぶ会」は、昨年と同じく、JR代々木駅から歩いて10分ほどのところにある代々木倶楽部である。定刻(11時半)の15分前に会場に到着し、世話人の方々と挨拶を交わして、ほどなくして講演の開始。予定通り30分で話し終える。私に続いてもうお一人、清水ゼミの卒業生で中央大学教授の臼井久和氏が講演をして、その後は1時間ほど会食。清水幾太郎が晩年の著書『「社交学」ノート』(1984年)で提唱したスモールグループでの談話を地でいく会であった。次回(来年)は高尾霊園にある清水の墓参りをして、その後で近くの蕎麦屋で講演&食事というプランが世話人の方から出る。はい、いいですね、と答えたが、墓参りの後の講話というのはなんだかお坊さんのようである。


代々木駅前

  帰り道、恵比寿で下車して、東京都写真美術館で開催中の「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン 東洋と西洋のまなざし」展を見物する。2人の共通点はライカ。ライカが登場するまでカメラというのはファインダダーを上から覗いて、90度の屈折を経て、手前にある被写体を見るものだった。それがライカの登場によって眼の高さで一直線に被写体を捉えることができるようになった。しかも1回のフィルム装填で36カットの連続撮影が可能になった。

  「ライカD(Ⅱ)型ならば、小さくはあるけれども、その機能は大きな機械にも優っている。眼で見ると同時にシャッターを押せるのである。つまり人間の眼とレンズの眼とが完全に一つになり得るのである。従って人間の眼と中枢神経との完全なコンビネーションが保たれているのと同じように、レンズの眼は神経中枢の命ずるままに、自由自在に、あらゆる角度から、あらゆる焦点距離で、あらゆる絞りにおいて、対象を捕らえることが出切るのである。」(木村伊兵衛、「ライカの眼」、1934)。

  「写真家の眼は、絶えず(事柄を)評価している。写真家は頭をほんの1ミリ動かすだけで線を一致させ、膝のわずかな屈伸でパースペクティブを変化させることができる。カメラを対象に近づけたり、遠ざけたりすることで、写真家はディテールを描くのだ。―それを自由にできることもあれば、それに振り回されることもある。ただ、彼はシャッターを切るのとほぼ同時に構図を構成する。それは反射神経のスピードで行われる。」(アンリ・カルティエ=ブレッソン、写真集『決定的瞬間』の序文、1952)


アンリが撮った伊兵衛(左)と伊兵衛が撮ったアンリ(右)

  展覧会のカタログの解説(金子隆一)によれば、2人は若干の交換レンズを使うことはあったが、標準レンズとされる焦点距離50ミリを愛用したという。それは人間の眼の延長としてもっとも相応しいレンズであった。結果として、2人の作品はスナップショット的になるわけだが、2人の作品の共通点は「トリミングの拒否」にあるという。

  「トリミングすることを拒否する、もしくはできないような写真を撮るという意味についてだが、通常、写真家が写真を発表するには3つの段階を経る。最初はシャッターを切るとき、次に撮影したネガから1カットを選ぶとき、最後がプリントを焼くとき。この3度の選択を経て、ひとつの作品が世に送り出される。そしてトリミングが行われるのはプリントを焼く際で、画面を整理して、シャッターを切った瞬間に見たものの一部を削除するということに他ならない。それに対してトリミングをしないということは、シャッターを切った瞬間に、写真家が意識的であろうとなかろうと、カメラがとらえた現実を無条件に受け入れるということである。それは写真家が現実と向き合った時空間そのものを第一義と考える態度の表れである。」(12頁)

  しかし、トリミングの拒否という共通性があっても、2人の作品を見比べればその違いは明らかである。アンリが幾何学的な構図に意識的であるのに対して、伊兵衛はそうではないということである。ただし、それは伊兵衛が構図に無関心だったということを意味しない。会場には伊兵衛の代表作「本郷森川町」とその一枚が撮られた前後の一連のカットが展示されていたが、伊兵衛が本郷森川町の交番の前の風景を撮った10枚のカットの中からベストショットとして選んだ一枚が12人の人物の配置の見事さにおいて群を抜いていることは明らかである。伊兵衛も構図には敏感であったが、作為的であると観る者に思われることを嫌ったのである。両者が互いを撮った作品を観てもそれは明らかであろう。
 売店で以下の資料を購入し、「シャンブル・クレール」で生ハムのオープンサンドと紅茶で一息入れてから帰る。

  「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン」展カタログ
  アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集『ポートレイト 内なる静寂』(岩波書店)
  アンリ・カルティエ=ブレッソン『瞬間の記憶』(DVD)


恵比寿ガーデンプレイス