明治期の女工哀史をテーマにした山本茂美の『あぁ野麦峠』はその後映画化され、野麦峠の名を全国に広く知らしめましたが、飛騨と信州を結ぶこの峠は険阻艱難ゆえに、今では観光目的で通る車以外に峠を越える人は非常に少なくなっています。野麦峠から人影が途絶えたのは今に始まった話ではなく、大正から昭和初期にかけて飛騨地方に鉄道が開通するようになると、人々は峠を嫌って高山本線経由で他地域と行き来するようになりますし、近年では安房峠の下を潜るトンネルが開通しましたので、飛騨と信州を直結して両地間の交通を飛躍的の向上させたこのトンネルによって、野麦峠の役割や存在感はもはや風前の灯です。
その野麦峠からそれほど離れていない乗鞍山脈の山懐に、やはり人から忘れ去られたかのような温泉がひっそりと湧いています。ここにはかつて「塩沢温泉 湯元山荘」という施設が存在していましたが、いつの頃からか廃業してしまいました。しかし山荘の露天風呂だけが生き残り、地元の方々による整備のおかげもあって、今でもその露天風呂で源泉そのままのお湯に入浴できるのです。
国道361号線を市役所高根支所付近で、無印の南乗鞍キャンプ場方面へ北に折れます。この山道の途中に立つ看板に従いダートを下ってゆくと、川を目の前にして視界が開けるので、そこに車を止めます。駐車したところの傍に細い木の橋が架かっているので、これを渡り切るとかつての湯元山荘が現れます。といっても今は廃屋で、窓ガラスは割られて薄気味悪く、無論中に入ることはできません。この廃屋の脇に川の方へ下る階段があるので、ちょっと下るとそこには大きな露天風呂が待っています。脱衣所など気の利いたものはないのでその場で脱いで、衣類を濡れそうにない岩の上へ置いていざ入湯。
この看板のところで国道を曲がって北へ
この看板を見逃さないように。川へ向かって下る。
駐車スペースから見える露天風呂
クマ出没注意の看板が…
この橋で対岸へ渡ります
源泉は対岸の川岸にあって、そこでポンプアップされたものがホースを伝ってこのお風呂にドバドバと注がれており、浴槽から溢れ出したお湯の析出物によって浴槽やまわりの岩がこんもりと石灰ドームのように覆われています。
緑がかった黄褐色に濁ったお湯はかなりぬるめで35℃前後と思われ、春や秋ではかなり肌寒い思いをするでしょう。私の訪問時はまだ残暑厳しい9月上旬でしたが、それでも湯上り後はゾクっときました。とはいえ、何しろ目の前が渓流という絶好のロケーションである上で、場所が場所だけに他人が来る可能性も低くお湯をいつまでも独り占めできるので、長湯するにはいいかもしれません。炭酸成分が多く含まれているものと思われ、口に含むとはっきりとした炭酸味に金気味、そして出汁のような味が感じられ、微かなガス臭もありました。また遊離炭酸ガスによる気泡も肌に付着していました。
まさに深山幽谷、人の気配が全くないところで、ほとんど野湯同然の露天風呂を比較的容易に堪能できる、隠れた名湯です。
源泉井戸
含二酸化炭素-ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩泉
pH6.5 41.5℃
(同源泉から引湯している七峰館の成分表示による)
岐阜県高山市高根町池ヶ洞字塩沢 地図
実質的には野湯につき無料
24時間入浴可能ですが照明がないため日の出~日没
私の好み:★★★