昨日は19度もある暖かい日で、もうスキーに行く気にもならない感じです。夜は気分を換えようと外食に出ました。というのも昨日のお昼に好物のうどんやステーキの店によるつもりがどこも閉店していてなかなか店がなく秩父についてしまいどこにもよれなかったのです。そんなこともありいつもはよらない店に夜は出掛けました。
そして色々あったけどサロメの首の絵が示される一連の話がよみがえってきて焙煎機の今回の出来事も何をどう評価するべきかもはや論点さえぼやけてきたのです。今現在電気の直火式焙煎機は600gほど焼けるのが11000円で出ています。実にバレットの1/50です。つまり焼くだけならそれを5台ならべて焙煎しても1/10で商売できます。今回バレットに続きガスの焙煎機も新しくしたのも20倍のコストをかけた行為に意味があるのかと当然思えてきますが、今自身のもろもろの到達点を考えたら選ぶべき道を間違えてはないはずです。世の中実際にあのジェネカフェを数台ならべて豆売りしている人もいるわけでそれぞれ答えは現実として示されるでしょう。いやそれ以上に自身の納得が必要で金がかかっているというのはたいして意味がないのです。自身の産み出す珈琲に満足するか。サロメがなぜ首を欲しがったのか。なぜ芸術家は生首でそれに答えたのか?西洋人が宗教と布教の歴史はかくも血にまみれているということなのでしょうか。私の珈琲は理論か機械か。いえるのはバレットでもガスの焙煎機でも同じ味に焼けるということです。多分11000円の焙煎機でも焼けるのではないかと思います。それは30年も珈琲を焼いてきたからですが。今の焙煎機が最後とも思いませんしやり方もまた変わるかもしれません。