King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

なぜ雪のない万座に

2017年06月28日 23時55分10秒 | 旅行
今回の旅行は色々となぜという疑問が付きまとうのでした。

昔から親しんだ草津や軽井沢や万座というのは何度も訪れ
スキーもしています。

志賀にも抜けたり、渋峠のヒュッテも何度も行っているし
名物とされるボルシチやキノコのスープやロシアンティー
などもすべて味わっているのです。

先日聞いたラジオで、人生は短いのだから同じところへは
行かない、同じことはしないという人が常に新しいことを
するという意義を語っていました。

それに比べると今回の旅行はまたぞろ同じことをしに行った
私はどうなのでしょうか。

そして、しばらくはその泊まったホテルがかつて温泉手形で
湯めぐりしたところだと気が付かなかったのです。

名前がそもそも日進館と変わっていたこともあり、かつて万座温泉ホテルと
いうありふれて特長のない名前であり、当時入った湯のイメージとしては
九つの温泉と外湯のような遠い露天風呂と全てが素晴らしい温泉であると
記憶していました。

特に苦湯が浴感もよく印象に残り、泥濁りのお湯の色と小渕元首相もファンと
いう情報とともに記憶していました。

浴室の太い木の柱と開放的な露天風呂は間違うはずもなくかつて入った
物でした。

それなのに今回は白く濁った温泉はどれも元はひとつだったんじゃないかという
疑念とともにかつて入った感動ほどはありません。

それはひとつには今回とにかくいつも届く旅行パンフの格安プランのさらに
特定日の最安ブランで泊まったということと、安普請のトイレも付いていない和室
に泊まったという強烈な印象もあって安いことに徹して色々我慢を前提にして
しまったため、本来の良さを素直に受け取れない状況に心理的にあったという
こともあります。

平日にもかかわらず宿は三時という早い時間から温泉巡りをする人でどこも人人で
あふれていて駐車場も空きを探すのに苦労するぐらいでした。

万座くらいだと普通に日帰りでスキーする位置ですが、温泉のために一泊すると
なると周辺の観光にまずは草津とか考えますが、それこそ何度も訪れている草津に
寄りたいところはなく、それでも手前の尻焼温泉は行ったことがないので行って
見ることにしました。

山の中の風景に別にみるべきものもなくただ川に温泉が湧いているというだけだと
改めて当たり前のことを感じるだけの地でした。

もはや雪の中で入る温泉の醍醐味を知り、何度も味わう身としては普通の温泉地
は特別の感慨もないのです。

そんなこともあり、早く万座についてすぐに湯めぐりを開始し、かつて周りが
雪の中入った極楽の湯とは違う緑の中の湯を堪能しました。

この時季見るリフトの下の斜面はまるで崖であり、これが露天風呂からすぐ目の前で
よくあんなところ滑っていたなと思えるものでした。

まだ明るいうちに入る露天風呂はなんだか気恥ずかしいものの冬とは違う
すがすがしさもあり、13年ぶりに入ったと気が付かないのでした。

宿の食事はメインのないコース料理のように物足りないものでしたが、
まあ値段からすればそれでも良いという感じで、とにかく人が多く、
席に着くまでしばらく待たされたりして人気のほどか知れます。

さらにその後、宿の会長自らの歌と語りのショーがあり、そのインパクトも
ありこの旅館の魅力と人気はこの人の力なのかと考えさせられました。

温泉アイドルなど今では珍しくありませんが、温泉の力と万座の山上の楽園の
ような特別な地という感覚があり、これだけの人を引き付けているのでしょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雨の午後に飲む珈琲は

2017年06月21日 15時13分45秒 | 珈琲
全く梅雨なのに雨のない今年ですが、ついに
梅雨らしくなってきました。

こうなると夜のランニングをどうしようかという
ことを考えねばなりません。

その前にいつもの方が珈琲を取りに来られ色々と
お話をしてさて珈琲は何を飲むかということで
焼きたてのニカラグアを淹れました。

ニカラグアは好きな国ながら最近はいい豆がなく
今回は秘蔵の豆を焼くことになりました。

というのも何年か前はレギュラーのエルレクレオが
あり、これはいつでも買えてありふれたもので値段も
安いという日常に飲むのに適したブランドでした。

それすら今では入ってこなくてやたらと高い何々農園
というのがたまに見かけるだけになりました。

そのほとんどは知らない農園名で何の豆かもよく
解らないのがほとんどです。

秘蔵の豆としてはバカマラとジャパニカとあとピーベリー
とどれも今では手に入らないものばかりでどれも印象的な
酸の味とフルーティーな柑橘系の刺激があり、どれも
とても味わい深く複雑で様々な印象を残します。

こんな雨の午後にはよい珈琲です。

こういう珈琲にはやはり良い聞き手と思い出が
似合い、ついこの珈琲を飲みながらこんな話をしたという
記憶まで味と一緒に残ります。

ですから、最後の一口を飲み干したとき、あの時
あの人とこんなことを話し合ったとか昔の時代と
事件とともにそうこの味だよという思いが沸き上がり
ます。

売るのが惜しいと秘蔵した豆も指名とともにひっぱり
出せばやはり売らないわけにはいきません。

最後の豆を焼いたというのがここ何日か続けてあり、
試飲すらできないほどの希少豆もあるときがあり、
そういうのはやはり在庫のボードに目をやるお客様も
目ざとくお買い求めになります。

昨年の不作のブラジルもやっと見つけた大粒豆は
次はいつ入るかと思い大量には焼けませんでしたが、
もう在庫がなくなっても今年の出来に不安がなくなり、
残り少ない在庫も気にせず焼くことができます。

エルサルバドルの希少種もここのところ入っています。

これからの気候の変動に合わせ変わった豆で乗り切って
見てはいかがでしょうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

森が寝入るとき

2017年06月20日 15時33分43秒 | ジョギング
ここのところガソリンを使ってもわざわざ
ミューズパークでランニングをするわけですが、
梅雨に入りまたその森の風情が変わってきた感じが
します。

まずやたらとうるさかった野鳥の声ですが、それに
変化があります。

ホトトギスやウグイスといったのど自慢が競って鳴いて
いたのがまだ夕焼けが残る7時にはピタッと静かになる
時間帯があるのです。

そうすると森には何の音もない無音の状態が暗闇とともに
広がります。

夜には夜で虫の鳴き音だったりカエルの鳴き音がしますが、
その切り替りの一定時間は全くの無音の静寂と徐々に増す
闇だけが積み重なるのです。

かつて音楽堂の裏の林が一番闇の濃いところでしたが、
最近伐採され多目的ホールまでの坂道が木立のトンネルと
なり続く斜面の闇とともに吸い込まれるような無音帯に
入り、自分が切る空気の音と後ろから追いかける自分の
走る音をききつつ、時に動物が下の谷をかける音などを
聞くと不思議なアンサンブルを醸し出したような雰囲気です。

サイクリングロードには照明がついていて闇と光の当たった
まだら模様の道になるのですが、全く光のないところもあり、
一番暗かった音楽堂に裏には独特の闇の濃さがありました。

別に足元が暗くなっても走るのには支障はないのですが、
予期せぬ対向者があったり、虫がいきなり顔に当たったり
するのには閉口します。

とは言え滅多にはないのです。

全く暗くなってからはそうならないようにサイクリング
ロードをさけインターロイキン敷きの方を走ります。

こちらの方が広いので対向者がいても苦になりません。

ただ、インターロイキンは走るには固く滑りやすいので
やはりあまり暗くならないうちにサイクリングロードを
行きたいものです。

今まで何年もここを走っていますが、この無音の時間帯が
あるのが妙に感じて何かしら自然の音と気配があったのが
こうまで静まり返るときがあるのかと訝りました。

深夜まで誰かしら訪れて街灯があり、人が行き来している
のにもかかわらず森はそんなのと関係なく静まり返る一時が
あるという妙な時間帯です。

それもある一部分の木のトンネルを抜ける場所だけなのかも
しれません。

そんなしじまのトンネルを走り抜けられるのも正に一興では
あります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

変わらぬいつもの香りと味に

2017年06月18日 12時15分52秒 | 珈琲
ここぞという時にいつもの飲みたい珈琲があると
いう幸せ。

そんなご自身の時間とご自分の生活を大事にする方には
様々なこだわりがあり、人生の課題も目標も明確なの
かもしれません。

ひとつには激変するこの世の中にいかに対応し生き残るかという
サバイバル的意識があり、その中で自分を見失わないためにも
自分だけの自分だけのための時間の大切さが際立ってくるので
しょう。

最近当店のお客様でもどっぷり珈琲の世界につかり、常にいろいろな
珈琲に触れ色々な発見と刺激を求める方と明確な志向があり、お気に入りの
豆を注文される方とに分かれるようです。

それでも大多数の方は季節のブレンドとストレート豆を求めるよう
で、在庫リストから農園指定までして注文される方は少なくなって
います。

まれにブランド豆の注文もありますが、主にご贈答品で
ブルーマウンテンのように根強いブランド力が味より
尊重される風潮は依然強いようです。

最近は味より写真写りとかインパクトの強いものが好まれる
傾向にあり、カリスマバリスタとかカリスマ焙煎士とか
全く意味のない売り込み方法により高いだけの商品を買わされて
満足するケースも多々見受けられます。

それでも繰り返し当店のように立ち寄りにくい店に足を運んで
買われていく方もいるのですから、変わらぬものを守る大切さを
感じます。

今年になり、今までなかったコロンビア豆の輸入ストップという
青天の霹靂的事件があり、ブラジルの好転とよくもまあ変化の
あるものだと思います。

このブラジルの立ち直りは値段も安く味もよくなるという効果が
顕著で今まで見慣れた豆姿のレギュラー豆すら格段にふっくらと豆厚
のものに変わりました。

いい豆が教えてくれること。

そんなものを実感して色々と思い致すのもまた驚きと新しい感激の
珈琲人生です。

試飲は三時までにご来店ください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

よく寄せられるお問い合わせに

2017年06月16日 12時57分22秒 | 珈琲


遠方の方やこのブログを見て注文したいんだけど
どうしたらいいのかという疑問をお寄せになることが
最近増えてきました。

まずくわしい豆のリストもあるのですが、それを受け取っても
さらにどうしたらいいのか疑問が募るだけだと思いますので、
一番簡単な方法としてお任せの豆を送るという方法をご提案
させていただきます。

このページのメッセージを送るというところから件名に豆送れ
として本文に住所氏名電話番号豆のままか挽くかを書いて送信してください。

レターパックにて二種類の豆を合計500gお送りましす。
その季節に合った豆を選んでお送りします。代金はおおよそ3000円前後と
なります。
送料は当店負担です。


代金は商品が届いてから同封の

で郵便局から送金してください。

必要事項は書き込んでお送りしますのでそのまま郵便局から
送金できますが、もしゆうちょ銀行に口座があると手数料が
月五件は無料になります。

この払込票と通帳かカードを持ち郵便局のATMから送金して
いただくかネット利用が可能ならパソコンからでも送金できます。

レターパックは直接郵便受けに届けられます。

地域により直接手渡ししてくれるところや郵便受けが小さいと
通知だけだったりと対応が色々ですが、それに抵抗がある方は
宅急便でのお届けも承ります。
商品3500円以上の場合、送料無料になります。

このようにしていつもの珈琲送れだけのメッセージの方も
増えています。

ご不明な点はお気軽にお問い合わせください。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

光のイデア

2017年06月16日 10時59分29秒 | 珈琲
今月の季節のブレンドは『光のイデア』です。

あまり雨の降らない梅雨時ですが、秩父の夕暮れ時は
この光のイデアともいうべき景色が展開します。

厚い雲間から差す光の筋がみられます。

この光景を見ると一日の終わりと自身の人生について
しみじみと思いを致すことになります。

この光景を見るために夕方小高いところに出て
西の空を眺めたり雲の様子を探ったりします。

雲の様子で、これは望めそうだとなれば珈琲や
イスとテーブルを出して西の空を眺めます。

こんなひと時に深い味わいの珈琲が飲みたいなと
今月のブレンドは生まれました。

この説明は長くなるし、聞いてもまたお土産にした人に
再現しづらいために、聞く方もあまりいません。

なんだか夕暮れの空を眺めるときに飲みたくなる
味らしいよ、でいいかもしれません。

あと、店主のああだこうだを聞きたければぜひ
店頭にて試飲に出向けばと伝えてください。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

また戻った理由

2017年06月15日 11時10分56秒 | ジョギング
ここのところランニングはミューズパークの
サイクリングロードを二往復しています。

このミューズパークというのは秩父の盆地を
はさむ低い尾根筋であり、当店のすぐ上の
羊山と反対に位置する山の上を北から南の
遡るコースになります。

大体片道3キロあまりで上りの時には19分から
21分下りで18分というペースです。

コースレコードとしては二往復で1時間4分という
のがあります。

最近は、一時間20分前後です。

以前は抜かれることはなかったのですが、最近は
抜かれることも多くなりました。

とはいえ、こちらは二往復しているので、抜いた人が
止まってもまだ走っているのでなんか抜きかえした
ような気にもなります。

今の時期だと様々な花の香りや草木の香りと色々な犬を
連れた人やいつも挨拶する人やそんな行き来のほかに
カエルや鳥の鳴き声も楽しめます。

やたらとうるさい鳥で、何かをしきりにがなり立てていて
もしその内容を理解できたらひょっとしたら隠れた宝でも
発見できるのではという空想を抱くもののその鳥の名さえ
解らなかったのですが、サイクリングロードに出てきて
その姿をとらえると特徴的な目の周りの白抜きの形で名が
解りました。

名が解ると秘密の宝のありかの話し声もただうるさいしつこい
リフレインにもどり、あまり耳を貸さなくなりました。

反面最近気にかかるのが、昔小話などによく登場した
東京特許許可局と例えられるホトトギスです。これは
歌の名手としてその鳴き声がよく例えられるのですが、
ここミューズパークで聞かれる歌声はちょっとくぐもって
低めの声でトトトキョキョと鳴いており、なんでトウキョウ
トッキョキョキャキョクと聞こえるのだろうと不思議に思います。

あと鶯などもよく鳴いていますが、これだけ色々な鳥の鳴き声
が聞けて気持ちのいい公園なのに秩父に野鳥観察に来たとか
夕暮れを見に来たという人はいません。

当店の庭から毎日鷹がカラスに追われる光景がみられたり、
秩父神社の周辺ではフクロウの鳴き声まで聞けます。

そんな自然の風景より人々は日々の労苦に追われ気が付くことも
なく暮らしているのを見ると人間の傍若無人な暮らしぶりに
愚かで哀れなものを感じます。

とはいえ自分が子供の時分、よく釣りに出かけた姿の池などは
今は冬になると色々な種類のカモがいたりしますが、昔はそんな
ことはなくカワセミを見かけるぐらいでした。

当店の屋根に大きなアオサギが止まっていたりするようになった
のも最近のできごとです。

野鳥が簡単に見れるようになったのは人が少なくなってきたのか
前より自然が豊かになったのか複雑な思いがします。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

本来的なこと

2017年06月14日 13時16分08秒 | 珈琲
珍しく週末は静かな訪れる人も少ない日でしたが、
週明けから続々と注文が入り、あわただしく豆を
焼いては届け、来店者には試飲と目の回るような
時が過ぎました。

今週は朝ゆっくりと珈琲を飲んだこともないと
ふと今週の飲んだものを思い出したところ特に
気になったのが一番基本的な豆でした。

これは喫茶店でいつも使ってもらっているものでもあり、
なお、珈琲の味としては一番基本的なものであり、特に
いつも注意して味を見ることもないのですが、いつも
あるものであり、飲む機会も多いのです。

季節のブレンドはいつも試飲を重ね合わせる豆の状態や
焼き加減など味には季節のマッチングもかねて調整します。

さて、その際に基本となる一番中庸なものがしっかりと
してないとブレンドもぼんやりとしたものにならないでしょうか。

つまり、その基本的な味の豆もいつもそのブレンドとの飲み比べが
必要なのではないでしょうか。

この業者が使う豆は結構まとめて入れたり特定の業者に任せて
調達という形になりがちですが、仕入れたところと豆の違いは
色々と仕入れの仕方にもより豆の質から鮮度まで様々に変化
するものであり、常に固定してそのままということがないように
色々と味と仕入れ先は比較検討を常にしています。

今までの経験で仕入れ先により味が左右されないものや大手が
扱っている一般豆(例えばコロンビアスプレモとかブラジルサントスNO2など)
は量が大量に出回っており取扱量の多いところから取っていれば味も
変化なく入りたてのものをいつも買えると感じていました。

そして、その味も常に同じものだと思えるくらいの変化しか
ないと思えていました。

ところが今年の豆は昨年のものと比べると格段によいことが
よくあり、昨年の豆がひどい不作だったのが世界規模で起きて
いたんだと感じます。

その分インドネシアや太平洋圏とアフリカは気候変動を受けておらず
味と価格で選びやすい豆があります。

今年はコロンビアでまた豆が入りにくい状況になり、中近東の政治不安
や手に入りづらい豆は多くなっています。

こんな世界的状況は豆屋の店先では全く解らないことで
いつも世界中の豆が並んで普通に今年の味がなんてことは
店先の会話でも出ないわけですが、実際は結構劇的にスペシャルティ
の豆でないものでも味の変化はあるのです。

そんな味からのアプローチより実際の流通事情はやはり豆を握る
商社の力関係でその時の流行は作り出されており、やたらと炭臭い
様な味が人気となったり、深煎りを通の味と信じ込ませて売ったり
力づくのところをよく見かけます。

そんなときに当店のアフリカの豆とかパプアニューギニアの
豆を味わった人がやはり違いに気づいていだだくきっかけに
なるようです。

それがマンデリンとかブラジルサントスNO2とかコンビアスプレモで
気が付いていただければさらに珈琲の味が味わい深いことに感銘される
ことと思います。

知ることの楽しさもありますので、名前の通ったブランドコーヒーも
当店にはありますし、レギュラー品や業者がホテルレストラン用
の豆もありますし、世界のバリスタが指名するダテーラの定番豆まで
あるのです。

施設や店舗での使用にはご要望に則したものを用意いたしますので
お気軽にお問合せを。

次回は、注文の仕方と定期便の発送についてお知らせします。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

NBAファイナルの感想

2017年06月13日 14時06分20秒 | バスケ
三年連続同チーム同士の対戦となった
NBAファイナルは三部作だとか最終決着だとか
言われて盛り上げていましたが、そんな前評判と
解説番組などをみるとなんとも白々としたものが
うかがえるのでした。

それだけウォーリアーズの戦力は圧倒的であり、
如何にレブロンといえども連覇はまず無理というのが
最初から見えていました。

ですから、ゲーム3まであっさり三連勝したときは
ああやはりという気になり、特に一番最後のゲーム3での
ホームで接戦で迎えた第四クォーターで残り数分でキャバリアーズ
リードしていた時にディフェンスでオフェンスファウルをとった時に
そのターンオーバーを決めた瞬間カリーが雄たけびを上げたのが
結局まだ数点のビハインドを受けていたのに勝利を確信したのだ
というのが解るとやはり圧倒的な戦力さはいかんともしがたいと
感じるのでした。

ディラント加入で常時30点取る選手が三人いるウォーリアーズに
対して常に30点取れる選手はレブロンとアービングだけです。
今年復調のラブもスリーポイントが好調でBIGが三人そろった
とはいえ得点力は単純にウォーリアーズでNHKの解説では守備要員の
トンプソンとグリーンと攻撃担当のカリーとドュラントという
役割分担ができていてそれにワンノンワン主体でレブロンとアービング
がどれだけ得点できるかという風な解説を加えていました。

しかし、そのようにきれいに役割分担と個人技の対戦のような
ゲームは初戦の一戦だけで、ヘッドコーチのカーが復帰してから
スプラッシュブラザーズプラスドュラントという破壊力が炸裂し、
常に30点とれる選手の差というのが歴然としてきます。

もともとレギュラーシーズンやこのファイナルのトーナメントを
勝ち上がってくる過程でもベンチメンバーの得点力が低く、それ
だけ主力の出ずっぱりの試合が続いていました。

元々チーム力で得点するチームでないことからアービングやレブロンが
いないと全然得点できないチームであり、シーズンになってから
補強したウィリアムズやカイルコービーもゲームをつなぐ得点は
できても勝利を決定づけるような得点力はなく、負け試合でも常に
30点取る選手の差が結果に結びついただけという何とも味気ないもの
にも感じるのでした。

そんな中、ゲーム4をどう見るかですが、カリーをうまく封じたと
見るのか守備の崩壊とみるのかウォーリアーズのそもそもの得点力の
しかけが守備からのターンノーバーと速攻であり、それに耐える
本格センターの不在があるもののやはりベンチからでてくるイグドラ
が守備でのチームの柱であるのがみてとれます。

昨年のボーガットの存在感からするとパチュリアではチーム
スタイルにマッチしていないのは歴然で特にカーが指揮して
からは極端に出場時間が少なくなってしまったのです。

さらに控えのセンターマギーなどは最後のゲーム5にはまったく
出場時間がないという信頼度の低さが目立ちました。

このファイナルでこのゲーム4以外負け知らずできたウォーリアーズ
はやはり禁断のデュラント加入で規格外のチームになってしまい
もはや来期もう一度同カード対決があるならウォーリアーズが勝つには
ワンノンワンで30点プレーヤーの加入しかなく、ただそれに見合うような
選手が今いるかといったらアンソニーデイビスぐらいしか見当たらない
のです。

でもそんな試合を見たいかと言ったら何かレブロンのバスケは
魅力がないし、ウォーリアーズの走って遠くから打つだけのバスケも
すごいとは思うものの魅力はないのです。

ローポストから中にゴリゴリして決めるようなシーンがなくなった
NBAはなんかバスケットではなくなったような何の哲学もロジックも
作戦もへったくれもないものになり下がったと感じるこのファイナル
とこの先行きの不安なのでした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『騎士団長殺し』読了

2017年06月11日 15時15分33秒 | 読書
このある意味華麗なるギャッビーのような物語を
ギャッビーの謎を解きすべてを露にして物語の終局と
完結を求めるのが小説家であり、どのような複雑で現代的な
謎を作り出すのもその技の内として華麗の華麗なる意味を
描き出したところで、様々なメタファーを直喩に言い換えただけの
ことになりはしないかというそんな考察のような作家の思惑と
手の内を明らかにしているようでいてその手の上で遊んでいる
という感じが展開する作品で楽しめる人と作品の力量を感じられ
ない人といるかもしれません。

私は華麗なるギャッビーも白鯨も大好きな作品であり、悪霊の
ように現代的な事件をモチーフにする作品も好きです。

この騎士団長殺しなる奇妙な題から何が主題になっているのかを
巧妙に隠し、複雑な人生の命題をちりばめ芸術と人とのかかわりをも
考えさせる展開はワクワクとして読み進められます。

奇妙な題と主人公の語りの下手な感じの文体の直喩止めのような
語りが定法的にとられ時には直喩が暗喩なり、イデアやら
二重メタファーとあえて手の内をさらすかのような定義をして
みせてまったくとぼけたキャラクターまで登場させています。

主人公が描く絵が未完成のままあえて完成させないという点や
描かずに仕舞ったスバルフォレスターの男の絵などこの作品の
芸術観とか見えているものと見えない世界とか全てを語りつくすに
値しないことを見事に表現してそれでいて皆収まるところに
おさまったかのようにして見せたのもなかなかの手腕です。

小説を書き始めたばかりの人のような繰返す比喩的表現と
章題の一節まる使い的な素人臭を前面に出した文体など巧みな
枠組みと雨田具彦といったスバルフォレスターといった誰もがしる
名詞のように使うことで特別な存在感を醸し出し思わずネット検索を
かけると実際のモデルがいたという新聞記事がヒットするなど
実にあざとい仕掛けになっており、難しい展開にするなあと
いう技量的な腕力を見せつける第1部-顕れるイデア編の読後の第一印象があり
ました。

今まで、誰も聞いたことのないようなクラッシクの曲をモチーフ
にしたり、ビートルズ好きで滅多に聞かない曲を持ってきたりと
やり方としてはこれは漱石の使ってきた技であり、小説技法です。
その焼き直しの域を出ない作家だと半ば決めつけてきたような村上春樹
観を持っていました。

さらにここのところの海辺のカフカや1Q84などは時代に迎合したり世間受けを
意識したような漱石的なところが多々見受けられ何かを待っているかのような
書き方でしたが、ここにきて本当に書きたい等身大からの初期の短編群に通じる
ものを感じさせてくれました。

と同時に実在の画家をモデルにするなど誰もが知るドンジャバンニという
オペラなどと日本画という相容れないものが交錯する絵とオペラと
戦争と過去、肖像画家が自分の描きたい絵を見つけ出しテーマも掴み
かけ、人生の命題と自身の生き方も見つけていくというあらゆる方向に
向く物語を作り出すという難しい設定にするなあとワクワクとさせる
力を見せつけてくるのです。

それに華麗なるギャツビーの免色なる人物までだしてメタファーの解放
という展開にまでもつれ込みます。

第一部での一番の見せ場は舞台設定として現実にいた作家のアトリエと
そこに残された絵の秘密とがどう明かされるのかということです。

しかし、ここで免色なる人物が出てきて雨田具彦の人生と華麗なるギャツビー
でああ秘密の行方は大体予測できてきます。

この一部での唯一の欠点というか私が気に入らない部分は、芸術的
表現で漱石は生がうまくいかなくなりそこに詩が生まれ画が生まれると
肯定的に芸術家を描きましたが、雨田の弟が自殺した原因に対して
ショパンをうまく弾くことだけの人間に現実面で正しき事は
望めないというように自殺したという表現に戦場では芸術家は無用であり、
無意味というところが引っかかりました。

雨田具彦の過去の秘密と謎の絵のテーマがその弟の死と自身の受けた
戦時中のトラウマを込めて騎士団長を殺すということになったとしたら
やはり芸術は世界を変えたり暴走を止めたり正しき道に留める力はないのかと
思えてしまいます。

ショパンを美しく弾くだけで新しいイデアを示して世の中を変えることや
新しい免色さんを作り出すことになったりしていいはずです。

ネット社会のせいで一代で世界のトップテンに入る富豪になれたり
するものの世界を動かすスーパーパワーにはアクセスできず、所詮
世の中を動かす支配階層にはなれないという現実にもっと新しい視点を
示すかのようなストーリーでもよかったのではと私は考えるのです。

第二部にはいり、免色の計画と主人公の芸術的成長があり、イデアの
開放により物語が展開するのですが、後半になるとこんな残り少なく
なるページでどう全てにけりをつけるのかとこちらの方が心配して
しまうような物語の進み方で、結局大きなテーマと現実的側面との整合性は
避けられてしまったかのような印象もありました。

ここでひとつ自身の心配を書いておくとこの主人公のたどる異世界の冒険と
いうか体験は全く同じ過程のものを私も夢で見ており、なぜだろうと色々と
探ると元となる物語がどこかで見たのです。
ええ
宇治拾遺物語の中にでも出てくるインド起源の古い話にあることであり、
各地の神話も色々と共通事項が多々あるのも何か元の事件があるに違い
ありません。

元々説話集として取りまとめられ保存したものがやがて散逸してしまう
という歴史の中で、話だけは古来語り続けられ人々の中に不思議なこととして
語り継がれているのです。

日本書紀の中にも地下のこの世以外に生霊を探しに行く話はあり、
そんな行動とは別にいやもしくはそのために騎士団長は殺す必要があり、
殺したことにより主人公にも芸術的展開と妻との再会という展開が
あるわけでそれぞれの謎は残ったのか華麗なるギャッビーのように
秘密を明かして主人公も死んでしまうという解決イコールカタストロヒィ
とならないところで、イデアを開放し殺して主人公の異界への冒険と
いうカタストロヒィで代替という何ともファンタジーな終わり方に
一抹の不満も残ります。

これは主人公が行動したことと説明的な最後のまりえの告白も騎士団長の
提案とそれにつながる手助けももしかして免色がアトリエに泊まりに
行ったときに行動するように騎士団長が助言すれば済んだことなんじゃ
ないかという疑問が残ることです。

つまりは最後の結末に必然がないのです。

この最後の冒険は必要であるとするならもっと免色の秘密もバランスも
踏み込まなくてはならないし、芸術家がただショパンを美しく弾くだけ
のものと表現されたところに収束され、芸術家は無用なものという結論に
行きつきそうでたまらなく不満と不安にさいなまれるのです。

この先はもっと行きがたいところだという手の内を明かしてしまった
ところにも不満がありますが、また楽しみも生まれたのでよかったのかも
知れません。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雲の間から差す光の筋に

2017年06月02日 14時59分48秒 | 珈琲
先月の颯々は、さわやかな風を思わせる
独特の香りが印象に残るブレンドでした。

今回の『光のイデア』は味わいにおいて
この心地よさをしばらく揺蕩い感じていていたいと
思わせる味の広がりと奥往きを持ち印象を
長く残します。

まるで今の季節雨上がりの雲間から差す光の筋の
ようにぽっかりと心に温かみと安心感を齎します。

一年中いつでも珈琲を飲んでその時間を楽しみに
している人には、このああ珈琲でよかったという
時間がとても大事に思います。

しかもああ珈琲でよかったになるにはそれにたる
味があるのです。

いつでも珈琲でよかったと思える豆を備えるという
ことがああ珈琲でよかったにつながるのです。

そしてついおかわりがしたくなる珈琲が季節のブレンド
です。

お楽しみください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウエスティングハウスとナパーム

2017年06月01日 14時57分44秒 | 日々のこと
ここのところ毎週ミューズパークのサイクリング
ロードを走っています。

今の時期、鳴きしきる野鳥の声と色々な花や草の
香りと走る上での環境はこの上ないものがあります。

走ることと一言で言ってもその距離と走り方で普通は
アクセスできない領域に至って色々なことを考えたり
体感したりして色々の変化を齎したりします。

さて平凡に生活している我々ですが、そんな生活を
支える科学技術の恩恵を受けているのは間違いなく、
ただ化石燃料に頼って生きているだけという現状も
この前の大震災を受けそれがいいのかとか我々と
そういった技術革新が今後どんな変化をもたらすか
どうしても考えないわけにはいきません。

最近見たテレビ番組ですっかり知りきったことが実は
そういうことだったのかということがありました。

それはナパーム兵器を開発した科学者の話でした。

ナパーム兵器に関してはガソリンが関係した強力な
爆弾だというくらいの知識でしたが、それは映画
地獄の黙示録でも出てきた勝利の香りという表現で
何物も焼き尽くす地獄の炎のようにガソリンを効率
よく燃やすものだと思っていました。

しかし、それは我々日本にも使われたもので、よく聞く
焼夷弾のことでそもそもフィーザーというハーバードの
科学者が開発した有機化学によるガソリンをゲル化した
ものだといいます。

それにより戦争が終結した夢の兵器だというイメージが
ベトナム戦争では全身やけどした裸の少女が逃げ出す写真
により、非人道兵器ということで国際的に使用禁止する条約に
発展したという歴史が紹介されました。

にもかかわらず、イラク戦争では航空燃料がナパーム弾として
使用され問題になりました。

前回のこの番組ではステラの電気事業が紹介されましたが、
その時に今話題になっているウェスティングハウスの名が出て
きて東芝は何をしてしまったのかと改めて思いました。

ステラの電気事業に資金提供して交流発電システムを世に
広めたのがウエスティングハウスであり、それを買収した
東芝は本来なら有力なカードを握るプレーヤーにのし上がった
はずでした。

それがどこをどう間違ったのか、それとも歴史の歯車のせいなのか
なんとも複雑な思いをする一連の出来事です。

歴史の出来事とはそんなことなのかもしれません。

知ればこんなことと繋がっていたということがたくさんあります。

そしてそれは正確に知って忘れてはいけないことも多々あるのです。

今すごい発明だと世が沸き立つような大発明と研究も後になり、
あの時の発明がきっかけでこんな大惨事になってしまったということが
実際これからも起こることでしょう。

ここで選択ということがクローズアップされるわけですが、
そもそも我々人類の選択というのは自由意志というもので
行われているように感じますが、学説上それは幻想にすぎず
宇宙の誕生以来それはもう決まったことなのだそうです。

まあそれはそれとして知っていても間違った選択だけは
してはならないという気はします。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

NBAファイナル前夜

2017年06月01日 12時21分26秒 | バスケ
三年連続ファイナルのカードがレブロン率いる
キャバリアーズとスプラッシュブラザーズの
ウォーリアーズとなりました。

ですから、この戦いを三部作だと表現する人も
います。

初戦はウォーリアーズがとり、ビックスリーがそろった
二回目には悲願のキャバリアースの勝利となり、さて
今回どちらも万全な状態で果たしてどちらが勝つのかと
いうわけです。

それまでのドラマというかたどったものを比べれば
そんな盛り上がり方もできるというものですが、
今季のウォーリアーズはなんかもう様子が違います。

あの死闘をくり広げたかんファンレンスファイナルの
相手のエースが加わるという前代未聞の移籍があり、
これはなんでもやりすぎではという批判もありました。

当初そんなぎくしゃくもあり、すんなり加入が即勝利
と結びつかず果たしてファイナルに出れるのかという
危ぶむ声もありましたが、それは全くの杞憂でケビン
デュラントは主得点源として定着しました。

唯一チームにとって不安要素はヘッドコーチの健康不安に
よる不在でずっと代行が指揮を執っています。

それでもファイナルに入り、一回も負けることなく
いつも大差での勝利を続けています。

一方のイーストはレブロンのキャバリアーズが今回も
勝ち上がりましたが、ビックスリーが今回もそろって
調子よく万全の形で当然のごとく勝ち上がってきたと
いうことですが、私がみるとそんなに万全ではないよう
に感じます。

ウォーリアーズのケビンディユラント獲得のように極端な
戦力強化は違和感が起きるものですが、選手にとって
それだけ優勝というのが悲願であり、そのためにはなり
ふりかまわぬ移籍というのが時々あるものです。

デュラントだけでなくウエストの加入も自ら途中出場だけ
でなく、サードユニット扱いになってさえあえて高額年俸と
プライドさえ捨てさせるものがあることを物語ります。

キャバリアーズでも補強は積極的でシーズン途中に実力派の
有力選手の加入が相次ぎました。

スリーのスペシャリストである、カイルコーバーの加入や
ポイントガードの控えとしてデロンウィリアムズをとるなど
実力派、もしくはかつてのオースター級を取り即戦力としての
補強をしています。

それでも所詮それらは穴埋め的な活躍しか望まれておらず
ビックスリーが万全でそれらのワンノンワンで得点して
行くというスタイルでは控えの得点力などさして意味はない
のかもしれません。

キャバリアーズはシーズン中でもレブロンを休ませるという
試合がいくつもあり、それはただ単に休養という意味ではなく
レブロン抜きでも勝ち抜くという模索であったようです。

カンファレンスファイナルでもリーグ一位のセルティックスとの
戦いでラブのスリーが連続で決まリ楽勝かと思われた試合がその後
レブロンが不調で相手エースアイザイアトーマス不在でも負けて
しまうという試合がありました。

その後の試合もレブロンがファウルトラブルとなる中、もしかして
負けるのかという雰囲気の試合があり、レブロンが一旦沈黙すると
途端にガタガタというチームの特性を露呈します。

結局、カイリーアービングの奮起と活躍で勝利という形になり
レブロンがだめでもという演出が伏線として仕組まれたような
印象を与えました。

かつてヒート時代にもレブロンの封じ方として、徹底してビタ
付きして得点を封じるかレブロンだけは打たせて他を全く封じる
といった対処が定番として用いられ定着していました。

ビックスリー以外たいしてあてにならないという現状とチーム
事情で、今回は両チームとも万全のぶつかり合いであり、最終
決着の試合になるとなるとチームスタイルとしてキャバリアーズに
魅力が足りないようにも見えます。

現にイーストの覇者は全く無名でドラフト最下位の選手が率いる
セルティックスでした。

NBAの放送時間が少なくなった今年、オールスターで活躍した
選手はヤニスアテトクンポという全く聞いたことのない選手でした。

三年連続同じカードでの決戦となりましたが、他の試合では新興
勢力が活躍しているのです。

まあそれでも
レブロンが記録と人気を塗り替えるのか、それとも圧倒的戦力で
一度も負けずにウォーリアーズがファイナルを制するのか楽しみ
です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今月の季節のブレンドは

2017年06月01日 10時55分20秒 | 珈琲
季節のブレンドで一番苦労するのが今月と来月
なのです。

一年の内で一番さわやかで過ごしやすい気持ちのいい季節が
この時季ですが、さわやかという言葉は秋の季語であり、
今のすがすがしい気持ちよさは古来尊ばれてなかったのかと
訝ります。

さて、そんな梅雨前の気持ちの良い五月晴れの時にいつも
用いていたのが今のブレンドの基本となります。

昨年の早夏、一昨年の光芒と皆モカが効いたちょっとない
ブレンドでした。

今年はさらにブルボンの豊穣とした豆との組み合わせで
なんとも豊かな奥行きと味わい深さを持った味となりました。

味のイメージとしては実りの秋を感じさせる豊かさがあり、
穀物とか木の実の感覚もあるのですが全体に受けるなんとも
言えないゆったりとした安心感と最後に残る後を引く感じが
この時季の気持ちよい感じと合うと思います。

六月というと雨と梅雨というマイナスな感じを抱く人も
多く、この時季を雨の季節としてマイナーなイメージから
始める人も多いはずです。

しかし、私にはこの時季というのは特別の思い入れもあり
ないがしろにできないものがあります。

一年で唯一祝日のない月となってしまったのですが、六月は
私の誕生月でもあります。

この時季雲の合間からさす光の筋が心象風景として浮かびます。

ですから一昨年は光芒と名付けましたが、この字面はどうも
ブレンドのイメージとも眼前の風景にもマッチしません。

英語ではエンジェルラダーという詩的な言葉ですが、それも
なんか違う感じです。

そこに来て、今読んでいる『騎士団長殺し』は私にひとつの
インスピレーションを与えてくれました。

この小説はカフカとか1Q84といった奇をてらった部分が少なく
存分に等身大から繰り出されたかつてのパン屋襲撃などの作品
に通じるものを感じとてもいま楽しんでいます。

というわけで今月のブレンドは『光のイデア』です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする