今日は、冷たい雨の土曜日となった。関東のサクラはこの雨で終わってしまった。
昨日13日、政府は大飯原発の再稼働を「容認」する判断がなされた。
ストレステスト1次評価を保安院は「妥当」と評価したが、安全委の斑目委員長は、2次評価も
必要であるとして、再稼働が安全であるとは言明していない。斑目委員長の対応は、
福島の時にもみられたように、極めて玉虫的な発言が多く今回もそれを活用しているのかもしれない。
つまり、だれも、安全だと断じることができないまま、「政治判断」が行われており、
その責任は「政治責任」である・・と言明された。 政治責任とは、一体なんであるか?
すでに、大きな政治問題が山積し、その多くが「政治責任」によるものであると万人が認める中、
このような枝野発言は空しく響いている。
大飯原発3,4号機
(ネットから拝借しました。)
大きな問題が発生したから、すべての原発の再稼働は直ちに中止する・・ことができるなら、
だれもこんな難しい事案を無理無理押し通してゆこう・・などとは思わないであろう。
既に、原発安全神話は完全に崩壊しているし、推進派は今や影もないのだから。
電力量の不足との板挟みの間でもがいている訳であるが、小出京大助教などは、即刻原発を中止して、
火力なり他の発電に切り替えるべき・・としており、これには多額の費用が掛るが、
先の福島の損害と比較すれば何を躊躇することがあろうか・・!福島の損害・・は、
それだけにとどまらず国家的損害に発展しつつあるのだから。
しかし、再稼働して直ちに福島の二の前が起きるということもすぐには考えにくい。
無駄?な追加費用を使って財政を圧迫するより、これまで何十年も大丈夫だった(で来た)
原発を更に安全を見直しして再稼働する・・とするのも現実的妥協ともいえないこともない。
現に、福島を反省した安全性の確保を何重にも施して行くのだから、福島と同等のことが
起こっても、大丈夫・・。 あの、大前健一氏もアメリカのスリーマイル後も、ロシアの
チェルノブイリ後も、すべからく原発を中止しておらず、現在も稼働中であることから、
そんなに神経質にならずとも、更なる安全性を担保しながら稼働させるのが現実的である
という風なスタンスである。
現政権は、再稼働について「政治判断」しているからいいではないか・・と言わんばかりに聞こえるが、
これは、政権つまり政治が最も信頼できる判断機関であるとの自惚れた見解ではないのか?
今や、政治がどれほど問題の種をまき散らしており、しかも、その処置に対してことごとく
国民の信頼を喪失している現状で、そのような枝野発言(政権)は、むしろ空しく響いてくる。
関電が実施する安全対策が85項目あるそうだが、そのうち30項目は未実施と聞く。
これをすべからく実施するには何年もかかるそうだ。 これらの安全対策を今後法制化する
ための機関、原子力規制庁が発足するメドすら立っていない状況では、「政治判断」、
「政治の責任」だけでは、到底説得力に欠けるだろう。
福井県議会は、おおむね賛同の方向に動いているらしいが、どこからか相当な圧力を受けているか、
圧力の他に「飴」もあるのかもしれない。
今、それぞれの役職にある大臣が、どのように発言しても一向に胸に響いてこないのは、
やはり他人ごと・・のような響きが感じられるからではないか? 自分のこととして、
自分の言葉で、この国を本当に愛し、国民のために戦っている・・そんな、姿とか迫力が
伝わってこない。ちょっと前の、「何とか劇場」みたいなそんなのではなく、はらの底から、
伝わってくる真実・・そんなものは現在はありませんよ・・! と言われそうだが、
本当に何とかならないものか・・。
100%完全に保証できるというのは、難しいかも知れない。ならば、やはり懸命に努力して
やれることはやって、真実の姿を振りかざして説得するしかない・・。曖昧さが残るが、
現実解としてやむを得ないならば、手際よく、真実を見せた説得しかないだろう。
それには、普段からの姿勢や言動・行動が重要なヒンターランドだ。もう遅い・・・?
しかし、今からでも着々とひとつずつ安全確保策、有事の対策、30km圏の2府県を
見切り発車するというのではなく、少なくとも対策を施す・・など、さらに関連する事案の
速やかな解決に邁進して力強く前に進むしか道はないであろう。
いつまでも保身を前提にした行動では誰もついてこない。
大飯原発再稼働問題を考えるうえで先ずこのビデを・・・mak
昨日13日、政府は大飯原発の再稼働を「容認」する判断がなされた。
ストレステスト1次評価を保安院は「妥当」と評価したが、安全委の斑目委員長は、2次評価も
必要であるとして、再稼働が安全であるとは言明していない。斑目委員長の対応は、
福島の時にもみられたように、極めて玉虫的な発言が多く今回もそれを活用しているのかもしれない。
つまり、だれも、安全だと断じることができないまま、「政治判断」が行われており、
その責任は「政治責任」である・・と言明された。 政治責任とは、一体なんであるか?
すでに、大きな政治問題が山積し、その多くが「政治責任」によるものであると万人が認める中、
このような枝野発言は空しく響いている。
大飯原発3,4号機
(ネットから拝借しました。)
大きな問題が発生したから、すべての原発の再稼働は直ちに中止する・・ことができるなら、
だれもこんな難しい事案を無理無理押し通してゆこう・・などとは思わないであろう。
既に、原発安全神話は完全に崩壊しているし、推進派は今や影もないのだから。
電力量の不足との板挟みの間でもがいている訳であるが、小出京大助教などは、即刻原発を中止して、
火力なり他の発電に切り替えるべき・・としており、これには多額の費用が掛るが、
先の福島の損害と比較すれば何を躊躇することがあろうか・・!福島の損害・・は、
それだけにとどまらず国家的損害に発展しつつあるのだから。
しかし、再稼働して直ちに福島の二の前が起きるということもすぐには考えにくい。
無駄?な追加費用を使って財政を圧迫するより、これまで何十年も大丈夫だった(で来た)
原発を更に安全を見直しして再稼働する・・とするのも現実的妥協ともいえないこともない。
現に、福島を反省した安全性の確保を何重にも施して行くのだから、福島と同等のことが
起こっても、大丈夫・・。 あの、大前健一氏もアメリカのスリーマイル後も、ロシアの
チェルノブイリ後も、すべからく原発を中止しておらず、現在も稼働中であることから、
そんなに神経質にならずとも、更なる安全性を担保しながら稼働させるのが現実的である
という風なスタンスである。
現政権は、再稼働について「政治判断」しているからいいではないか・・と言わんばかりに聞こえるが、
これは、政権つまり政治が最も信頼できる判断機関であるとの自惚れた見解ではないのか?
今や、政治がどれほど問題の種をまき散らしており、しかも、その処置に対してことごとく
国民の信頼を喪失している現状で、そのような枝野発言(政権)は、むしろ空しく響いてくる。
関電が実施する安全対策が85項目あるそうだが、そのうち30項目は未実施と聞く。
これをすべからく実施するには何年もかかるそうだ。 これらの安全対策を今後法制化する
ための機関、原子力規制庁が発足するメドすら立っていない状況では、「政治判断」、
「政治の責任」だけでは、到底説得力に欠けるだろう。
福井県議会は、おおむね賛同の方向に動いているらしいが、どこからか相当な圧力を受けているか、
圧力の他に「飴」もあるのかもしれない。
今、それぞれの役職にある大臣が、どのように発言しても一向に胸に響いてこないのは、
やはり他人ごと・・のような響きが感じられるからではないか? 自分のこととして、
自分の言葉で、この国を本当に愛し、国民のために戦っている・・そんな、姿とか迫力が
伝わってこない。ちょっと前の、「何とか劇場」みたいなそんなのではなく、はらの底から、
伝わってくる真実・・そんなものは現在はありませんよ・・! と言われそうだが、
本当に何とかならないものか・・。
100%完全に保証できるというのは、難しいかも知れない。ならば、やはり懸命に努力して
やれることはやって、真実の姿を振りかざして説得するしかない・・。曖昧さが残るが、
現実解としてやむを得ないならば、手際よく、真実を見せた説得しかないだろう。
それには、普段からの姿勢や言動・行動が重要なヒンターランドだ。もう遅い・・・?
しかし、今からでも着々とひとつずつ安全確保策、有事の対策、30km圏の2府県を
見切り発車するというのではなく、少なくとも対策を施す・・など、さらに関連する事案の
速やかな解決に邁進して力強く前に進むしか道はないであろう。
いつまでも保身を前提にした行動では誰もついてこない。
大飯原発再稼働問題を考えるうえで先ずこのビデを・・・mak