今日は秋の彼岸の中日(秋分の日)で、ご先祖のお墓参りをされたり、お参り
されなくてもそのことなどを思い浮かべるところですが、私はなぜか“おはぎ”に
繋がってしまいました。
春の彼岸には、牡丹の花から“ぼた餅”、秋のお彼岸には“おはぎ”・・。
これは、萩の花に因んで命名されたとあります。この萩の花からどのような繋がり
なのか不明ですが、なぜか我が家のベランダ園芸に思いが繋がったのです。
“夢”を見ている時などで、ほとんど因果関係が分からないというか、全く無関係
と思われる場面に展開することがありますが、まるでそれに似たような飛び方を
したようです。 “おはぎ”→“ベランダ園芸”。
鉢植えの萩(こんな感じでした)
(ネット画像より)
この萩の花が、かってベランダで咲いたことがありました。 私は、就職して
東京に来てからは、いわゆる転勤族の仲間入りで、社宅がありましたから、自身の
住処など、中年を過ぎたころも、同僚などは早めに手当てしていましたが、ほとん
ど意識がそこにたどり着かずにいました。
退職を機に、初めて自分の住処を決めましたが、当時まだ新しい試みの、ジャグ
ジーバス、大画面プロジェクターが設備されたゲストルーム付き集合住宅でした。
しかし、駅から徒歩で14~5分でしたから、その後同じ建設会社が施工していた
駅に近い物件には広いベランダ(ルーフバルコニー)が付いたのが3軒あり、その
うち希望したところが当たりましたので、8年住んで引っ越して現在24年になり
ました。
2000年の8月にここにきて、このベランダが故に、今まで取り組んでこなかった
園芸ににわか興味を持ち、ホームセンターなどで、花木や草花を見つけては気に
入ったものを求めていました。ベランダにはどんどん増えて行きました。
デッキも作ったり・・ ライラックなども・・
ひょうたんを栽培したり・・
しかし、自分でどのようなものを選ぶかもその尺度がありませんから、そんな
ことを思っている時、「花木の頒布会」が新聞広告にあり、申し込みました。毎月
一つ届けられて12回あり、結構楽しみでした。 2000年9月3日の新聞で、第1回
頒布が10月の「野牡丹」から始まり「山茶花」「寒木瓜」「沈丁花」・・と続き
季節の花木が届けられていたのです。その中の最後の9月に「萩」が届きました。
当時の新聞広告(部分)
この萩の「お手入れのしおり」に、『 ハギの名は茎を切っておくと古株から
たくさんの芽が出る様を意味した「生え芽(はえぎ)」に由来しています。それ
ほど強い性質を持っていて・・』などとあり、花後の管理として「剪定」の項には、
『・・新枝になるべく短い長さで花をつけられるように剪定を行います。・・冬の
間に地際で刈り込みます。・・』などとあり、それに従って地際で剪定したら、
春になっても枝が伸びてこず、そのまま枯れてしまったのです。
そんな嫌な想い出なんですが、萩の小さな花をつけたこの頃の想い出には、一度
しか咲かなかったこの嫌な事柄は飛んでしまっていました。植物頒布会の楽しさ
に味をしめて、今度は12回の盆栽仕立てを申し込み、毎月 五葉松、出猩々、唐楓、
楡欅・・など次々と届くのがとても楽しみでした。さらに、実のなるものの頒布会
も・・。金柑、イチゴ、ゆず・・。
これらの中で、20年過ぎた現在、残っているのは、金木犀、花水木、山法師、
山茶花、陽光桜・・、盆栽では、出猩々、唐楓、くちなし・・成りものでは、蜜柑、
檸檬・・くらいでしょうか。野牡丹や沈丁花、馬酔木など長い間楽しみましたが
いつのまにか消えてしまいました。
頒布会のこれらは、園芸店などよりはかなり割高でしたが、それでも、興味の
ある花木や盆栽が ずぶの素人に届けられる利点があり、自然に勉強になって行っ
たようでした。園芸店などでも、選ぶ基準が出来ていたように思い出されます。
和室から出入りするところを・・
(1回目の大規模修繕時に取り壊しました。)
このような屋上園芸ライフも、20年以上が過ぎた今年、もうこれで終わりかな?
と思えてきたのです。今年の異常ともいえる夏の暑さでは、もはやベランダ園芸
は無理ではないかと思わざるを得ないのです。 連日35℃を超える盛夏の中で、
しかも夜の気温が、日中の熱がこもっているためかそれほど下がらない環境では、
もはや植物には不適当なんですね。来年には、2度目の「大規模修繕」に当たり
ますので、この際、花木類をぐっと減らして行こうと思っています。
「おはぎ」から、とんだ想い出でに繋がりましたが、これも終活の一つかもしれ
ないと納得している有様です。
(ネット画像より)
Solenzara - Best Of Guitar