からすやま寺町通りのほぼ中央に知恩院末寺、浄土宗寺院「一心山称往院極楽寺」はある。創建は慶長元年(1596)。本尊は阿弥陀如来。当初江戸湯島に創建後、明暦の大火で悉く消失し浅草へ移転、関東大震災において罹災後の昭和2年現在の烏山へ移転を辿った。「山門」を抜けると先に「本堂」と「庫裡」、いくつかの石碑がある。そのひとつ寺中道光庵の庵主が作る蕎麦が評判で「そば切り寺」と称され文人墨客が多数訪れたいう。江戸時代の川柳に「俳諧と蕎麦くふ腹は江戸そかし」は当院の山門前の「蕎麦の碑」、「園光大師巡礼之処第18番称往院」を詠んだとされている。右側には「不許蕎麦入境内」はそばがあまりにも有名にり庵主の本来の業が怠りがちとなり称往院住職はついに怒って、そばを当院より追放するという碑を山門前に建てたようである。俳人宝井其角の墓がある。(1701)







