犯罪捜査・矯正(少年院、刑務所等)で犯罪心理学がどのように用いられているか、それらの現場で働く心理学系の人々の紹介をした本。
警察の科学捜査研究所(科捜研)の技官や少年鑑別所・刑務所勤務経験者、学者の分担執筆で、科捜研や矯正現場の人が書いた第1部は心理学を学ぶ学生向けの心理学専攻者の職場紹介的なニュアンスの記述が続き、それぞれの現場では一生懸命やっているうまく行っているという建前的な解説が続きますが、主として学者(矯正現場等を経験して学者になっている人もいるでしょうけど)が書いた第2部では各専攻領域間で意見が異なり他のやり方の限界の指摘や自己の領域の優越性の主張が目についたりして、分担執筆の短所(執筆者によって記述の深さや質のばらつきが大きい、全体的な一体性・統一性がない)と長所(さまざまな視点が入り個別執筆者の利害や建前を乗り越えられる)双方がよく見える本になっています。
「心理学は一般的傾向として、他者の行動の原因を行為者の属性、特に性格に求める傾向があります。たとえば犯罪行動があると、その原因をその人の性格に求め、それゆえ犯行を再度くり返す傾向があるように見がちです。しかしながら、私たちはそのことを少し割り引いて、他にも原因があることを考えなくてはなりません。また、一般的にも人は犯罪行動を単純でわかりやすい原因に求める傾向があります。」(138ページ)という指摘や、従来の「社会心理学」を批判して「極論を言えば犯罪者に特徴的なパーソナリティはない」「行為者の動機や心的メカニズムはきわめて主観的なものであり、犯罪のトータルな解明にとって多くは有益ではない」(173ページ)という指摘、さらには多くの性格についての研究が現在多方面で混乱を呈しておりその原因の大半は性格概念の曖昧さと測定の精度の低さにあり犯罪・非行を扱う人ひとりの一生を直接に左右する重大領域でその轍を踏むことはないか現在の研究を見ていると危惧される(200ページ)などという指摘が、いまだにロンブローゾやクレッチマーを引用したり犯罪者プロファイリングの有効性を声高に言う第1部と共存するところが、良かれ悪しかれこの本の特徴といえるでしょう。
犯罪者プロファイリングについては、典型的な見込み捜査の手法を科学的なものに見せることで冤罪の危険性を高めるリスクがあると私は懸念しますが、心理学として扱うのならば公表される成功した例の陰にいったいどれだけの失敗例があるのか、要するに的中率がどれだけなのかをまず明らかにすべきだと思います。それ抜きにたまたま当たった例だけを紹介して有効だというのは、役人の予算取りのためと怪しげな予言者の自己満足レベルにとどまるのではないでしょうか。この本で的中率が紹介された「地理的プロファイリング」では、連続放火犯で「円仮説」(連続犯の犯行か所の最も遠い2点を直径として描いた円内にすべての犯行か所と犯罪者の住居がある)が成り立ったのは約5割(29ページ)だそうで、そうすると拠点犯行型(円仮説成立)か通勤犯行型(円外から通ってきて犯行)かは五分五分になってしまい、捜査方針を立てるのに役立たないことになると思うのですが。
笠井達夫・桐生正幸・水田惠三編 北大路書房 2012年8月20日発行(初版は2002年)
警察の科学捜査研究所(科捜研)の技官や少年鑑別所・刑務所勤務経験者、学者の分担執筆で、科捜研や矯正現場の人が書いた第1部は心理学を学ぶ学生向けの心理学専攻者の職場紹介的なニュアンスの記述が続き、それぞれの現場では一生懸命やっているうまく行っているという建前的な解説が続きますが、主として学者(矯正現場等を経験して学者になっている人もいるでしょうけど)が書いた第2部では各専攻領域間で意見が異なり他のやり方の限界の指摘や自己の領域の優越性の主張が目についたりして、分担執筆の短所(執筆者によって記述の深さや質のばらつきが大きい、全体的な一体性・統一性がない)と長所(さまざまな視点が入り個別執筆者の利害や建前を乗り越えられる)双方がよく見える本になっています。
「心理学は一般的傾向として、他者の行動の原因を行為者の属性、特に性格に求める傾向があります。たとえば犯罪行動があると、その原因をその人の性格に求め、それゆえ犯行を再度くり返す傾向があるように見がちです。しかしながら、私たちはそのことを少し割り引いて、他にも原因があることを考えなくてはなりません。また、一般的にも人は犯罪行動を単純でわかりやすい原因に求める傾向があります。」(138ページ)という指摘や、従来の「社会心理学」を批判して「極論を言えば犯罪者に特徴的なパーソナリティはない」「行為者の動機や心的メカニズムはきわめて主観的なものであり、犯罪のトータルな解明にとって多くは有益ではない」(173ページ)という指摘、さらには多くの性格についての研究が現在多方面で混乱を呈しておりその原因の大半は性格概念の曖昧さと測定の精度の低さにあり犯罪・非行を扱う人ひとりの一生を直接に左右する重大領域でその轍を踏むことはないか現在の研究を見ていると危惧される(200ページ)などという指摘が、いまだにロンブローゾやクレッチマーを引用したり犯罪者プロファイリングの有効性を声高に言う第1部と共存するところが、良かれ悪しかれこの本の特徴といえるでしょう。
犯罪者プロファイリングについては、典型的な見込み捜査の手法を科学的なものに見せることで冤罪の危険性を高めるリスクがあると私は懸念しますが、心理学として扱うのならば公表される成功した例の陰にいったいどれだけの失敗例があるのか、要するに的中率がどれだけなのかをまず明らかにすべきだと思います。それ抜きにたまたま当たった例だけを紹介して有効だというのは、役人の予算取りのためと怪しげな予言者の自己満足レベルにとどまるのではないでしょうか。この本で的中率が紹介された「地理的プロファイリング」では、連続放火犯で「円仮説」(連続犯の犯行か所の最も遠い2点を直径として描いた円内にすべての犯行か所と犯罪者の住居がある)が成り立ったのは約5割(29ページ)だそうで、そうすると拠点犯行型(円仮説成立)か通勤犯行型(円外から通ってきて犯行)かは五分五分になってしまい、捜査方針を立てるのに役立たないことになると思うのですが。
笠井達夫・桐生正幸・水田惠三編 北大路書房 2012年8月20日発行(初版は2002年)