労働事件でよく問題となる論点について、民法の原則と労働法での修正(特則)を比較し、関連する判例・裁判例(ところどころで用語法が違うところもありますが、原則として最高裁の判決、さらに限定すると「最高裁判所民事判例集(民集)」に掲載されているものが「判例」、その他の判決、特に下級審判決は「裁判例」)を解説した本。
実際に適用されるのは労働法なので、民法ではどうだという議論をしても実務的にはそれほど実益があるわけでもなくて、ましてや民法の条文の順番に並べるというこの本のコンセプトは、民法学者さんの自己満足という印象があります。それでも、日頃あまり意識しない民法の規定との比較をすること自体は、頭の整理にはなりますし、通常とは違う順番でものごとを見るのも、少し新鮮な気持ちにはなりますので、労働事件慣れしている弁護士にも一読の価値はありそうです。
判例・裁判例の紹介がそれなりになされているので、知識・記憶の再確認にも役立ちます。判例・裁判例をどこまで紹介するかについては、執筆者によってレベルというか深さがまちまちですし、どの判決を紹介しどの判決に触れないかが、執筆者により(労働者側弁護士か、使用者側弁護士か、学者か)バイアスが感じられます。裁判例の傾向について、自分とは違う見方があることは、意識しておいた方がいいとは思いますが。
少年(18歳未満)について法定労働時間(1週40時間、1日8時間)を超える定めは無効となり無効部分は労基法が適用される、その時賃金部分の定めは無効にはならないという説明がなされて橘屋事件・大阪地裁昭和40年5月22日判決が引用されています(44ページ)。これ、要するに、例えば1日の所定労働時間10時間で日当1万円という契約の場合に、8時間を超える所定労働時間が無効になって労基法どおり8時間となるが日当は1万円のままという意味なんですが、それは成人労働者の場合も同じです。書いていることだけを見たら(少年についてそうなること自体は)間違いではないんですが、読んでいると成人労働者は違うように錯覚しかねません。こういう解説を書かれると、この人わかってるのかなと不安になります。
任意法規(契約で別の定めをすれば法律の規定と異なる扱いができる)と強行法規(契約で法律と別の定めをしても無効で、法律の規定どおりに扱わなければならない)の説明で、時間外・休日割増賃金や休憩時間について労基法の規定が適用されない「管理監督者」を定める労基法41条2号について「当然ながら強行法規となります」と説明されています(84ページ)。そうでしょうか。労基法上の「管理監督者」に当たる場合でも使用者がその労働者に対して時間外・休日割増賃金を払うのは自由です。だから労基法41条2号が強行法規と考えるのではなくて時間外・休日割増賃金や休憩時間を定める労基法37条、34条等が強行法規だから自由に適用除外できない、法律が定める例外でないと適用できないということと考えるのが自然だと思います。
「民法96条2項は、第三者による詐欺の場合、相手方が善意・無過失であれば、意思表示は取り消すことができないとされ、同条3項では、第三者による詐欺による意思表示の取消しは善意・無過失の第三者に対抗できないと規定しています。」と記載されています(96ページ)、これも、それ自体は間違いでないとしても、こう書くと、まるで相手方による詐欺を理由とした取消なら善意・無過失の第三者に対抗できるかのようにも読めます。こういう説明の文書を書くときに、そういうことが気にならないのか、ちゃんとわかってるのかなと疑問に感じます。
大学教員の就労請求権について、就労請求権ではなく、労働契約上の付随義務として図書館の利用の請求権だけ認めた判決が1つあるに過ぎないかのような説明がなされています(154~155ページ)。学校法人共栄学園(鈴鹿国際大学)事件・最高裁平成19年7月13日第二小法廷判決が「何ら業務上の必要性がないにもかかわらず、教授として最も基本的な職責である教授会への出席及び教育諸活動を停止する旨の業務命令」について、業務命令の無効確認を求める訴えを適法として、確認の利益を認めたことは、実質的には就労請求権があると考えているとも評価できますし、この最高裁判決についての判例時報の解説は、学説上「一般論として、大学教授が就労請求権を有するか否かについては、これを肯定する見解がむしろ多数であるように見受けられる。」とし(判例時報1982号156ページ第4段)、下級審裁判例についても「大学教授の就労請求権を一般的に肯定するものが多数を占めている」(同157ページ第1段)と紹介しています。私は、大学教員については、近年は就労請求権を認める潮流がだいぶはっきりしてきていると評価しているのですが。
野田進、鹿野菜穂子、吉永一行編 有斐閣 2020年12月25日発行
実際に適用されるのは労働法なので、民法ではどうだという議論をしても実務的にはそれほど実益があるわけでもなくて、ましてや民法の条文の順番に並べるというこの本のコンセプトは、民法学者さんの自己満足という印象があります。それでも、日頃あまり意識しない民法の規定との比較をすること自体は、頭の整理にはなりますし、通常とは違う順番でものごとを見るのも、少し新鮮な気持ちにはなりますので、労働事件慣れしている弁護士にも一読の価値はありそうです。
判例・裁判例の紹介がそれなりになされているので、知識・記憶の再確認にも役立ちます。判例・裁判例をどこまで紹介するかについては、執筆者によってレベルというか深さがまちまちですし、どの判決を紹介しどの判決に触れないかが、執筆者により(労働者側弁護士か、使用者側弁護士か、学者か)バイアスが感じられます。裁判例の傾向について、自分とは違う見方があることは、意識しておいた方がいいとは思いますが。
少年(18歳未満)について法定労働時間(1週40時間、1日8時間)を超える定めは無効となり無効部分は労基法が適用される、その時賃金部分の定めは無効にはならないという説明がなされて橘屋事件・大阪地裁昭和40年5月22日判決が引用されています(44ページ)。これ、要するに、例えば1日の所定労働時間10時間で日当1万円という契約の場合に、8時間を超える所定労働時間が無効になって労基法どおり8時間となるが日当は1万円のままという意味なんですが、それは成人労働者の場合も同じです。書いていることだけを見たら(少年についてそうなること自体は)間違いではないんですが、読んでいると成人労働者は違うように錯覚しかねません。こういう解説を書かれると、この人わかってるのかなと不安になります。
任意法規(契約で別の定めをすれば法律の規定と異なる扱いができる)と強行法規(契約で法律と別の定めをしても無効で、法律の規定どおりに扱わなければならない)の説明で、時間外・休日割増賃金や休憩時間について労基法の規定が適用されない「管理監督者」を定める労基法41条2号について「当然ながら強行法規となります」と説明されています(84ページ)。そうでしょうか。労基法上の「管理監督者」に当たる場合でも使用者がその労働者に対して時間外・休日割増賃金を払うのは自由です。だから労基法41条2号が強行法規と考えるのではなくて時間外・休日割増賃金や休憩時間を定める労基法37条、34条等が強行法規だから自由に適用除外できない、法律が定める例外でないと適用できないということと考えるのが自然だと思います。
「民法96条2項は、第三者による詐欺の場合、相手方が善意・無過失であれば、意思表示は取り消すことができないとされ、同条3項では、第三者による詐欺による意思表示の取消しは善意・無過失の第三者に対抗できないと規定しています。」と記載されています(96ページ)、これも、それ自体は間違いでないとしても、こう書くと、まるで相手方による詐欺を理由とした取消なら善意・無過失の第三者に対抗できるかのようにも読めます。こういう説明の文書を書くときに、そういうことが気にならないのか、ちゃんとわかってるのかなと疑問に感じます。
大学教員の就労請求権について、就労請求権ではなく、労働契約上の付随義務として図書館の利用の請求権だけ認めた判決が1つあるに過ぎないかのような説明がなされています(154~155ページ)。学校法人共栄学園(鈴鹿国際大学)事件・最高裁平成19年7月13日第二小法廷判決が「何ら業務上の必要性がないにもかかわらず、教授として最も基本的な職責である教授会への出席及び教育諸活動を停止する旨の業務命令」について、業務命令の無効確認を求める訴えを適法として、確認の利益を認めたことは、実質的には就労請求権があると考えているとも評価できますし、この最高裁判決についての判例時報の解説は、学説上「一般論として、大学教授が就労請求権を有するか否かについては、これを肯定する見解がむしろ多数であるように見受けられる。」とし(判例時報1982号156ページ第4段)、下級審裁判例についても「大学教授の就労請求権を一般的に肯定するものが多数を占めている」(同157ページ第1段)と紹介しています。私は、大学教員については、近年は就労請求権を認める潮流がだいぶはっきりしてきていると評価しているのですが。
野田進、鹿野菜穂子、吉永一行編 有斐閣 2020年12月25日発行