伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

ここにいること 地下鉄サリン事件の遺族として

2008-03-16 00:46:46 | ノンフィクション
 地下鉄サリン事件の遺族で被害者の会代表世話人を務める著者が、遺族としての哀しみ・怒り、被害者の会の活動や犯罪被害者の権利のための活動を通しての経験と思いをつづった本。
 加害者への怒りは当然ですが、マスコミや司法解剖関係者の配慮のなさ、オウム真理教の宗教法人認証や坂本弁護士一家殺害事件の捜査の不備などで地下鉄サリン事件を防げなかったことに責任を感じるべき立場の行政の冷たさへの怒りが繰り返し語られています。判決時の被害者取材について「求められているのはインパクトのあるひとことで、遺族の複雑な心境まで理解されない」(111頁)というのはマスコミの現実をよく表しています。
 全体を通して、特にアメリカで目の当たりにした犯罪被害者への手厚い支援活動(144~151頁)と比較して日本の犯罪被害者がいかに無権利のままに放置されているかが語られています。そのあたりがこの本の一番訴えたいことだと思います。
 しかし、純粋に本としてみたときには(私がそういう視点で語るべきなのかの問題はありますが)、事件の衝撃や怒り、家族や親族との関係、被害者の会の運営の悩み、周囲の無理解や誤解への悩みなど、様々な段階と場面での著者の心の変化、揺れが読みどころです。運動の前面に立ったポジティブな被害者として、通常の遺族とは違うかも知れませんが、その著者にしてこのような思いを抱え背負っているのだということに、考えさせられます。


高橋シズヱ 岩波書店 2008年3月18日発行
発行日前ですが、これは発行日が先日付なんじゃなくて、本日現在未発売。
著者献本でいただいて読みました。
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手を取って君とダイブ

2008-03-14 06:44:48 | 小説
 年齢は書いていないんですが会社経営者の女性と、たぶん年下の漫画家男性、劇団主演女優の悪女と尽くすタイプの小説家男性の2組の男女を軸にした恋愛小説。
 漫画家と小説家が知人に誘われて劇に出演することになって、劇団の人間関係にはめ込まれながら、三角四角の関係が展開します。
 内田春菊、「小説宝石」ということから当然に予想されるように主な登場人物はH好きで濡れ場満載ですが、経営者女性と漫画家男性のHが、露骨なんですがほほえましい(うらやましい?)。劇団女優と小説家コンビは、金も出し、料理も作り、女優が他の男に迫っても嫉妬しつつも包み込んでしまう小説家のせつなさとやるせなさとしたたかさを読ませているのだと思います。たぶん、女性経営者の視点で、ハッピーな気分で読むのが一番楽しめるのだと思いますけどね。


内田春菊 光文社 2007年10月25日発行
「小説宝石」2006年6月号~2007年6月号
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M.C.エッシャー グラフィック

2008-03-13 09:17:54 | 人文・社会科学系
 エッシャーの解説付き画集。
 オリジナルは1959年発行でエッシャー自身による序文と絵の解説が付いているのが売りです。
 エッシャーといえば、美術(図工)の教科書や数学書(位相関係)でよく紹介される建物内部で水路や階段が循環するだまし絵で有名ですが、平面の分割や平面と立体の関係などへの興味の強さに感心します。遊びの要素が強い絵が多いのですが、「昼と夜」(11:木版)、「トカゲ」(28:リトグラフ)、「魔法の鏡」(31:リトグラフ)など着想、哲学、技術ともすばらしい。同じ情景を上下から見た「上と下」(64:リトグラフ)も、絵としての完成度は有名なだまし絵より高い感じがします。こういう絵の方が本来の意味のキュビズム(立体主義)なんじゃないかなんて思います。そして本人は気に入らないようですが、初期の普通の風景画「カストロヴァルバ」(2:リトグラフ)の描写力もすばらしい。いろいろ新発見のある画集でした。


タッシェン25周年記念出版 2008年発行(オリジナルは1959年)
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「勝ち組企業」の就業規則

2008-03-12 08:03:52 | 実用書・ビジネス書
 社会保険労務士による中小企業の経営者向けの就業規則の作り方の本。
 前書きに「社長もハッピーになり、従業員もハッピーになり」とあり、リフレッシュ休暇など休暇関係では従業員のためにもなる提言もありますが、全体としては市販のひな形で作ったら法律上必要なラインよりも損をする(従業員に有利すぎる)、もっと従業員に厳しくしてコストを節約しましょうという話が大部分を占めています。まぁ経営者に対して就業規則をアドヴァイスする人が書く本ですから、経営者側の利益を追求するのは当然でしょうけど、従業員側でこれを読んでハッピーな気分になるのは難しいでしょうね。休暇関係以外では、こういう就業規則を見たらギチギチとした嫌な会社だなあと思うんじゃないでしょうか。
 分量のわりにいろいろな分野の話をコンパクトにまとめているので、経営者側で労働法を勉強するのにはいいかも知れません。


下田直人 PHPビジネス新書 2008年2月1日発行
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不機嫌な職場

2008-03-11 20:14:27 | 実用書・ビジネス書
 最近、社員間の会話が少なく自分の仕事だけを抱え込んで困っても協力し合わずギスギスとした職場が増えているということをテーマに、その原因と対策を論じた本。
 原因の方は、要するに企業が効率化のために導入した成果主義が各社員の業務・責任範囲を明確にしたために自分の業績となる範囲以外は手を出さなくなり、福利厚生の削減で社員旅行その他の機会が失われて社員間の多面的な交流が失われ協力のベースになる人間関係も協力しないと悪評が立つ人間関係も希薄になり、それに加えて派遣やアウトソーシングで社員以外の者が増えてますます人間関係が希薄になり、終身雇用はおろか長期雇用さえ危ないために会社全体のために貢献しようというインセンティブが失われたということ。つまり企業がこの間利益第一のためにやりたい放題のリストラをやり非正規雇用化を進め、福利厚生を削って成果主義で労働者を締め付けたツケが回ってきたという、まあ自業自得の話。
 でも、著者の多くがコンサルタントですから、対策の方は、企業にそれをやめなさいとはいわずに、目標や価値観の共有化、提案や発言しやすい雰囲気作り、社員が参加する気になる(面白い)社内交流活動、感謝と感動を伝えあうといった、精神論が中心となっています。組織の問題であり社員のせいにしてはいけないと何カ所か書かれてはいるんですが、結局は、本来企業の強欲さが生んだ問題をその根本原因には触らずに社員の気分を変えて(そらせて)解決しようという経営者サイドの都合を重視した本のように私には思えました。


高橋克徳、河合太助、永田稔、渡部幹 講談社現代新書 2008年1月20日発行
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日本のお金持ち研究

2008-03-10 08:00:16 | 人文・社会科学系
 2000年、2001年の高額納税者リスト掲載の納税額3000万円以上(推定所得1億以上)のお金持ちへのアンケートとインタビューを元に日本ではどういう人がお金持ちになっているか、お金持ちはどのような生活をしているか、何を考えているか等を分析した本。
 前半は読みやすく、後半に行くほど経済学・哲学的な色彩が強くなって学者さんの研究っぽくなっていきます。前半が読みやすいのは、医者と弁護士の分析で、私の興味が向いているからかも知れませんが。
 さて、高額納税者の職業は、企業経営者が30%強、医者が15%強で、この2者で半分近くを占め、世間で医者と並べ称される弁護士は約0.4%(22頁)。そうですよね。弁護士やっていると、弁護士がそんなに儲かると思えないですもんね。
 ただ、これまで、医者と弁護士の経営上の一番大きな違いは保険制度の有無だと思っていました。医者は健康保険のおかげで高額の料金を取っても患者自身の支払は少ないので客が離れない。弁護士は全額を客からもらうので高いと思われるわけです。白内障の手術が技術が発達して日帰りでできるようになった上保険が利くようになって眼科が大儲けした(51~56頁)という話は、まさにそれ。でも、敢えて保険が利かない全額自己負担でも需要がある美容外科が有望なんて話(40頁)をみると、それだけでもないようですね。
 医者も弁護士も高額所得者は特定の専門分野を持っているというのも、まぁそりゃそうでしょうけど、ちょっと考えてしまいます。


橘木俊詔、森剛志 日経ビジネス人文庫 2008年2月1日発行 (単行本は2005年)
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800

2008-03-09 07:52:53 | 小説
 男子800m走の選手の2人の高校生の対決と交友を軸に、陸上のトレーニングや家族関係、異性関係の展開を描いた小説。
 ちょい悪のおちゃらけキャラで陸上でも戦術など考えずにガンガン飛ばしていく中沢クンと優等生で日常生活からトレーニング、本番まで緻密に計画を立て機械のように進めていく広瀬クンという、対照的な2人のライバルを立て、1章ごとに語り手を交代して話が進行していきます。
 最初は典型的に「陸上小説」なんですが(バスケットボール部は暗かった、陸上は明るいって、最初からかなりハイテンションの陸上への思い入れですし)、途中から異性関係の方に話の重点が移ります。中沢クンが惚れた陸上のスター、広瀬クンが知り合った陸上のエリートだった死んだ先輩の恋人、広瀬クンの妹らが絡み、広瀬クンの妹は兄にもキスしたり、広瀬クンは死んだ先輩(男)とも関係があったりと、かなり乱れたというか複雑というかいとも簡単に性関係が結ばれるというか、そういう話が続きます。陸上の話は前半だけで、これは恋愛小説というか青春小説なのねと思ったところで、ラストにまた陸上の試合が来ます。全体としてはやっぱり陸上小説なのでしょうか。
 性関係を描いているところが、どろどろしてなくて乾いたというか透明感があるのが、読後感を軽くしています。
 語り手が中沢クンと広瀬クンだけということもあり、喫茶店などで簡単に「寝よう」と誘う女性キャラたちの考えや人柄が今ひとつストンと落ちません。単純に都合のいい女と設定されているのかなと感じます。そういうこと気にしない人がエンタメとしてさらりと読むにはいい作品だと思いますが。


川島誠 角川文庫 2002年6月25日発行
(マガジンハウス 1992年)
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鉄道員裏物語

2008-03-08 12:42:31 | ノンフィクション
 匿名私鉄職員による鉄道の裏話。
 最初に語られている人身事故(飛び込み自殺)の後処理を経験した話が一番ショッキング。それ以来マグロや白子は食べられないとか(32頁)。その際の賠償請求の話も、仕事柄でもありますが、興味深く読みました。人身事故の場合車両の修理費、対応した職員の人件費、振替輸送・代行輸送費などが請求対象になるんですね(103~115頁)。新型車両に人が飛び込んだ後先頭部分が人型にくっきりへこんでいたとか(108頁)。人間って頑丈なんですね。もちろん、即死してますが。
 落とし物の携帯電話はすぐに電源を切られてしまうので、自分の携帯に電話をかけても無駄で特徴もないので発見はかなり難しいとか(37~38頁)。見つけて欲しければ派手なストラップでも付けておけばって・・・(38頁)。
 鉄道に関する疑問関係では、駅員が白い手袋をしているのはラッシュ時に乗客を押していて手を扉にはさまれたときにスムーズに抜けやすいため(140頁)というのは初めて知りましたが、あとはおおかた予測できる話でした。
 夜の駅内での宴会とか、そういう人間くさい話はどの社会でもあることで、私はほほえましく読みました。今は宴会は禁止されているそうですけど、別にいいんじゃないかと思いますけどね。


大井良 彩図社 2008年2月15日発行
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訳せそうで訳せない日本語

2008-03-07 07:30:11 | 実用書・ビジネス書
 主として政治・経済系の国際会議での通訳経験から日本人スピーカーの発言で英訳しにくい表現をピックアップして英訳を検討した本。
 日本の政治家や官僚のあいまいな表現を、表面的な(本来の)言葉の意味からではなく意訳していくことの難しさがまず語られています。有名な「善処する」を”I will do my best”と訳した、言葉の本来の意味では正しいが発言者の真意に反する英訳も紹介されています(160~161頁)。
 政治家の発言に限らず、日本語自身があいまいで1つの言葉が多義的(逆にいえば1つの事柄に対する語彙が少ない)ということが、翻訳例を見ているとよくわかります。英語の辞書を見ていると逆に思えていたのですが。
 「がんばって!」は”Hang in there!”(89頁)とか、「金太郎飴」が”cookie-cutter”(219頁)とか、豆知識としても楽しく読めました。


小松達也 ソフトバンク新書 2008年1月25日発行 (ジャパンタイムズ社2000年を改訂)
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フラミンゴの家

2008-03-05 20:00:33 | 小説
 中年になっても暴走族風で喧嘩っ早いスナック経営者が、離婚した元妻が癌で入院することになって、小6の娘を預かり、田舎町の商店街や不良たちをめぐる騒動の中で6年間離ればなれだった娘との関係を深めていく小説。
 登場人物の多くが不良・ヤンキー系で、喧嘩っ早く、娘は最初はそこに嫌悪感を持つのですが、次第になじんでいき、嫌っていた父親にも共感を示していきます。
 基本的には父親の視点からの文章と、娘の視点からの文章が交互に進行していきます。そのあたりの父と娘の思いで読ませるお話です。どこかぎこちない、とげとげした思いから、照れながらも素直な情愛へと移って行く気持ちの変化が味わい深く読めました。
 個人的には同じ年頃の娘を持つだけに少女の自立心、不安、素直さなどの表現に感じ入りました。
 芥川賞受賞後第1作ですが、あまり芥川賞っぽくなく、そこそこコミカルで読みやすい、落ち着きのいい作品だと思います。


伊藤たかみ 文藝春秋 2008年1月30日発行
「別冊文藝春秋」2006年9月号~2007年9月号
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