Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

一年間のご訪問ありがとうこざいました

2016年12月31日 17時04分05秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 一年間、当ブログにお付き合いいただきありがとうございました。

 私の好き勝手を、思いつくままに、自分の感覚だけを頼りに書いてきたように思います。「感覚だけをたよりに」と書きましたが、一応は私なりに下調べはしているつもりです。もとより目に入らなかったものや、勉強不足、誤解などもあり、到底完璧なものはありません。

 至らない思考ばかりですが、ほんのちょっとでもオリジナルなことが云えたら、とても嬉しいと思っています。
 そしてコメントをいただいた皆さんに心から感謝です。またこのブログはツィッターに連携しており、リツィート等をしていただいた方にも御礼申し上げます。引続きよろしくお願い申し上げます。

 あと数時間後には、新年のご挨拶をアップするつもりではありますが、何はともあれ、一年間の感謝の気持ちを込めて、一年の締めくくりといたします。

フォーレ「レクイエム」

2016年12月31日 13時45分12秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 世の中がベートーベンの「第9交響曲合唱付き」ばかりが耳に響いてくると、おおむね世の中に背をむけたくなるのが私の性格。世の中の「大半の人がこうだ」というときというのは、世の中が危うくなりかけている時でもある、というのが私の尊敬する先達の言葉だったと記憶している。
 私はいつも「第9」ではなく、大晦日の日を静かに過ごすためにフォーレの「レクイエム」を聴くことが多い。昔はヴェルディのレクイエムも聴いていたが、あまり派手派手しいので今は遠慮している。ただしこの曲も思い出深い曲であり、じっくり聴くと心が現われる部分が多くある。むろんモーツアルトの「レクイエム」もいいが、こちらは特定の日を限定しないで、聴くことにしている。
 今年はいつものとおりフォーレの「レクイエム」とした。ロバート・ショウ指揮、アトランタ交響楽団と合唱団、およびソプラノはジュディス・ブレンゲン、バスはジェイムス・モリス、録音は1985年となっている。

 今年も社会の病理によって多くの人が亡くなった。障害者支援施設県立「津久井やまゆり園」において19名の殺人と26名の傷害事件。過労死や労働現場での死、貧困に基づく自殺死・孤独死等々。さらに自然災害による死。
 これらに思いをはせながら‥。

            

「円山応挙」展から「藤花図屏風」 その2

2016年12月31日 10時54分35秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
   



 鈴木其一(1796-1858)の展覧会が今年サントリー美術館であり、とても感銘を受けた。以前から其一という存在は知っていたが、まとめて鑑賞したのは初めてであった。その展示の中に「藤花図」があり、コメントを記載した。
 円山応挙(1733-95)には昨日触れたように「藤花図屏風」という大作がある。いろいろ「どうして」を連発しながらこの作品を見ていたが、鈴木其一の作品との比較をいつの間にか頭の中で行っていた。二人に接点は無い。応挙の死の翌年に其一は誕生している。しかし其一が応挙の作品を見ていなかったということはないとおもっている。どのような影響を受けたかは知らない。しかしながら両者の違いを見ながら、私の能力を超えているとは思うが、応挙の特徴を浮き上がらせることは出来るかもしれない。すくなくとも理解の端緒を見つけられるかもしれない。
 鈴木其一の「藤花図」は屏風ではなく、1メートルにも及ぶ細長い作品で、藤の房3つをクローズアップし、写実的ながら房の長さを極めて長く描きデザイン性の高い作品である。房は90センチを越え、開花部分もその60センチ近く、未開花部分も30センチを超えている。しかも花は向こう側が見えないほどに密生しており、藤の花の房の理想的な開花状況を描いている。
 それに比べて応挙の「藤花図屏風」は高さが157センチあるが、長いもので75センチくらい、他は30センチから40センチにおさめてある。房の数は左右で60房を超えている。応挙は房に着目したのではなく、樹木全体の旺盛な生命力に注目した描き方である。それが屏風絵に求められた特色でもあろうが‥。
 一番特徴的なことは応挙の藤の花の房は決して理想化された房ではない。密生はしておらず、向こう側が透けて見えるほどにまばらである。実際の藤の房に近い。また開花部分と未開花部分の割合も現実にちかい。其一の藤花図の葉はかなり色が暗く濃く、花の紫を浮き立たせている。応挙の葉の方が現実のうすい藤の葉に似ている。葉は房の上部に遠慮なくかかり、房を少し隠し気味である。
 応挙の藤のデザイン的な部分は幹と蔓である。其一の鶴はデザイン的でもあるが、重力を無視してはいない。
 応挙の「藤花図屏風」は「雲龍図屏風」のような迫力には欠けるが、藤の幹のうねるような形には雲龍図の形を思い浮かべることが出来るかもしれない。
 そして私は、円山応挙展を一巡して思い至った感想は、「円山応挙はクローズアップの画家ではなく、全体を描くことに力点を置いた画家」だと感じた。雲龍図も蕭白の顔を大きくクローズアップしたものに比べると迫力は今ひとつないが、龍の姿態全体を描き切ろうという執念を感じる。藤花図屏風の藤も同じことがいえる。現代はどちらかというとクローズアップによる迫力のインパクトがもてはやされる。全体を俯瞰して「焦点」がどこにあるのか、考えさせるというのも、鑑賞する側の想像力を駆り立てるものが本来はある。
 しかしながら円山応挙の場合、全体を俯瞰する視点で描いたように思われるものの、「鑑賞者の視点を考慮した」構図を採用していないのではないか。屏風や襖絵などの大画面の作品は私の目にした範囲では国宝「雪松図屏風」(1786頃)を除いて。
 こんな風に私には感じられたが、あくまでも私の狭い知見の範囲という限定付きの感想である。