Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

明日は旅行の準備

2017年10月06日 22時46分01秒 | 山行・旅行・散策
 雨は10ミリ未満の弱い雨に変わっているが、止むことなく降り続いている。夜のウォーキングが出来ないのが、何となく落ちつかない。いつも30分ほど歩いてから風呂に入るのが日課になっている。

 明日の昼まで降り続くとのこと、明日の午前中は9日からの沖縄旅行の荷づくりの準備を始めようかと思う。3泊分の荷づくりといっても、着替え一組とカメラと常備薬、そしてスマホとカメラの充電器、メモ用紙くらい。
 25リットルのリュックでスカスカだと思う。のんびりと支度をしよう。


「雲について」

2017年10月06日 21時16分40秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 吉野弘詩集に次の詩があった。

  雲について

存在のすべてを
手際よく覆ってみせる
人間の論理
のように
空を覆った雲。

裂け
ちぎれて
遁走する。
遁走しながら
幾通りも
幾通りも
美しい弁明の論理を
塑像の如く刻もうとする。
崩れかかる
その懸命な試みの背後から
青い空が大きく展(ひら)け
にがい永遠が華やいでいる。


 難しい言葉はないが、果たして「雲」は何にたとえられているのか。「論理」ということばが出てくるので、「芸術」や「美術」ではなさそうだと感じた。
 なかなかわからない。「存在のすべてを手際よく覆い」、「人間の論理のように空を覆う」というのだから、雲は「言語」にたとえられているのだろうか。
 「逃走しながら/幾通りも/美しい弁明の論理を」とあるので、ひょっとしたら「雲」は「詩」なのかな、とも思う。
 では最後の行の「にがい永遠が華やぐ」とはどういう意味なのだろうか。「言語によって書かれた詩」が「美しい弁明の論理」を試みる背後から、青い空が展ける、というのは私には感覚的に理解できた。それはことばによって紡がれた詩が、結果として「青い大きな空」を際立たせるという意味に思われた。
 だが、唐突に出てくる「にがい」がわからない。「にがい」がなく、「青い空が大きく展け/永遠が華やぐ」だけならば、意味は通じる。その「永遠」が「にがい」というふうに、否定的に形容されている。

 とここまでことばの論理で、いろいろと考えてみたがわからない。しかしとても気になる詩である。いくら気になっても、時には放り出してみるのもいいかもしれない。ということで、本日は「わからないまま」、ここに提示してみることにした。

横浜は強風・雷注意報、雨も強い

2017年10月06日 19時31分07秒 | 天気と自然災害
 夕方になり雨が予報どおり強くなってきた。横浜には強風・雷注意報。雨に関する警報・注意報は出ていない。時間雨量10~20ミリの雨が横浜市全域で降っている。先ほどは遠くの方で雷が鳴っている音が聞こえた。
 本日の会議と郵送作業は少人数でこなしたため、終了したのは16時近くになっていた。軽く慰労会を近くの居酒屋で行ったのはいいが、私は持ってきたと思っていた傘がリュックに入っておらず、やむなく324円の傘を購入。ウォーキングもあまりできなかった。
 この雨は明日の昼まで降り続くらしい。