ルドンの作品を見ながらいくつか気がついた点があった。
ひとつは、樹木それもおおきな老木ともいえるものの存在である。図録の解説では、ルドンはバルビゾンでコローに会い、「『不確かなものの傍には、確かなものを置いてごらん』とコローは私に言った。そして茂った木の葉が一枚ずつ刻み込まれたように描かれているデッサンを見せてくれた。『毎年同じ場所に行って、貴を描くといい』と彼は付け加えた」、さらに「老木が、静かに存在感をもって登場する。時に単独で、しばしば他の生命とともに画中を占め、また時には若木と組み合わせられて、画中に配されることもある」
しかしルドンの描く木は葉や細かな枝よりも太くたくましく頼りがいのある幹が目立つように描かれているものが多い。木は太い人工の柱の場合もある。生命が寄りかかり、癒しを受け、そして再生を果たす媒介となるのが太い木の幹の暗喩のような気がする。
ふたつめに気がついたのが、ルドン独特ともいえる空あるいは背景の青の鮮やかさ。この青の配置が作品全体を明るくし、そして引き締めている。
三つめは、描かれている人物、中心的な主題となる人物よりもその人物画持っていたり、周囲にあるものが輝くように描かれている。そのことによって人物に光が当たり、人物が浮き上がって見えること。ここがとても印象に残った。
四つめは、印象的な黒の作品に出てくる奇怪な人物の顔をした生命体は、この樹木の暗喩から少しずつ解けるのではないか、ということに気がついた。今回はこの四つ目の点はルドンの反が作品を鑑賞する手引きとして、記憶するにとどめておきたい。いづれまた記載してみたい。
三点のことを考えるきっかけとなった作品を三つばかり記しておきたい。順に、「キャリバンの眠り」(Ⅰ895-1900、オルセー美術館)、「神秘的な対話」(1896、岐阜美術館)、「エジプトへの逃避」(年代不詳、オルセー美術館)である。
ひとつは、樹木それもおおきな老木ともいえるものの存在である。図録の解説では、ルドンはバルビゾンでコローに会い、「『不確かなものの傍には、確かなものを置いてごらん』とコローは私に言った。そして茂った木の葉が一枚ずつ刻み込まれたように描かれているデッサンを見せてくれた。『毎年同じ場所に行って、貴を描くといい』と彼は付け加えた」、さらに「老木が、静かに存在感をもって登場する。時に単独で、しばしば他の生命とともに画中を占め、また時には若木と組み合わせられて、画中に配されることもある」
しかしルドンの描く木は葉や細かな枝よりも太くたくましく頼りがいのある幹が目立つように描かれているものが多い。木は太い人工の柱の場合もある。生命が寄りかかり、癒しを受け、そして再生を果たす媒介となるのが太い木の幹の暗喩のような気がする。
ふたつめに気がついたのが、ルドン独特ともいえる空あるいは背景の青の鮮やかさ。この青の配置が作品全体を明るくし、そして引き締めている。
三つめは、描かれている人物、中心的な主題となる人物よりもその人物画持っていたり、周囲にあるものが輝くように描かれている。そのことによって人物に光が当たり、人物が浮き上がって見えること。ここがとても印象に残った。
四つめは、印象的な黒の作品に出てくる奇怪な人物の顔をした生命体は、この樹木の暗喩から少しずつ解けるのではないか、ということに気がついた。今回はこの四つ目の点はルドンの反が作品を鑑賞する手引きとして、記憶するにとどめておきたい。いづれまた記載してみたい。
三点のことを考えるきっかけとなった作品を三つばかり記しておきたい。順に、「キャリバンの眠り」(Ⅰ895-1900、オルセー美術館)、「神秘的な対話」(1896、岐阜美術館)、「エジプトへの逃避」(年代不詳、オルセー美術館)である。