昨日「ゴヤⅢ」(堀田善衛、集英社文庫)をようやく読み終えた。読み始めてから3カ月半もかかってしまった。
眼の支障だけではなく、気力の減退が原因かもしれないと思いつつも、途中でやめる気はさらさらなかった。
読みながら付箋をつけているのだが、20か所を超えた。
20か所すべてを復習するにはだいぶ時間もかかりそうなので、いくつかは省略。
引用は長くなるが、堀田善衛の切実な戦争体験に基づく、堀田ならではの表現の原点がここにあると私は思った。
「人は絶望とともに暮らす、あるいはそれと闘う法を、それほど多く持ち合わせているものではない。労働は神聖なり、と英語では言う、Working is praying.-直訳して、働くことは祈ることだ、という格言は、人の絶望時にこそもっともふさわしいものであろう。難関をしのいで生きのびるためには、働くこと、画家ゴヤには描くことしかない。」
「人間だけに無限の興味と関心をもつこの人(ゴヤ)は、自分の前に立つ男女を観察して飽きることがない。モデルの存在そのものを画筆を握った手から画布へと吸いとって行く。‥これら多数の肖像画群、つまりは人間存在の大群は、‥人間の歴史のなかにあっても類い稀な壮観であろう。一人の人間によって示されたものとしては、バルザックの人間喜劇、あるいはトルストイやドストエフスキーの著作にも十分匹敵、あるいは並び立つものである。」
「フランス革命は、はじめは志願による市民軍、のちには徴兵令によって招集された国民軍の創始者であった。‥王や領主に雇われている兵隊同士の戦争は、それは一種の取引である。全滅をしたり、させたりしたのでは、お互い三文の得にもならない。国民軍同士の皆殺し戦争の残酷さに比べれば、そこにいわば優雅な取りきめ、約束のようなものさえあった。敵に対する憎悪などもさほど濃くはなかった。‥敵見方お互いに生活が懸かっていた。‥味方に戦死者が出ると雇い主は保証金を支払わねばならなかった。しかし市民軍、国民軍が編成されて様相は一変した。皆殺しの時代がここに開始されたのである。市民、国民としての権利と義務の平等を認められて初めて皆殺し戦争が可能になった。戦死者は名誉の死というわけでタダ奉公になる。現代史の背離性がここに開始される。‥敵に対する憎悪もまた国民的規模をもつようになる。‥国民戦争となれば‥地域の住民もまた敵である。南京大虐殺の素地はすでにここにあった‥。恐るべき“現代”の顔が、ここにはっきりと顔を正面からのぞかせている。文化の優位と普及から発して皆殺し戦争へ。この現代がまだおわっていないことだけはたしかであろう。」
「ナポレオンに制覇された諸国の人民にとっての悲劇は、征服者ナポレオンの政治こそが、革命的、民主的、進歩的であり、それなくしては政治も経済も文化も前進しえぬことは明瞭なことであるのに、しかもなお“独立”を求めるとなれば、それはどうしても絶対王制、貴族、教会の支配という旧制度への“復帰”という、超反動的なことにならざるをえないという辛さにあった。独立イコール復旧であるという、前後に引き裂かれるような、背理的矛盾が彼らの身に課せられていたのである。社会・国家の改革とナショナリズムとが背中合わせの格好になった。」
「行動なき観念、観念なき行動とは、民衆なき観念、観念なき民衆とも言い換え得るであろう。これでは革命が流産をするであろうことは自明事であろう。」
「『人間それぞれのなかにこそ狂気がある。というのは人間が狂気をつくり出すのは、自分によせる愛着をとおして、また自分にいだく幻想をつうじてだから。‥自己執着がこのように創造的だからこそ、人間の狂気はいわば蜃気楼となって生れる。狂気の象徴は、あの鏡-現実のものをなんら映し出さないが、そのなかで自分の姿を凝視する人にはひそかに傲慢さから生じる夢を映すあの鏡となるだろう。狂気は、真理ならびに世界に関係するよりも、人間や、彼が認めるすべを心得ている彼自身と関連をもつのである』(フーコー『狂気の歴史』)。哲学者のことばを、ゴヤがしかと裏付けていると思われる。フーコーの『狂気の歴史』に関する研究は、今後のゴヤの仕事を見て行くについても多くの示唆を与えてくれるものである。」
「ゴヤは、戦闘も戦争も、まして会戦を描いてはいない。かれが描いたものは、すべて戦争の『結果』である。そこに版画集『戦争の惨禍』の現代が『スペインがボナパルトと戦った血みどろの戦争の宿命的結果(複数)とその他の強烈な気まぐれ』というものであったことの所以が存する。‥ここにひそかに告発されている『血みどろの戦争の宿命的結果』は、人間の人間に対する告発としては、それは永遠のものである。‥マドリードを、いやスペイン全土を襲った飢えの惨禍もまた戦争の結果であった。ゴヤはそれを描くだけではなく、そこにはじめて社会的、政治的な意味を見出した。ここに告発する芸術家という、新しい存在が誕生しているのである。ダヴィッドは革命家であったかもしれないが、革命的芸術家ではなかった。ゴヤは革命家でも啓蒙者でもなかったが、革命的芸術家でありえたのである。」
「ナポレオンがスペインの百姓と下層人民よるゲリラと、ロシアのクトゥゾフ将軍麾下の軍隊と凍原の百姓たちのパルチザンによって叩き潰されたことの象徴性が、その後の、数々の19世紀、20世紀を通じての『戦争によって戦争を営ましめる』式の戦争を経て、最終的には、ベトナム人民の30年にわたるゲリラ戦争によって受け継がれ、そこでわれわれの国家単位の“現代”が終わることになってもらいたいものであるという、いわば現代終焉願望が、この『戦争の惨禍』をくり返し眺めていると私は自分のなかに澎湃として沸き起こってきてそれを押しとどめることが出来ないのである。おそらく、この秘められた願望が私をしてこの『ゴヤ』を書かしめている情熱の根源をなすもであろうと思う。」
「処刑され、死んでいく者は群衆ではない。死んでいく人は、個人である。人は個人にかえって、個人として個々の死を死なねばならぬ。いかにそれが大量死であったとしても。そしてここで、無名の、顔のないものになるのは、組織としての処刑者の側である。」『1809年5月3日、プリンシペ・ビオの丘における処刑』はまさにこの顔のない近代組織-それは近代国家そのものである-が、群衆から個人に強制的に帰された人々を処刑する図である。」
特に第3番目、第4番目、第7番目、第8番目、第9番目は記憶しておきたい。この第3巻はとても読み応えのあるものであった。
昼前に友人と関内でコーヒータイム。昼食は組合の会館まで行ってソファーでコンビニのお弁当。コーヒーはサイフォンで淹れたマンデリンを注文するというクリスマスにかこつけた贅沢をしてしまった。
しかし昼食を食べたとたん眠くなり、事務スペースで熟睡。何とも情けない姿だったと思う。
横浜駅まで歩いて、こんどは安い喫茶店で「ブラームス」(吉田秀和、河出文庫)を30ページほど読む。横浜駅の通路ではクリスマスケーキを売る店が例年のように並び、大声で売り捌いている。年末の混雑と喧騒はここから始まり、明日以降は正月用品売り場での混雑と喧騒になる。混雑する場所も移動し、売り込みの声の質も変わる。
横浜駅近くのスーパーで頼まれた買い物を済ませてから自宅まで歩き始めた。しかし昼間と違い風も強くなり、寒さが身に沁みた。
家に着いてから買い忘れたものに気がつき、再度近くのドラッグストアまで追加の買い物に。随分とたくさん歩いた。どんどん冷えているようだ。