Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

内容の薄さは承知しているが‥

2022年08月27日 22時16分02秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 最近はあまり内容のない投稿が多いとの指摘のとおり、身辺雑記が中心になってしまっている。膝の痛みから9か月、コロナ禍での行動制限、それらを内容のなさの理由にはしたくはない。膝の痛みの回復とともに少しずつ本来の美術館巡り等をもくろんでいるので、もう少し待ってほしいと思っている。
 身辺雑記でも読んでもらえるような「ひらめき」がある文章を心がけてはいるが、なかなかそのようにはならない。

 本日は午前中に33.3℃を記録したのち、気温は上がらなかったようだ。そういえば晴れることは晴れたが、雲が割と多かった。
 明日の予想最高気温は28℃。夕刻まで雨のマークが出ている。湿度が高いので、「ホッと一息」とはならない。不快な暑さが続くと思われる。
 来週は29日(月)・2日(金)・3日(土)も雨のマークがついており、最高気温が30℃を下回るらしい。ようやく少しばかり気温が下がり始めた、といえるようだ。

 本日はこれにて就寝の準備。本日はゆっくりと入浴タイムを確保したい。



田中正造のこと

2022年08月27日 21時27分23秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 午後からの講演会と夕方の打ち合わせ会議は無事終了。講演会の打ち合わせに参加して、それなりに飲んでしまった。気分は遠慮しつつも、手はどうしても酎ハイの入ったジョッキを握ってしまう。意地ぎたない性格が出てしまって、反省。割り勘で楽しく飲めだのが収穫である。

 どうも世の中は割り勘で飲んだり、時前の財布で飲むことの方があり得ない人が多いようである。居酒屋でも隣席のサラリーマンが、領収書を求め、「経費で落とす」といっているのに毎回のように出くわす。私にはとても信じられない言葉である。
 これが政治家の不正を徹底的に追及できない根拠なのだろうか、といつも思う。

 そういえば先日取り上げ田中正造の命日は9月4日、命日だから、ということは特にないが、没後109年であった。
 学生時代の1971年に生誕130年、1973年に没後60年ということで書店での特設コーナーなどの催しがあったことを思い出した。映画「襤褸の旗」の制作も没後60年の一環であったのであろう。今頃になって思い出した。

 22歳の私からすると、田中正造の死から60年というと、自分が生きてはいなかった時であるから、とても昔のことに思えたはずだ。どんな時代であったか、学校でならった教科書の記述や、本の拾い読み以上の想像が出来なかった。
 現在71歳になって60年前というと私は11歳、小学校5年生である。今から60年前は自分が生きていた時代で、しかも周囲や時代を見渡すことが出来るようになった時期であるから、取り巻く時代の雰囲気はわかる。
 だが客観的に60年というのはとてつもない昔のことなのだ、とあらためて思った。自分の年齢に驚くばかりである。田中正造は72歳直前で亡くなった。馬には失礼だが、私も馬齢を重ねて71歳を過ぎた。恥ずかしい限りである。


暑い!

2022年08月27日 12時27分55秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 昨晩はとても疲れて、寝る前の入浴を忘れ、服薬も忘れてひたすら気持ちよく寝てしまった。11時前にベッドに入り、3時ころにいったん目が覚めて点眼などは忘れなかったが、8時半まで熟睡。帰宅してすぐに念入りなシャワーを浴びておいて助かった。

 10時過ぎにすでに32.7℃まで気温が上昇。お盆が過ぎた時期とは思えない気温である。予想最高気温34℃を超えそうである。

 午前中は退職者会の夕方からの会議の資料の作成。何とか間に合わせた。まだ鬚も剃っていない。昼食を食べながら出かける準備作業。

 本日はペットボトルの水の携帯は必須。夜は簡単な飲み会がありそう。半分期待しつつも半分は少し腰がひけている。不思議な思いである。