前回の加世田の竹田神社の大楠から、いにしへの道を通って島津忠良(日新公)の墓へ行きます。
いにしへの道入口。この先に、日新公いろは歌の碑が並んでいます。
日新公いろは歌は、人間として社会に生きる道を説いたもので、薩摩論語と言われます。
最初の歌。
いにしへの 道を聞きても唱へても 我が行ひにせずば かひなし
イヌマキ並木といろは歌の歌碑の道を進んで、日新公の墓へ行きます。
墓の入口に対の仁王像があります。
阿像。
吽像。
奥が日新公の墓、手前が夫人の墓です。
正面から見た夫人の墓。
ハートの形の手水鉢。
日新公の墓です。
正面より見る。
日新公は、1568年77歳でなくなりました。
隣に殉死者2名の墓があります。
墓の隣の池。