先日、天竜二俣にある清瀧寺によったときにさりげなく置かれていた供養塔が気になった。
石像の右側には延亨3年(1746年)10月10日に奉納したことを明示し、「大乗妙典経六十六部供養塔」と印刻されている。
「大乗妙典経」とは法華経のこと、「供養」とは自分が得た功徳を他者に施す意味がある。
左側は「南無大悲観世音菩薩」と印刻されなんとか判明する。
石仏の印刻が見事で菩薩の顔が半分ながらよくできた作品になっている。
「六十六部供養塔」は、西国三十三所とか四国八十八か所とかの霊場巡りと同じく、六十六か所の霊場を回わった記念塔だ。
普通の巡礼はコースが決まっているが、この六十六部は一国一か所に法華経の写しを一部ずつ納経していくという。
ただし、コースや順番は問わないのが特徴だ。
この菩薩は六道に苦しむ大衆を救う観音様というわけだ。
左手に悟りを表す開きかけの蓮の花、右手は「あなたの願いを聞きます」というサインの「与願印」を表現している。
おそらく「豊田郡」の講中が寄付を集めて行者または有志に頼んだものでそれが66か所の踏破に成功したものに違いない。
一つの野仏にはいろいろなドラマや歴史が凝縮されている。
その多くは文字が解読できなかったり、石仏の風化が激しかったり、地域によって容姿が違ったりしていてなかなかその意味を掴むのに難航する。
それもまた修行なのかもしれない。
合掌。
石像の右側には延亨3年(1746年)10月10日に奉納したことを明示し、「大乗妙典経六十六部供養塔」と印刻されている。
「大乗妙典経」とは法華経のこと、「供養」とは自分が得た功徳を他者に施す意味がある。
左側は「南無大悲観世音菩薩」と印刻されなんとか判明する。
石仏の印刻が見事で菩薩の顔が半分ながらよくできた作品になっている。
「六十六部供養塔」は、西国三十三所とか四国八十八か所とかの霊場巡りと同じく、六十六か所の霊場を回わった記念塔だ。
普通の巡礼はコースが決まっているが、この六十六部は一国一か所に法華経の写しを一部ずつ納経していくという。
ただし、コースや順番は問わないのが特徴だ。
この菩薩は六道に苦しむ大衆を救う観音様というわけだ。
左手に悟りを表す開きかけの蓮の花、右手は「あなたの願いを聞きます」というサインの「与願印」を表現している。
おそらく「豊田郡」の講中が寄付を集めて行者または有志に頼んだものでそれが66か所の踏破に成功したものに違いない。
一つの野仏にはいろいろなドラマや歴史が凝縮されている。
その多くは文字が解読できなかったり、石仏の風化が激しかったり、地域によって容姿が違ったりしていてなかなかその意味を掴むのに難航する。
それもまた修行なのかもしれない。
合掌。