2008年9月6日は、栃木県の南部地方に当たる大平町へ出かけました。一日中、真夏を思わせる暑さの中を熱心に見て歩きました。お陰で、最近では珍しく一日で50基に迫る数の(勿論その中には再調査を含めてですが)石造物を調査することが出来ました。
しかし、今回の大平町の石造物調査主目的が、寶篋印陀羅尼經塔の調査にあったとは言え、一日で四基もの長文陀羅尼経文を手写しする作業には些か疲れました。最後の四基目は暑さで疲労困憊してしまい、好い加減な解読に終わってしまいましたし、帰る頃になって見つけた五基目の宝篋印塔については、遂に次回への繰り越しとしてしまいました。その他の碑塔については、内容的に目新しいものが何もなく、ただ淡々と目の前に出てくる碑塔を記録紙に記入するだけの単純作業だったので、余計に暑さが身に堪えました。それでも、今年もクーラーのない車でこの夏を乗り切った我が身に感謝し、これからの石仏巡り最適期は、マイペースながらもう少し大平町へ入ることにしました。
そんな私に比較して、東京のT氏からの報告によると今年の七月下旬の暑さ真っ盛りに続けて三日間の石仏調査をしたとのこと。全く、どういう体をしているのだろうと呆れるばかりですが、考えてみるとそこのところが私とT氏との石仏熱中度の違いかなと思ってます。どうも私は石仏だけに熱中することは叶わず、週に一度のそれも栃木県内限定という有様ですから、端からT氏の石仏巡り情熱には負けています。
さて、九月始めですから別HPの方へは何かしらの画像を貼り付けようと思っていますが、その作業はタブン明日以降になるでしょう。
しかし、今回の大平町の石造物調査主目的が、寶篋印陀羅尼經塔の調査にあったとは言え、一日で四基もの長文陀羅尼経文を手写しする作業には些か疲れました。最後の四基目は暑さで疲労困憊してしまい、好い加減な解読に終わってしまいましたし、帰る頃になって見つけた五基目の宝篋印塔については、遂に次回への繰り越しとしてしまいました。その他の碑塔については、内容的に目新しいものが何もなく、ただ淡々と目の前に出てくる碑塔を記録紙に記入するだけの単純作業だったので、余計に暑さが身に堪えました。それでも、今年もクーラーのない車でこの夏を乗り切った我が身に感謝し、これからの石仏巡り最適期は、マイペースながらもう少し大平町へ入ることにしました。
そんな私に比較して、東京のT氏からの報告によると今年の七月下旬の暑さ真っ盛りに続けて三日間の石仏調査をしたとのこと。全く、どういう体をしているのだろうと呆れるばかりですが、考えてみるとそこのところが私とT氏との石仏熱中度の違いかなと思ってます。どうも私は石仏だけに熱中することは叶わず、週に一度のそれも栃木県内限定という有様ですから、端からT氏の石仏巡り情熱には負けています。
さて、九月始めですから別HPの方へは何かしらの画像を貼り付けようと思っていますが、その作業はタブン明日以降になるでしょう。