栃木県黒羽町は、江戸最後まで藩として残った県内10藩の一つ、黒羽藩があった地域です。勿論、藩としては小さな藩でなので江戸幕府の要職に着くことはなかったのだが、その黒羽藩で最も有名なのが、かの松尾芭蕉が全国吟行の旅に出て最も長く一箇所に留まった地区としてなっています。従って松雄芭蕉に感心のある方なら一度ならず必ず訪ねている所でしょう。
さて今回は、その黒羽藩江戸末期15代の若き城主であった大関増裕の石碑だが、彼は譜代大名の西尾氏(遠江横須賀藩主)の家系に生まれたので江戸幕府との繋がりがあり、その為に徳川家茂に拝謁出来て、その後は幕政に関与することとなった。しかし慶応三年帰国途上にて俄かに享年31歳の若さで病死してしまう。
この碑は、そんな前途を嘱望された彼の死を悼んで勝海舟が撰文し自ら揮毫した、栃木県最高の石碑作品である。勿論、これを刻した石工は廣羣鶴であり、実際にこの碑の前に立って眺めれば廣羣鶴のその仕事振りの素晴らしさを改めて認識させられるだろう。そして私自身、これをいつかは手拓したいと思いつつ歳月が過ぎてしまい、ようやく今回その拓本をとることが出来た。その拓本は、後日ここへ掲載して皆様にご覧に入れたいと思っている。
さて、そんなこの石碑には両面に渡って碑文が刻されているので、その両面を手拓終えるのに朝早く来たのに関わらず随分時間が掛かってしまったが、秋晴れの中で一人静かな場所での手拓作業に気分は最高で、心から楽しめた時間であった。が、その一角に四角柱石塔がある。見たが、苔と汚れが酷くて文字が存在するのを確認するのが精一杯。今日は、他に訪れたい場所もあったが、意を決してその時間を使って水洗いしてみれば「墓碑銘」とあり、撰文者は「門人 三田称平」とあり、書家は「雪江 関思啓」とある。当地黒羽藩で活躍した三田称平の師とあらば、これも記録として残しておかなければならない碑文である。泥落しにもいっそう力が入り、拓本を採り終えたのは既に午後の2時になっていた。いずれにせよ、帰宅してからの銘文を読むのが楽しみな石碑が、今回も思わなく1基追加されたことになる。
だが、ここで大失敗。これまでの石造物調査ウン十年にしてこれまで数度しか経験していない「写真の撮影忘れ」をやってしまった。要因は、水洗いして綺麗にしてから撮影しよう。いや、拓本を採り終えてから撮影しようと、少しでも良い写真を撮ろうとしていたことである。その写真撮影忘れに気が付いたのは、今日はこれ以上の手拓作業は時間切れで不可能となっていたので、残り時間を周辺の石仏調査に当てようと黒羽町の南部まで来てしまってからのことである。拓本だけで全景の画像が無くては話にならんが、まあ今回は戻るのも大変だから諦めようと決めてそのまま少し早いが帰宅してしまう。これもやはり、今回で今年の当地方面の石造物調査は終わりにしようと考えていた私が甘かったようで、来月末頃から12月に(上る山は薮が酷くて冬季でないと登るのに難儀するから)愛宕さん山頂にある大きな猪乗り将軍地蔵像と、面白い像容の青面金剛塔の調査を兼ねて行く事にしよう。
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