石碑調査(栃木県限定)と拓本等について(瀧澤龍雄)

石碑の調査(栃木県内限定)を拓本を採りながら行っています。所在地などの問い合わせは不可です。投稿は、実名でお願いします。

今回は、宇都宮市の「永井安通君碑」の清書兼読み下しを掲載しました。

2016年02月01日 | Weblog

上記は、宇都宮市清住町の時宗寶勝寺さん墓域内にある、永井家の頌徳碑銘文です。これで永井家に関する石碑は2基とも清書まで終了しました。明日からは田沼町へ戻って、作原で調査した日清戦争の清書に取り掛かろうと思っています。
それにしても、週末になると雪となりどこへも出かけられずに悶悶とした日を過ごしています。嗚呼、早く暖かい春が来ないかと願っていますが、今週末はどうなるやら‥。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
« 折角の週末が雪でだめです。... | トップ | 今回は栃木県矢板市の嘉永四... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
今日は調査日和ですね。 (山口)
2016-02-11 14:11:01
瀧澤様 こんにちは。

石碑の調査も大変ですね。
私も仕事柄、漢文に触れることがあるのですが、はっきりいってお手上げ状態です。

さて、先週は、塩谷町へ落穂拾い的な神社の所在確認に出かけてきました。うち一か所は石尊山の山頂でしたが、道に迷うは残雪ありで、頂上まで一時間ほどかかってしまいました。まぁ目的が達成できたので、ルンルン状態、帰りは25分位で下山しました。

もう一か所は、三回ほど訪ねても所在不明の神社だったのですが、とある家で尋ねたところ、前回訪れた家の隣の山にあることが判明。案外。近くのことは判らないものだと妙に感心しながら調査を終了することができました。

今日は、仕事で唐沢山の富士町付近を歩いたのですが、二基ほど昭和55年庚申塔を確認しました。多分所在はご存じかとは思いますが、むかし瀧澤様のHPで昭和庚申塔をアップしていたような記憶がありましたので匹夫の勇、ご参考までに。

文章整いませんが失礼します。

返信する
山口様、ありがとうございました (瀧澤龍雄)
2016-02-16 08:14:44
先週に、塩屋町へ入ったのでは雪で大変だったろうとその行動力に感心しています。よくぞ、石尊山へ登ったものだと、併せてそのご苦労に感心しました。私など、もう石尊山へは登りたくもありません。歳を取ったものです。
さて、御地富士町の昭和庚申塔の御教示ありがとうございました。私も2004年1月に調査しています。調査では
1、中組 梅林公園への道沿いに昭和五十五年12月13日
2、入組 梅林公園への道沿い 昭和五十五庚申際十二月吉日
3、上木戸 道路沿い 昭和五十五年
の3基を、自分のデータベースで確認しました。
未調査が出てこなくて一安心です(笑)。今後とも、再確認のためにも調査の折に目に入りましたら御連絡戴けましたら幸いです。
そろそろ、田沼町へも行きたいのですが今週末も天候は不安定の様子。思うように行かぬまま本格的な春を迎えてしまいそうです。3月に入ったら、那須町から烏山方面へも行かねばならず、少しばかり焦っています
返信する

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事