『マイスモールランド』という映画のポスターを見たとき、
一瞬だが、外国の映画だと思った。
外国人らしい少女の横顔と眼差しに、
日本映画的なものがあまり感じられなかったからだ。
だが、大きめに印字された嵐莉菜と奥平大兼という俳優の名と、
川和田恵真という監督の名を見て、
〈日本映画なのか……〉
と思い直した。
調べてみると、日本・フランス合作映画で、
在日クルド人の少女が、在留資格を失ったことをきっかけに、
自身の居場所に葛藤する姿を描いた社会派ドラマとのこと。
川和田恵真監督は、
是枝裕和監督率いる映像制作者集団「分福」に所属している若手で、
『マイスモールランド』は、
自ら書き上げた脚本を基に映画化した商業映画デビュー作であるらしい。
「分福」には、西川美和、広瀬奈々子、砂田麻美など、優れた女性監督が多く、
「分福」所属の女性監督の作品ならば、見る価値があるのではないかと考えた。
そして、ポスターに写っていた嵐莉菜にも惹かれるものがあった。
モトーラ世理奈を初めて見たときのような心のざわめきを感じたのだ。(コラコラ)
〈すぐにでも『マイスモールランド』を見たい!〉
と思ったが、(2022年)5月6日の公開日に佐賀での上映館はなく、
2ヶ月遅れではあるが、佐賀市のシアターシエマで公開されることが判った。
で、佐賀での公開初日の7月1日にシアターシエマに駆けつけたのだった。
17歳のサーリャ(嵐莉菜)は、
生活していた地を逃れて来日した家族とともに、幼い頃から日本で育ったクルド人。
現在は、埼玉の高校に通い、親友と呼べる友達もいる。
夢は学校の先生になること。
父・マズルム(アラシ・カーフィザデー)、
妹のアーリン(リリ・カーフィザデー)、
弟のロビン(リオン・カーフィザデー)と、
4人で暮らし、
家ではクルド料理を食べ、食事前には必ずクルド語の祈りを捧げる。
「クルド人としての誇りを失わないように」
そんな父の願いに反して、
サーリャたちは、日本の同世代の少年少女と同様に“日本人らしく”育っていた。
進学のため家族に内緒ではじめたバイト先で、
サーリャは東京の高校に通う聡太(奥平大兼)と出会う。
聡太は、サーリャが初めて自分の生い立ちを話すことができる少年だった。
ある日、サーリャたち家族に難民申請が不認定となった知らせが入る。
在留資格を失うと、居住区である埼玉から出られず、働くこともできなくなる。
そんな折、父・マズルムが、入管の施設に収容されたと知らせが入る……
「国家を持たない世界最大の民族」と呼ばれるクルド人は、
日本では、埼玉県に2000人ほどのコミュニティが 存在し、
クルド人が難民認定された例はこれまでほとんどないそうだ。
しかも、出入国管理及び難民認定法(入管法)を巡る状況は悪化の一途をたどっている。
この現状を、難民2世である17歳の少女の目線を通して描いた本作は、
現代日本が抱える社会問題を新しい視点で切り取り、
見る者に「お前も無関係ではないのだ」と問題提起してくる。
それだけなら単なる社会派ドラマになってしまうが、
本作は、それだけにとどまらず、少女に日本人の少年を邂逅させることで、
誰にも共通する(普遍的な)青春映画にもしている。
そして、その試みは、見事に成功しているのだ。
素晴らしい映画であった。
「傑作」だと思った。
自分と年齢が変わらないクルド人の女性兵士が大きな銃を構える1枚の写真を見てから興味を持ち調べはじめ、日本にも2000人ものクルド人が住んでいること、難民申請をしながらも厳しい状況におかれている方々がいると知ったことが出発点になっています。自分自身もアイデンティティに悩んだ時期があり、「自分は何人なのだろう」という思いと、国を持たない世界最大の民族であるクルドの方々のことが結びつきました。企画段階から、是枝さん、西川さん、広瀬(奈々子)さんに応援していただき、私が描く必然性がある物語で、今の世界にとっても必然性があるテーマだからと、ずっと背中を押し続けてもらいました。苦しい境遇にいながらも、希望を捨てず強く前向きに生きようとする姿をみせてくれたクルドの方々から受け取った力をこの映画で表現できているといいなと思います。
川和田恵真監督は、このようにコメントしていたが、
『PLAN75』の早川千絵監督もそうであったように、若い女性監督が、
自らテーマを発見し、脚本を書き、優れた映画を生み出していることが嬉しかったし、
日本映画界の将来性が感じられ、希望を抱かされた。
そう言えば、『PLAN75』の早川千絵監督も是枝裕和監督とつながりがあり、
是枝裕和監督総合監修のオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』の一編『PLAN75』の監督・脚本を手掛けたことから物語を再構築し、長編映画デビュー作『PLAN 75』を誕生させている。
是枝裕和監督のもとから次々と優れた女性監督が誕生していることに驚きを禁じ得ない。
本作『マイスモールランド』を傑作にしている要因は、
脚本と監督を担当した川和田恵真の才能と実力に負うところ大であるが、
主人公のサーリャを演じた嵐莉菜の演技と存在感なくしては成し得なかったと思われる。
【嵐莉菜】
2004年5月3日生まれ、埼玉県出身。
「ミスiD2020」でグランプリ&ViVi賞のW受賞。
2020年よりViViで専属モデルとして活躍中。
日本とドイツにルーツを持つ母親とイラン、イラク、ロシアのミックスで、
日本国籍を取得している父親がいる。
本作が映画初出演にして初主演となる。
嵐莉菜について、川和田恵真監督は、
とても華やかなイメージを持っていましたが、オーディションの際、彼女がアイデンティティに葛藤をもっていたことや、「自分のことを日本人と言いたいけど、言っていいのかわからない」と思っていたことを話してくれました。彼女になら、複雑なバックグラウンドをもっている、本作の主人公を任せることができるなと思いました。また、莉菜さん、本人のキャラクターと、演じた時のギャップに驚きました。堂々としていて、とても自然で素晴らしい演技をみせてくれました。サーリャのもつ複雑な気持ちを表現してくれ、オーディションの時から、この役を生きてくれていると感じました。自分の役として感じたことを言葉にして伝えてくれた莉菜さんから受け取ったことも多く、初めて同士なので、お互いに成長し合うことができました。
と語っていたが、
川和田恵真監督が見抜いたその才能は遺憾なく発揮され、
嵐莉菜は、瑞々しくも、デビュー作とは思えない落ち着いた演技で、
サーリャが抱く複雑な感情を巧みに表現していて秀逸であった。
嵐莉菜自身も、
オーディションのお話をいただいたとき、この役は絶対に私が演じたい!と思いました。主演に決まったと聞いた時はとても嬉しかったです。それと同時に初めての本格的な演技に不安も感じました。私の演じたサーリャは、国籍に悩みを持っている役柄。自分も、小学校の時は、たいしたことじゃなくてもネガティブに捉えてしまって、アイデンティティについて悩むこともありました。この役を演じさせていただくことになって、クルド人の高校生の女の子と実際に会いお話をする機会をいただき、同級生と同じようにLINEを交換したり、K-POPアイドルの話でもりあがったり(笑)不自由な想いをしているはずなのに、とても前向きで明るく生きている姿に勇気をもらいました。この物語は、実はとても身近な問題なので、私が演じることで、そのことを知ってもらえたら嬉しいです。
とコメントしていたが、
自らもアイデンティティについて悩んでいたからこその、
体験に根ざした深い演技であったと思う。
そして、驚くべきことに、
サーリャの父であるチョーラク・マズルムを演じたアラシ・カーフィザデー、
サーリャの妹であるチョーラク・アーリンを演じたリリ・カーフィザデー、
サーリャの弟であるチョーラク・ロビンを演じたリオン・カーフィザデーは、
サーリャを演じた嵐莉菜の本当の(実の)家族であり、
全員が演技未経験なのであった。(ビックリ)
家族だからこその雰囲気、家族だからこその良い空気感であったと思う。
サーリャのバイト先の同僚で、高校3年生の崎山聡太を演じた奥平大兼も良かった。
奥平大兼の出演作では、
映画デビュー作となる『MOTHER マザー』(2020年)が強く印象に残っているが、
演技未経験ながら、初オーディションでメインキャストの周平役に大抜擢され、
その存在感と演技が評価され、
第44 回日本アカデミー賞 新人俳優賞、
第94 回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞、
第63 回ブルーリボン賞新人賞、
第30 回日本映画批評家大賞新人男優賞などを受賞。
映画出演2作目となる本作は、
前作とはかなり違った(真逆とも言える)イメージの役であったが、
好きなサーリャ(嵐莉菜)のために何かしたいと思いながら、
何をすればいいのか分らない、
何もできないのではないか……と悩み、
それでもサーリャと一緒に歩もうとする高校生を爽やかに演じており、素晴らしかった。
これからの活躍が期待できる俳優だと思った。
サーリャにとって頼れる存在のクルド人のロナヒを演じたサヘル・ローズ。
【サヘル・ローズ】
1985年イラン生まれ。7歳までイランの孤児院で過ごし、8歳で養母とともに来日。
高校生の時から芸能活動を始め、舞台『恭しき娼婦』では主演を務め、映画『西北西』や主演映画『冷たい床』はさまざまな国際映画祭で正式出品され、イタリア・ミラノ国際映画祭にて最優秀主演女優賞を受賞。
映画や舞台、女優としても活動の幅を広げている。
また、第9回若者力大賞を受賞。芸能活動以外にも、国際人権NGOの「すべての子どもに家庭を」の活動で親善大使を務めている。また、アメリカで人権活動家賞を受賞する。
サヘル・ローズに関しては、
「ETV特集 サヘルの旅~傷(いた)みと生きるということ~」(NHK Eテレ・2020年)
という番組を観たり、著書を何冊か読んだりして、深く理解し、
女優としても活躍していることを知っていたが、
演技を見る機会はそれほど多くなく、
本作での演技は、私にとってかなり貴重なものであった。
7歳までイランの孤児院で過ごし、8歳で養母とともに来日してからの彼女の労苦を重ね合わせながら見ていたのだが、主人公のサーリャに寄り添い、サーリャを思いやる姿は、
実際のサヘル・ローズそのもので、
芸能活動以外でも、
国際人権NGO団体の「すべての子どもに家庭を」の活動で親善大使を務めるなど、
社会活動をしている彼女だからこその演技であったと思った。
その他、
聡太の母で、一人で聡太を育てる崎山のり子を演じた池脇千鶴、
サーリャのバイト先のコンビニの店長で、聡太の叔父・太田武を演じた藤井隆、
ロビンの小学校の教師・小向悠子を演じた韓英恵、
サーリャの高校の担任・原英夫を演じた板橋駿谷、
サーリャ家族のため奮闘する弁護士・山中誠を演じた平泉成などが、
若い才能を支える演技で、作品の質を高めていた。
日本では昨年(2021年)、
スリランカ人の女性が入管施設に収容中に亡くなるという痛ましい出来事を機に、
難民の人々をとりまく実態が少しずつ話題に上るようになり、
日本の入管収容所の実態を捉えた『牛久』(2022年2月26日公開)のようなドキュメンタリー映画も注目されるようになったが、
一般認識という意味では、まだまだと思う。
だからといって本作を構えて見る必要はないし、
気軽に見て、青春映画として楽しんでもらえば、それでイイような気がする。
もし、共感する部分があれば、
「無関心」が「関心」へと移行していくキッカケになるし、
クルド人だけではなく、いろんなルーツを持つ人の物語が増えるキッカケにもなる。
本作『マイスモールランド』の果たした役割は限りなく大きい。