一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

『60代、不安はあるけど、今が好き』(岸本葉子) ……楽しむための適齢期……

2024年12月27日 | 読書・音楽・美術・その他芸術


岸本葉子さんは、エッセイストで、
1961年6月26日生まれの63歳。(2024年12月現在)


神奈川県鎌倉市出身。
1984年東京大学教養学部教養学科相関社会科学専攻卒業後、
東邦生命保険相互会社に入社。
就職体験を綴った『クリスタルはきらいよ』を在職中に出版、ドラマ化もされる。
その後、退社して中国の北京外国語学院に留学。
帰国後、文筆生活に入り、数多くのエッセイ集を出版。
2001年には虫垂癌と診断され、
その手術・治療体験を,
『がんから始まる』(2003年、晶文社)
『四十でがんになってから』(2006年、講談社)

などに著した。
その後も積極的な文筆活動を展開し、ガン克服キャンペーンにも参加している。
2010年代以降は、
『俳句、はじめました』(2101年、角川学芸出版)
『俳句、はじめました 吟行修行の巻』(2013年、KADOKAWA)
『俳句で夜遊び、はじめました』(2017年、朔出版)
『岸本葉子の「俳句の学び方」』(2019年、NHK出版)

など、俳句に関する著書も多く、
初の句集『つちふる』(2021年、KADOKDWA)もある。
また、女性の一人暮らしのことを綴った年代別の著書も、
『40代からはつらつと生きるために』(2006年、角川学芸出版)
『40代のひとり暮らし』(2007年、ミスター・パートナー)
『40代、ひとり時間、幸せ時間』(2010、ミスター・パートナー)
『五十になるって、あんがい、ふつう』(2013年、ミスター・パートナー)
『50代からしたくなるコト、なくていいモノ』(2017年、中央公論新社)
『50歳になるって、あんがい、楽しい。』(2018年、大和書房)
『50代からの疲れをためない小さな習慣』(2020年、佼成出版社)
『50代、足していいもの、引いていいもの』(2020年、中央公論新社)
『60代、少しゆるめがいいみたい』(2023年、中央公論新社)
『60代、かろやかに暮らす』(2023年、中央公論新社)
『60代、ひとりの時間を心ゆたかに暮らす』(2024年、明日香出版社)

と、多く、
本書『60代、不安はあるけど、今が好き』も、
そんな年代別の大人の「おひとりさま」生活を一緒に考える人気エッセイシリーズの一冊だ。


岸本葉子さんの著書は、なぜかしら図書館に多く置いてあり、
私もいろいろ読ませてもらっている。
私よりも7歳ほど年下であるし、女性なので、
男性の私には直接役立ちそうなことはそれほど書かれてはいないのだが、
岸本葉子さんの生き方に興味があったし、
40代、50代、60代と、「おひとりさま」の女性が、
何を考えながら生きているのかが興味深く、毎回楽しみに読ませてもらっていた。
今回読んだ『60代、不安はあるけど、今が好き』は、
老いの不安にさいなまれつつも、
5年後も10年後も「今が好き」と言える年のとり方をしようと努力している60代女性の日常が綴られている。


目次を見るだけでも、何が書かれているかある程度想像できるので、
その一部を紹介しよう。

まさかの転倒
階段を踏み外す
座るか譲るか
タッチパネルで注文を
キャッシュ払いは少数派?
まだまだ途上、セルフレジ
たまる小銭
老後破綻を防ぎたい
年金を申請する
ひとりごとは慎重に
ボタンを押す癖
バージョンアップに追いつけない
職場から地元へ
適齢期を過ぎても
スペアの眼鏡を持ち歩く
電車の中でイヤーマフ
ポケットの問題
顔を鍛える
地道に努力
調理を休めば
…………






これらの中から、私が興味を持ったものを幾つかピックアップしてみたい。

まさかあんなところで転ぶとは。悪路ではなくふつうの道、しかも渋谷の真ん中で。「まさかの転倒」(7頁)

勢い余って一回転しそうになったのだという。
それを左手首と右膝を突いてかろうじて止めたそうだ。
自分で思うほど足が上がっていなかったのだ。
私も登山するときは、転ばないことを第一に考えている。
老人の遭難の多くは、転ぶことによって発生する。
転ぶことによって、滑落するし、
転ぶことによって、骨折したり捻挫したりして行動不能となる。



人に手をかけられるのが何よりの贅沢になりつつあると実感した。「タッチパネルで注文を」(17頁)

大きな街へ行き、店へ入ると、
注文も会計もセルフの場合がある。(配膳までセルフの店もある)
私の住む町でも、セルフの店が増えてきた。
隣町の武雄市では、図書館(で借りるの)もセルフである。
慣れてしまえば、それなりに便利だが、高齢者には戸惑う人も多いことと思う。
人が応対してくれることが、なんと有難く感じられることか……


パソコンとプリンターでも、パソコンどうしでも、古いものには対応しないって、ほんと人泣かせ。古いといってもたかだか12年、たかだか平成である。それでもう共有できないなんて「バージョンアップって誰得よ?」と思ってしまう。「バージョンアップに追いつけない」(38頁)

私も、
〈バージョンアップしなくていいから、そのままにしておいてよ!〉
て、よく思う。(笑)
更新によって効率はアップするのだろうが、私自身はそんなことを望んではいない。
そのままでいいのだ。そのままがいいのだ。
デジタル社会の末端にどうにかしがみついている私は、
早くパソコンもスマホも捨てて、アナログ人間に戻りたいと思っている。


退職したら読書をしたいと、知人は思っていたという。仕事と関係ない本を、時間にしばられずに好きなだけ読みたい。勤めている間読むのは資料ばかり。家に帰ると睡眠時間の確保でせいいっぱい。このままでは内面が瘦せ細り、人間として「さすがにマズイのでは」と不安だった。
ようやっと自宅でゆっくり本と向き合ったところ……何か違う。若いときのようには読み進められない。少しめくっては飽き、凝った肩を回したり、スマホに意味なく手を伸ばしたり、休み休み。そうこうするうち眠くなり、気がつけば本に額がつきそうになっていた。
集中力が落ちていることに、がくぜんとしたという。同じ姿勢をとり続けるのが、体力的につらくなってもいるかもしれない。読書を「疲れる」と感じたのは生まれて初めてだった。老後の楽しみだったのに、できる時が来たら、適齢期は過ぎていたと。
「適齢期を過ぎても」(42頁)

高齢者にとっては身につまされる話だろう。
齢を取ると、体力は低下し、集中力も低下し、記憶力も低下し、
同じところを何度も読み返さなければ理解できなくなってしまうし、
長時間の読書に堪えられなくなってしまう。
読書にも体力が必要なのである。


以前、このブログで、『長い読書』(島田潤一郎)のレビューを書いたとき、
 ……本を読み続けることでなにを得られるのか……
とのサブタイトルを付して、次のように記した。

まず、冒頭の「本を読むまで」に感心した。

本を読み続けることでなにを得られるのか。いちばんわかりやすいこたえは、本を読む体力を得られるということだろう。

この一文に惹きつけられた。

また、以前、このブログで、
NHKスペシャル「Last Days 坂本龍一 最期の日々」のレビューを書いたとき、
……何を楽しむにも体力が必要……
とのサブタイトルを付し、

やっぱり自分にエネルギーがないときはね
音楽っていうのはなかなか聴けないですよね
音楽って熱量が高いものなので
受け止める体力がないと
なかなか受け止められないですよね


という坂本龍一の言葉を紹介した後、

音楽を愛した、音楽の専門家であっても、
自分にエネルギー、体力がないときには、
音楽を聴けないし、楽しめないというのだ。

これは音楽に限らず、様々なことに当てはまるのではないかと思った。
芸術には、作品そのものに大きなエネルギーが内包されているので、
それを受け止めるには、受け止める側にもエネルギーが必要とされる。
(中略)
今夏、70歳になる私が、今、気を付けていることは、
病気をしないことと、体力の維持だ。
趣味の登山もそうだが、
読書においても体力の必要性を強く感じている。
特に、最近は、名作と言われている長編小説を読んでいるので、特にそう感じる。
長い物語を読むには体力が必要なのだ。

と記した。
(全文はコチラから)

小さなTSUTAYAくらいの規模(本は2万冊、DVDや CDは3万点)をコレクションされていた小倉智昭さんは、自著で、

映画のDVDとかCDとか封を切ってない、ビニールでパックされたまんまのやつとかあるんだよ。後でゆっくり見よう、聴こうと思ってとってあったもの。それをそのまま封を切らないで死んでしまうんじゃないかとかって最近思うよね。

と語られていたが、今年(2024年)の12月9日に亡くなられてしまった。
老後に楽しみをとっておいてはいけないのだ。
「いま、やらない人は“一生やらない”」という言葉を肝に銘じ、
何事もすぐに取り掛かろう。


暑さにこうも弱くなったかと驚いている。仕事先へ15分歩いただけで熱中症になった。
仕事はどうにかこなしたが頭痛が1日おさまらなかった。こまめな水分補給など熱中症対策をとっても、出かけることそのものがこたえるようだ。年のせいもあろうけど、この夏が特に暑いと思いたい。
「体力の収支」(84頁)

私はまだ熱中症になったことがない。
夏山遠征前には、真夏の炎天下に9時間程歩き続けたりすることもあるが、(コチラを参照)
熱中症にはならない。
日頃から躰を暑さに慣らしておくことも必要なのではないかと考えることもある。



「まさか太る努力をする日が来るとは思わなかった」と知人。「少し太めがいいみたい」(106頁)

この知人は、夏の暑さに負けて食欲が低下し、秋になっても体調が回復せず、
病院に行くと、「痩せ過ぎ」との指摘を受ける。
かかりつけ医が言うには、
「筋肉が落ちると心臓に負担がかかる。心臓は血液を全身にめぐらせるポンプの役割で、筋肉はポンプの補助をする。運動する力は今すぐ出ないだろうから、まずは体重を戻そう」
と。
そして、知人の
「まさか太る努力をする日が来るとは思わなかった」
という冒頭に言葉に続くのだ。
健康を考えると、痩せ過ぎよりも少し太めの方がいいそうだ。
高齢者専門の精神科医・和田秀樹さんも同じことを言っていたのを思い出した。



この他にも、興味のある言葉は幾つもあったが、
もうこの辺りで止めよう。
本書のタイトルは、『60代、不安はあるけど、今が好き』であるが、
70代になった私は、現在の私を、
「70代、不安はあるけど、今が好き」と言えるかもしれない。
そう言えるのは、今の私がひとまず健康であるからだろう。
すべてに感謝。

岸本葉子さん「~がんになったから見えたこと」(前編)


岸本葉子さん「~がんになったから見えたこと」(後編)

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