2015年(2014年公開作品を対象)に創設した「一日の王」映画賞も、
今回で第10回となった。
ブログ「一日の王」管理人・タクが、
たった一人で選出する日本でいちばん小さな映画賞で、
何のしがらみもなく極私的に選び、
勝手に表彰する。
作品賞は、1位から10位まで、ベストテンとして10作を選出。
監督賞、主演女優賞、主演男優賞、助演女優賞、助演男優賞は、
5名(~10名)ずつを選出し、
最優秀を、各部門1名ずつを決める。(赤字が最優秀)
この他、
新人賞(1~2名)と、外国映画の作品賞(1作)を選出する。
普段、レビューを書くときには点数はつけないし、
あまり映画や俳優に順位はつけたくはないのだが、
まあ、一年に一度のお祭りということで、
気軽に楽しんでもらえたら嬉しい。
【作品賞】
➀『福田村事件』
➁『PERFECT DAYS』
③『波紋』
④『少女は卒業しない』
⑤『花腐し』
⑥『アンダーカレント』
⑦『まなみ100%』
⑧『愛にイナズマ』
⑨『せかいのおきく』
⑩『君は放課後インソムニア』
2023年の前半は、正直、見たいとい思う映画があまり無く、
「不作の年」だと思っていた。
2023年公開の映画は、2020年~2022年頃に作られたものが多く、
コロナ禍真っ盛りということもあって、苦戦した結果だと思っていたし、
致し方ないか……と思っていた。
ところが後半になると一転、見たいと思う作品が次々と現れて、困るほどになった。
佐賀では上映されない作品や、数ヶ月遅れてやってくる作品も多く、
「見たい映画を見る」という簡単なことがなかなか出来ず、ヤキモキすることもあった。
それでも、できる限り努力して、鑑賞してきた。
作品賞・第1位に選出した『福田村事件』は、
数々の社会派ドキュメンタリー作品を手がけてきた森達也が、
自身初の劇映画作品として、関東大震災直後の混乱の中で実際に起こった虐殺事件・福田村事件を題材にメガホンを取ったドラマで、
私は、このブログで、
……ドキュメンタリスト森達也の初の劇映画にして傑作……
とのサブタイトルを付してレビューを書いたのだが、
その一部を引用する。
鑑賞後、「傑作」だと思った。
一番に思い出したのは、瀬々敬久監督『菊とギロチン』(2018年)であった。
関東大震災直後の閉塞していく日本社会を描いているという時代背景、
木竜麻生、東出昌大、井浦新など、『福田村事件』と同じ俳優が出演していたということ、
『福田村事件』と同じくクラウドファンディングにより製作された映画であることなど、
共通点がいくつも見いだされ、
何よりも「傑作」という点において、
『菊とギロチン』を鑑賞したときと同じ想い、同じ衝撃、同じ感動を味わった。
『菊とギロチン』は、
第5回「一日の王」映画賞・日本映画(2018年公開作品)ベストテンにおいて、
第1位に選出し、
最優秀主演女優賞も木竜麻生を選出したが、
本作『福田村事件』も、
第10回「一日の王」映画賞・日本映画(2023年公開作品)ベストテンの、
第1位の有力候補だと思った。(現時点での暫定1位)
このときの思いが、最後まで変わらなかった。
ドキュメンタリー映画監督・森達也の自身初の劇映画作品ということで、
ぎこちなさ、拙さは随所に見られたし、
映画の完成度としては、他にもっと優れた作品があったのだが、
「この題材で映画を完成させた」という一点においては、
他の映画に負けない強さがあったと思う。
2023年は『福田村事件』が公開された年として、長く記憶されることだろう。
第2位の『PERFECT DAYS』は、映画としてはすべてが完璧で、
もし『福田村事件』が公開されていなかったならば、この映画が第1位であったろう。
第3位の『波紋』は、面白さにおいて随一で、
荻上直子監督のオリジナル脚本と演出、筒井真理子の演技が素晴らしい傑作であった。
第4位の『少女は卒業しない』は、
……河合優実の初主演作にして青春恋愛映画の傑作……
とのサブタイトルを付してレビューを書いたのだが、
ただ単に河合優実の初主演作というだけではなく、
(前期高齢者の私にとっては)すでに失くしてしまったものがたくさん詰まった、
タイムカプセルのような、お金では買えない宝物のような作品であった。
『愛なのに』と同じくらい好きになったし、
何度でも見たいと思わせる映画であった。
第5位の『花腐し』は、
荒井晴彦監督の脚本(中野太との共同脚本)や演出もさることながら、
さとうほなみがの演技、存在感が抜群で、魅入らされてしまった。
現時点でのさとうほなみの代表作となった。
第6位の『アンダーカレント』は、
今泉力哉監督によって、真木よう子の新たな代表作となった傑作で、
心の根底にある抑えられた感情のようなものを巧く表現していたように思う。
細野晴臣が担当した音楽も良かった。
第7位の『まなみ100%』は、
川北ゆめき監督の純粋な思い、
いまおかしんじの優れた脚本、
中村守里、伊藤万理華のピュアな存在感が、
本作を優れた青春映画にしたと思った。
切なさ120%の青春映画の傑作であった。
第8位の『愛にイナズマ』は、
松岡茉優、窪田正孝、佐藤浩市、池松壮亮、若葉竜也という実力のある5人の俳優の、
ハイレベルな丁々発止のやりとりが笑いや感動を生む傑作であった。
同じ石井裕也監督作品の『月』も悪くなかったが、
原作には登場しない堂島洋子(宮沢りえ)と夫・昌平(オダギリジョー)に重きを置き過ぎて、きーちゃんとさとくんの存在が希薄になってしまっていたのが残念であった。
第9位の『せかいのおきく』は、
とにかく主人公のおきくを演じる黒木華が美しく、
もう彼女を見ているだけで私は幸せであった。
第10位の『君は放課後インソムニア』は、
傑作とか、秀作とか、佳作とか、作品の評価をする以前に、
私の大好きな映画であったし、私好みの映画であった。
私の心にフィットする、なんとも心地好い映画であった。
本作のレビューの最後に、
傑作であっても、一度見れば十分と思う作品もあれば、
傑作とは言えなくとも、何度でも見たいと思わせる作品もある。
『君は放課後インソムニア』は後者だ。
失礼ながら「キネマ旬報 ベスト・テン」に選ばれる作品ではないだろうし、
おそらく「一日の王」映画賞のベストテンにも選出はされないだろう。
だが、私の心にはいつまでも残り続ける。
そして、同じような作品に出逢ったときに、きっと思い起こすことだろう。
初恋の思い出のように……
と書いたのだが、
なんと、「一日の王」映画賞のベストテンの第10位に本作が滑り込んできた。
本作の原作漫画「君は放課後インソムニア」の舞台が石川県七尾市であったことから、
実写映画の『君は放課後インソムニア』も石川県七尾市を舞台としている。
しかも、オールロケ。
今年(2024年)元旦の能登半島地震で、七尾市も大きな被害を受けたが、
映画『君は放課後インソムニア』が、震災前の美しい七尾市の姿を記録してくれている。
この映画が、七尾市の皆さんを元気づけ、復興の手助けをしてくれるに違いない。
上記ベスト10以外にも、
『怪物』
『市子』
『月』
『正欲』
『ゴジラ-1.0』
『白鍵と黒鍵の間に』
『ほかげ』
『ロストケア』
『ちひろさん』
『ヴィレッジ』
『銀河鉄道の父』
『渇水』
『1秒先の彼』
など、どれがベストテンに入ってもおかしくない作品がたくさんあり、
選考に苦慮したことを付け加えておく。
2023年も、結果的に、傑作、秀作の多い一年であったと思う。
【監督賞】
荻上直子『波紋』
ヴェンダース『PERFECT DAYS』
石井裕也『月』『愛にイナズマ』
森達也『福田村事件』
荒井晴彦『花腐し』
塚本晋也『ほかげ』
是枝裕和『怪物』
山崎貴『ゴジラ-1.0』
最優秀監督賞は、荻上直子。
荻上直子監督作品『波紋』は、面白さにおいて随一で、
荻上直子監督のオリジナル脚本というのも最優秀監督賞の選出理由の大きな加点となった。
「荻上直子監督のオリジナル最新作にして、監督自身が歴代最高の脚本と自負する絶望エンタテインメント」というキャッチコピーに、ウソ偽りは無かった。
もう、『かもめ食堂』や『めがね』を撮っていた頃の荻上直子監督とは別人とし思えず、
東日本大震災、介護、新興宗教、障害者差別といった現代社会が抱える問題を内包した、
ブラックユーモアあふれる人間ドラマに、驚かされ、笑わされ、感動させられた。
エンタテインメント性まで加味し、総合力で他の監督たちよりも上位に置いた。
【主演女優賞】
さとうほなみ『花腐し』
筒井真理子『波紋』
杉咲花『市子』
趣里『ほかげ』
新垣結衣『正欲』
真木よう子『アンダーカレント』
黒木華『せかいのおきく』
有村架純『ちひろさん』
河合優実『少女は卒業しない』
最優秀女優賞は、『花腐し』のさとうほなみ。
さとうほなみと聞いて、驚く人も多いと思うが、
演技においては、他の主演女優たちの方が勝っていたが、
“肉体”を含めた女優としての総合力において、
『花腐し』のさとうほなみが一歩抜きん出ていたように思った。
そして、最優秀女優賞に選出した後に言うのなんだが、
『花腐し』はさとうほなみの主演作ではない。(主演は綾野剛)
では、何故選んだのか?
『花腐し』のレビューの最後に、私は、次のように記している。
さとうほなみは主演ではなかったが、
過去パートのカラー映像のシーンには、必ず出てくるし、
綾野剛や柄本佑と同じくらいスクリーンに登場する。
「一日の王」映画賞では、主演女優賞としてノミネートさせようと思っているし、
映画『花腐し』は現時点での彼女の代表作だと思った。
(主演作と言っていいほどに)出演シーンが多かっただけではなく、存在感も示していた。
『花腐し』のさとうほなみの役は、さとうほなみの“美しい肉体”を必要とし、
替えがきかず、さとうほなみにしかできない唯一無二の役であったのだ。
【主演男優賞】
役所広司『PERFECT DAYS』『銀河鉄道の父』
綾野剛『花腐し』
井浦新『福田村事件』『アンダーカレント』
奥野瑛太『死体の人』
松山ケンイチ『ロストケア』
横浜流星『ヴィレッジ』『春に散る』
最優秀男優賞は、役所広司。
「一日の王」映画賞らしく、皆が驚くような、独自の俳優を選びたかったが、
『PERFECT DAYS』の役所広司を見たら、
もう彼を選ぶしか選択肢はなかった。
それほどの演技力と存在感であった。
【助演女優賞】
唐田えりか『死体の人』
田中裕子『怪物』
二階堂ふみ『月』
浜辺美波『シン・仮面ライダー』『ゴジラ-1.0』
黒木華『ヴィレッジ』『映画 イチケイのカラス』
長澤まさみ『ロストケア』
坂井真紀『ロストケア』『銀河鉄道の父』『逃げきれた夢』
森七菜『銀河鉄道の父』
最優秀助演女優賞は、『死体の人』の唐田えりか。
『死体の人』は上映館も少なかったので、見ていない人の方が多いと思うが、
隠れた名作である。
唐田えりかは、濱口竜介監督作品『寝ても覚めても』(2018年)でヒロインに抜擢され、
映画女優として順調なスタートを切ったと思われたが、
2020年1月、その『寝ても覚めても』で共演した東出昌大との不倫が発覚。
世間のみならずいろんなメディアからも大バッシングを浴び、
レギュラーとして出演していたTVドラマを途中降板させられ、
専属モデルを務めていた雑誌からも降ろされるなど、
TV界からも映画界からも一時姿を消した。
2021年9月、ファッションショー「Rakuten Fashion Week TOKYO 2022 S/S」(東京コレクション)で発表される短編映画『something in the air』に主演し、
1年半ぶりに女優業再開。
2022年11月26日公開の『の方へ、流れる』で3年ぶりに映画主演したが、
この作品は、佐賀はおろか、九州での公開もなく、見ることができなかった。
本作『死体の人』では、唐田えりかがヒロイン・加奈を演じているのだが、
この『死体の人』も、佐賀での公開はなく、福岡のKBCシネマで鑑賞した。
唐田えりかは本作でデリヘル嬢を演じているのだが、
〈あのスキャンダルがなければ絶対に(とまでは言えないけれど)やらなかった役ではないか……〉
と思った。
オーディションで勝ち取ったという加奈という役は、
最初は恋人に依存しているような弱いキャラクターであるのだが、
吉田広志(奥野瑛太)と出逢ったことにより変化が生じ、
彼女の中でやっと守るものができて強くなっていく。
他人に依存する人生から、自分の本当の人生への第一歩を踏み出す。
その決断に至る過程が素晴らしく、
その加奈を演じている唐田えりかも素晴らしかった。
唐田えりかの覚悟が感じられたし、
女優としても進化していると思った。
今後の期待も込めて、最優秀助演女優賞とした。
【助演男優賞】
永山瑛太『怪物』『福田村事件』
磯村勇斗『波紋』『渇水』『月』『正欲』
若葉竜也『ちひろさん』『愛にイナズマ』『市子』
柄本明『ロストケア』『波紋』『福田村事件』
田中泯『PERFECT DAYS』『銀河鉄道の父』
佐藤浩市『せかいのおきく』『愛にイナズマ』
最優秀助演男優賞は、『怪物』『福田村事件』の永山瑛太。
この最優秀助演男優賞も大いに迷った。
ノミネートされた永山瑛太、磯村勇斗、若葉竜也、柄本明、田中泯、佐藤浩市の6人は、
いずれも優れた男優ばかりで、しかも複数の作品で素晴らしい演技をしている。
最終的に、永山瑛太、磯村勇斗、若葉竜也の3人に絞られ、
『怪物』『福田村事件』という傑作で主演に次ぐ重要な役で名演を見せた永山瑛太を選んだ。
特に『福田村事件』の方は、森達也監督がキャスティングする際、
「始める前は、反日映画と批判されて、上映中止運動が起きて、劇場はどこもやってくれないということも考えていたんです。そうなると俳優にとってはなんのメリットもないと危惧していました」
と語っていたように、
「俳優にとってはなんのメリットもない」かもしれない映画の役のオファーに、
躊躇なく即答し、
メッセージ性のあるミニシアター系の作品のよく出ている俳優が多い中で、
永山瑛太というメジャーな俳優が本作に出演している意義は大きかったと思う。
【新人賞】
中井友望『少女は卒業しない』
花坂椎南『少女は卒業しない』
『少女は卒業しない』での中井友望の演技は、
これ見よがしな演技ではなく、地味で静かな演技なのであるが、
見る者の心に届く演技であった。
作田詩織(中井友望)が淡い恋心を抱いている相手が、
図書室の管理をする坂口先生で、
この坂口先生を演じる藤原季節の演技がこれまた上手いのだ。
生徒にも敬語で接する坂口先生は、
作田詩織からの好意を感じ取っている風にも見えるが、
彼女にも敬語で接することで一定の距離を取っているようにも見える。
そのあたりの節度が、この二人の心情を高めもする。
4組の中で、もっともドラマ性があったのは、作田詩織と坂口先生だったと言えるだろう。
対人関係が苦手な作田詩織に坂口先生がアドバイスし、
そのアドバイスのお蔭で作田詩織に木村沙知(花坂椎南)という友達ができる。
二人がお互いのアルバムにサインをし合うシーンは感動的で、
私の頬には涙が流れた。
この感動シーンを、中井友望と共に創った(木村沙知を演じた)花坂椎南という女優も新人賞に追加した。(写真左・中井友望、右・花坂椎南)
【作品賞・海外】
『エンパイア・オブ・ライト』
1980年代初頭のイギリスの静かな海辺の町の映画館を舞台にした本作は、
人物造形が素晴らしく、
脇役が光っており、
美しい映像と相俟って、
1980年代への郷愁や、
映画、映画館への愛が感じられ、
本作を思い出す度に胸がキュンとなる。
映画の終盤、映画『チャンス』の「人生とは心の在り方だ」という名言が引用されるが、
この言葉が身に染みる傑作であった。
ここで、衝撃の告白。(笑)
「一日の王」映画賞は今回を最後に、終えようと思う。
理由はいくつかある。
ここ数年で、映画界は大きな変貌を遂げた。
➀多様性の時代を反映した映画が増えたこと。
私と異なる特徴、特性を持つ人の存在は認めつつも、
興味のない題材の映画は敬遠する自分がいる。
映画賞を選出するには、あらゆる分野の映画を見ていなくてはならない。
そういう意味で、私には資格がなくなりつつあるのを感じていた。
➁ネット配信の映画が増えたこと。
基本的にネット配信の映画は見ないし、スクリーンで見た映画のみを、「一日の王」映画賞の候補に選出してきた。
だが、多くのネット配信の会社で、多くの映画が製作され、
それをすべて見ることは今の自分には不可能なのだ。
今年の夏で70歳になる私の考えにも変化が生じてきている。
③好きな映画だけを見たい。
映画賞の選考をするには、多くの映画を見ていなければならない。
なので、これまでは、
好みの映画ではなくても、話題作や評価の高い映画は見るようにしてきた。
だが、人生の残り時間が少なくなってきた今、
見たい映画だけを見たいと思うようになってきた。
きっかけになったのは、
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」。
第95回アカデミー賞(2023年)で、
作品賞を含む最多7冠を達成した映画なのだが、
私にはまったく合わなかった。
こういう映画を見ている時間が「もったいない」と思うようになった。
④70代は読書を中心にした生活をしたい。
いつまで生きているか分からないが、(「人生100年時代」は大嘘だと考えている)
頭がはっきりしているのは70代が最後だと思うので、
70代は読書を中心にした生活をしたいと思っている。
幸い、今はまだ、老眼鏡やルーペがなくても紙の本が(字が小さい昔の文庫本も)読めるし、
図書館も近く、家にも多くの本がある。
なので、映画を見る本数は減ってくると思う。
他にも理由はあるが、もはや、今の私には、映画賞を選考する資格がないのだ。
「一日の王」映画賞の発表はないが、
(極私的な)映画「ベスト3」なり「ベスト5」くらいは発表するかもしれない。
それをどうかお楽しみに……
「一日の王」映画賞の10年は、私の60代の10年とちょうど重なり合う。
映画を存分に楽しんだ60代であった。
さて、これからどんな70代がやってくるのか?
今からワクワクしている。