一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ミッドナイト・バス』 …竹下昌男監督によって丁寧に丁寧に創られた傑作…

2018年02月20日 | 映画


昔、『ジャンプ』(2004年)という映画を見たことがある。
佐藤正午の小説を映画化したもので、
ネプチューンの原田泰造が主演し、
牧瀬里穂や笛木優子などが共演していた。
佐藤正午の友人でもある竹下昌男の監督デビュー作であった。
佐藤正午の『ジャンプ』は好きな小説だったし、
ロケが佐賀県内でも行われたという興味も手伝って、
かなり期待して鑑賞した記憶がある。
地味だが、丁寧に創られた作品で、
愛すべき小品とも言うべき佳作であった。


それから10数年の歳月が流れたが、
この『ジャンプ』を監督した竹下昌男の、2作目がようやく完成した。
それが、本日紹介する映画『ミッドナイト・バス』である。

【竹下昌男】
1960年生まれ、大分県出身。
CF制作会社のプロダクション・マネージャーを経て、
東陽一監督『ジェラシー・ゲーム』(1982年)でフリーの助監督となる。
その後、
藤田敏八監督『リボルバー』(1988年)、
大林宣彦監督『青春デンデケデケデケ』(1992年、『はるか、ノスタルジィ』(1993年)、
原田眞人監督『バウンス ko GALS』(1997年)、
エドワード・ヤン監督がカンヌ国際映画祭監督賞を受賞した『ヤンヤン 夏の想い出』(2000年)など多数の作品に参加、助監督としてキャリアを積む。
1993年以降、
『乳房』(1993年)、『絆-きずな-』(1998年)ほか、主に根岸吉太郎監督に師事する。
2004年、長編映画『ジャンプ』で監督デビュー。
新藤兼人賞銀賞、第8回みちのく国際ミステリー映画祭・新人監督奨励賞グランプリを受賞。
2011年、大林宣彦監督の監督補佐として『この空の花 -長岡花火物語』(2012年)の制作に参加、
AKB48のミュージック・ビデオ「So long !」(2013年)のセカンドユニット・ディレクターも務める。


キャリアは長いのに、監督2作目とは、あまりに寡作過ぎないか?
とはいえ、『ジャンプ』の監督なら、「さもありなん」とも思った。
竹下昌男監督は語る。

「新潟って面白いな……」
そう思ったのは、大林宣彦監督の映画『この空の花 -長岡花火物語』の撮影をしていたときでした。
日差し、空の色、流れる雲……
目の前に広がる一見何気ないロケーションが、
ワンカットの中でいろいろな表情を魅せる。
もし機会があったら、ここで映画を撮りたいと思いました。
それも、どうせなら冬の新潟を。
その後、プロデューサーから持ちこまれた伊吹有喜さんの小説は、
そんな新潟を舞台にした希有な作品でした。


最初はなぜか高倉健をイメージしながら、
映画に出来るかどうか、何度も読み返したのを覚えています。
主演の原田泰造くんとは『ジャンプ』に続いて二度目の顔合せです。
彼の出演したものはだいたい観てますが、実は好いと思ったことが一度もない。
監督として「泰造ならもっとやれるはず」という確信はあったのですが、
今回起用して、改めて俳優としての可能性を感じました。
こんなものじゃない、もっといろいろやれるぞ、と。
そして何より、僕自身がまだまだ満足出来ていない。
泰造には、いっその事トリュフォー作品のジャン=ピエール・レオのようになってもらおうかと思ってるんです。
監督デビューから十三年、
『ミッドナイト・バス』のように長い夜を走り続けてきましたが、
ようやく「撮れない」呪縛から解放されそうな気がします。


なんだか、“誠実”を絵に描いたような人柄である。
今回は、自らプロデュースを兼ねての企画だそうで、
『ミッドナイト・バス』も大いに期待できると思った。
この手の地味な映画は、普通は佐賀県での上映はなく、
福岡あたりまで行かないと見ることのできないのだが、
今回は、イオンシネマ佐賀大和でも上映されるという。
期待に胸を膨らませて映画館へ向かったのだった。



主人公の高宮利一(原田泰造)は、
東京での過酷な仕事を辞め、
故郷の新潟で長距離深夜バスの運転士として働く中年の男だ。


ある夜、利一がいつもの「東京発・新潟行」のバスを発車させようとしたその時、
滑り込むように乗車してきたのが、
16年前に離婚した妻・美雪(山本未來)だった。
突然の、思いがけない再会。
美雪は東京で新しい家庭を持ち、
新潟に独り暮らしている病床の父親(長塚京三)を見舞うところだった。


利一には、東京で定食屋を営む恋人・志穂(小西真奈美)がいる。


その志穂との再婚を考えていた矢先、
長男の怜司(七瀬公)が、東京での仕事を辞めて帰ってくる。


娘の彩菜(葵わかな)は、友人とルームシェアしながら、
インターネットでマンガやグッズのウェブショップを立ち上げていたが、
実現しそうな夢と、結婚の間で揺れていた。


そして、利一は、
元妻の美雪が、夫の浮気と身体の不調に悩み、
幸せとはいえない結婚生活を送っていると知る。


利一と美雪の離婚で、一度ばらばらになった家族が、
今、それぞれの問題を抱えて、故郷「新潟」に集まってくる……
16年という長い時を経て、やるせない現実と人生への不安が、
再び、利一と美雪の心を近づけていく。
利一とは違う場所で、美雪もまた、同じ分の歳月を生きていた。
だけど、どんなに惹かれ合っても、
一度分かれてしまった道は、もう二度と交わらないこともわかっている。
この数ヶ月、
志穂といた利一は美雪を思い、
美雪といた利一は志穂を思った。
利一には恋人の志穂が、
美雪には夫とまだ幼い息子がいる……
奇跡のような再会から数ヶ月が過ぎ、小雪が舞う中を、
美雪は利一に見送られ、東京行きの深夜バスに乗る。
ひとりになった利一は、
これから自分が進むべき道を考えるのだった……




上映時間が2時間37分となっていたので、
いろんな意味で心配していた。
やっとこぎつけた2作目ということで、
「たくさんのものを詰め込み過ぎていないか?」
「冗長になっていないか?」
等々。
その心配は杞憂であった。
丁寧に、丁寧に創られてはいるが、
冗長さはまったくなく、
上映時間の長さはまったく気にならなかった。
むしろ、「もっと見ていたい」と思ったほど。
映画の中にどっぷりと浸かることができた。



息子や娘との関係に苦悩する新潟の方では、“父性”を、
定食屋を営む志穂の待つ東京の方では、“男性”を、
バスが関越トンネルを抜ける度に切り替えざるを得ない利一なのだが、
その利一を原田泰造が実に巧く演じている。
この長距離深夜バスの運転手を演ずるにあたり、撮影に先立って、
原田泰造は大型自動車免許を取得したそうだ。


新潟でのシーンと、東京でのシーンを繋ぐのは、
原田泰造が演じる利一が、バスを運転する姿だ。


このバスが走っているときのシーンで流れるのが、


ヴァイオリニスト・川井郁子が演奏する「ミッドナイト・ロード」。
この音楽が実に好い。



利一の恋人で、東京で定食屋を営む志穂を演じた小西真奈美。


昔から小西真奈美のファンなので、
本作『ミッドナイト・バス』の存在も、
彼女のブログで知った。
小西真奈美が出演しているなら見たいと思ったし、
調べてみると、『ジャンプ』の監督の2作目ということで、
さらに興味も増した。
志穂を演ずる小西真奈美は、
利一をひたすら待っている“待つ女”を演じているのだが、
観客の心まで切なくなるほどに繊細に演じていて、素晴らしかった。
『のんちゃんのり弁』(2009年)のときのような元気娘の役もイイが、
『阿弥陀堂だより』(2002年)や『行きずりの街』(2010年)のときのような、
切なさを感じさせる役の方が、一層彼女の持ち味が発揮されるような気がした。


地味な作品の中にあって、
透明感のある美しさ華やかさを持っている小西真奈美の存在は、
一際価値あるものに思えた。



利一の元妻・美雪を演じた山本未來。
なんだか、映画では久しぶりに見た気がするのだが、
調べてみると、『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』(2009年)以来であった。
山本未來に関しては、(失礼ながら)それほど期待していなかったのだが、
これが、びっくりするほど素晴らしい演技をしていたのだ。
利一との、利一の母親との過去や、
現在の夫とのことなど、
何も言わずとも解るような繊細な演技で、
とても惹かれたし、魅せられた。
「一日の王」映画賞の最優秀助演女優賞の候補になるであろう名演であった。



利一の娘・彩菜を演じた葵わかな。
極私的に、
フジテレビ系のバラエティ番組『痛快TV スカッとジャパン』や、
映画『くちびるに歌を』(2015年)、『サバイバルファミリー』(2017年)などで注目していた彼女だが、
連続テレビ小説『わろてんか』(2017年10月7日~2018年3月31日)に主演が決まり、
アッと言う間に国民的女優になってしまった。
本作『ミッドナイト・バス』の撮影時は、
これほど注目される前であったと思われるが、
現在の人気が「さもありなん」と思わせるほどの好い演技をしている。
朝ドラに主演すると、メジャーな作品からのオファーが多くなると思うが、
これからも、こういった地味な作品にも出演してほしい……と思った。



新潟~東京間を走る長距離深夜バスの運転手を主人公にした、
その家族や、恋人を描いた、小さな小さな物語である。
その小さな物語を、竹下昌男監督は、
丁寧に丁寧に演出している。
私はこんな作品を愛する。
映画館で、ぜひぜひ。


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