一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『百円の恋』 ……安藤サクラの時代がやってきたことを実感させる傑作……

2014年12月21日 | 映画
安藤サクラを初めて強烈に感知したのは、
映画『愛のむきだし』(2009年)においてだった。
上映時間237分(約4時間!)という園子温監督の23作目の作品で、
満島ひかりを初めて強烈に感知したのもこの作品でだった。

『愛のむきだし』を見て以来、
安藤サクラは常に気になる存在であったのだが、
『かぞくのくに』(2012年)や
『今日子と修一の場合』(2013年)などを経て、
今年、一気に花開いた感がある。
現在、主演作2作が公開されているが、
『0.5ミリ』(2014年11月8日公開)の方は、
九州では、現在、熊本でしか公開されていないので、
(福岡で2015年1月10日、佐賀は1月31日公開予定)
まだ見ていないが、
『百円の恋』(2014年12月20日公開)の方は、
現在、九州では、福岡の中洲大洋で公開されているので、
福岡へ行くついでがあったので、さっそく見てきた。

32歳の一子(安藤サクラ)は、
母親(稲川実代子)が営む実家の弁当屋を手伝うこともなく、
実家の2階で、ひきこもりのような、自堕落な日々を送っていた。
離婚して子連れで実家に帰ってきている妹・二三子(早織)とは折り合いが悪く、
ある日、その妹とケンカをして、実家を出て行かざるを得なくなる。



アパートで一人暮らしを始めた一子は、
夜な夜な買い食いしていた百円ショップでの深夜労働にありつくが、
そこは、心に問題を抱えた店員たちや、
賞味期限切れで廃棄される食品を目当てにやってくる人たちなど、
社会の底辺で生きる人々の巣窟だった。



仕事からの帰り道に、あるボクシングジムで、
一人でストイックに練習するボクサー・狩野(新井浩文)を覗き見することが、
一子の唯一の楽しみとなっていた。



ある夜、そのボクサー・狩野が百円ショップに客としてやって来て、
狩野が忘れていったバナナを追いかけて届けたことがきっかけになり、
2人の距離は縮まっていく。
なんとなく一緒に住み始め、体を重ねるが、



そんな幸せも長くは続かず、
狩野はいつしか帰って来なくなり、
再び一人ぼっちになった一子は、
自らもボクシングを始めるのだった……



映画『百円の恋』は、
松田優作の出身地・山口県で開催されている周南映画祭で、
2012年に新設された脚本賞「松田優作賞」の、
第1回グランプリを受賞した足立紳の脚本を、
『イン・ザ・ヒーロー』の武正晴監督のメガホンで映画化したもの。
映画化に際しては、
主人公の一子(脚本上の設定年齢は32歳)には、
ハードなアクションとラブシーンが必須で、
それを演じきれる女優が必要なため、
キャリアや実年齢を問わないオーディションが敢行された。
安藤サクラも、本作の脚本を読み、オーディションに応募。
応募700通以上の書類選考、
約40人が参加したオーディションを経て、
安藤サクラの起用が決定した。


彼女がいなければこの映画はできなかったな、と「百円の恋」を観る度に思ってしまう。今年の2月、シナリオを読んだ彼女がオーディションにやって来てくれた。強くなりたくて中学の時、ボクシングジムに通っていたと少し恥ずかしそうに教えてくれた。目の前に主人公の一子が座っているように思えた。(『キネマ旬報』2014年11月下旬号)

と、武正晴監督は語っている。

安藤サクラといえば、
言わずと知れた、父・奥田瑛二、母・安藤和津の次女。
順風満帆な女優生活を送ってきたようにも見えるが、
『百円の恋』の撮影前には、
芝居ができなくなっていたのだそうだ。
安藤サクラは語る。

『0.5ミリ』を撮り終えた後、『春を背負って』『家路』(2014)に出演して、初めてメジャーの連ドラの『ショムニ2013』(フジテレビ)にも出させていただいたのが、ちょうど昨年の夏。『ショムニ2013』の経験は、ある意味とても大きくて、そこからさらにいろんなチャレンジをしていこうって思えたりもして。『0.5ミリ』、『ショムニ2013』と経験し、すごく体力もついたし大きく一歩踏み出したかなと思ったんです。でもある時、急にお芝居のやり方がわからなくなって。なんとういうか、ヘンな話ですけど、すごくキッパリと気持ちいいくらいに、あ! もうできないな。って。(『キネマ旬報』2014年11月下旬号)

この状態を彼女自身は「安藤サクラの“死”」と呼んでいるが、
この“死”の状態から蘇生させてくれたのは、
母・安藤和津の一言であったらしい。
『百円の恋』のオーディションの記事を新聞で見つけた安藤和津が、
「あなた、ボクシングの経験もあるし、この役って絶対サクラだと思うんだよね」
とアドバイスしてくれたのだそうだ。

主役の一子役に選ばれてからは、
作品以外のことは何も考えず、
この“闘い”に肉体も心もすべて投げ出して挑んだとか。
その努力の甲斐あって、
本作は素晴らしい作品に仕上がっている。


驚くべくは、安藤サクラの、その変貌ぶりだ。
序盤のたるみきった肉体が、


ボクシングをやることによって引き締まっていき、
動きも俊敏になって、
顔の表情まで精悍になっていくのだ。


『レイジング・ブル』(ロバート・デ・ニーロ)や
『あしたのジョー』(力石役・伊勢谷友介)(←クリック)の女版と思わせるような、
凄まじさであった。


撮影期間が短い低予算映画であったため、
10日間で、ボクサーの体に作り変えたとのこと。

あのデブからボクサーの体に10日間でなるなんて自分でも信じられない。人間の身体のスゴさを感じたし、もはや脳の命令、というか念です。実際に比喩ではなく、本気で死ぬんじゃないかと思った瞬間もありましたねぇ(笑)。(『キネマ旬報』2014年11月下旬号)

と安藤サクラは語っているが、
その変貌には、死を意識するくらいの、
凄まじい努力があったのだ。
それは、終盤の、ボクシングの試合のシーンに、
集約され、表現されている。
その壮絶なシーンは、ぜひスクリーンで確かめてほしい。


一子が好きになる38歳の中年ボクサー・狩野を演じた新井浩文も素晴らしかった。
10月25日に行われた、
第27回東京国際映画祭での日本映画スプラッシュ部門公式上映の際、
新井は、本作への出演理由を、
「素敵な脚本と、安藤サクラが主演だから」
「個人的には今の日本映画界でNo.1だと思っている女優さん」
と答え、安藤をほめちぎっていたが、
まんざら冗談でもないと思わせる、二人の好共演ぶりだった。


安藤サクラと新井浩文は、
今年(2014年)6月14日に公開された『春を背負って』(←クリック)では、
夫婦役で共演していたが、
そのときの生真面目な雰囲気もすごく良かったが、
本作では、『春を背負って』とは真逆で、
お互いに(特に序盤は)ダラダラした役であったので、(笑)
その演じ分けが可笑しかった。
安藤サクラを引き立てつつ、
自らの個性的な演技でも魅せた新井浩文も大いに褒めておきたい。


今年は、例年以上に傑作が多く、
年末になっても、見たい映画が目白押しだ。
今年、これまで見た邦画では、
『そこのみにて光輝く』(←クリック)がNo.1で、
主演女優としても池脇千鶴がNo.1であったが、
『百円の恋』も、安藤サクラも、
『そこのみにて光輝く』と池脇千鶴に迫る勢いであった。
『百円の恋』と『0.5ミリ』との合わせ技で、
安藤サクラが最優秀主演女優賞を獲るのか……
いや、そんなこと抜きにしても、
確実に、安藤サクラの時代が、今まさに訪れようとしているのを実感させられた。
私的なことであるが、本作を見て、
安藤サクラがさらに好きになった。(満島ひかりと同じくらいに……)
彼女たちと同時代に生きている幸運に、感謝したい。

映画『万引き家族』 ……時代が“安藤サクラ”にようやく追いついてきた……

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