映画『百円の恋』(2014年12月20日公開)は優れた作品だった。
私はこのブログで、
……安藤サクラの時代がやってきたことを実感させる傑作……
とのサブタイトルを付してレビューを書き、(コチラを参照)
第1回「一日の王」映画賞・日本映画(2014年公開作品)ベストテンの作品賞で、
第3位に選出している。
『百円の恋』の脚本は足立紳で、
松田優作の出身地・山口県で開催されている周南映画祭で、
2012年に新設された脚本賞「松田優作賞」の第1回グランプリ受賞作。
以来、足立紳が脚本を書いた映画はなるべく見るようにしており、
これまで、
『嘘八百』(2018年)
『きばいやんせ! 私』(2019年)
『嘘八百 京町ロワイヤル』(2020年)
などの作品を鑑賞し、レビューも書いてきた。
その足立紳が、2016年に発表した自伝的小説「乳房に蚊」を、
自ら脚本・監督を務めて映画化したのが、
本日紹介する『喜劇 愛妻物語』(2020年9月11日公開)なのである。
2019年・第32回東京国際映画祭のコンペティション部門で、
最優秀脚本賞を受賞した作品で、
濱田岳と水川あさみが夫婦役でW主演を務め、
夏帆、光石研、ふせえり、宇野祥平、黒田大輔なども出演しているという。
で、ワクワクしながら映画館に駆けつけたのだった。
売れない脚本家の豪太(濱田岳)は、
大学で知り合ったチカ(水川あさみ)と結婚して10年目。
5歳の娘のアキ(新津ちせ)がいるが、
脚本家としての年収は50万円程度で、
もっぱら生活費はチカのパートに頼っている。
若い頃は豪太の才能を信じて支えてくれいたチカも、
今では豪太の情けなさに呆れ果て、口を開けば罵倒の言葉が飛び出す毎日だ。
豪太のさしあたっての問題は、チカと3ヶ月間セックスしていないこと。
夫婦仲はほぼ冷め切っているが、人並みの性欲を失っていない豪太は、
日夜タイミングを見計らい、チカのご機嫌を取り、猫なで声を出し、
あらゆる手段を使ってセックスに持ち込もうとするのだが、
けんもほろろに拒絶され続けている。
ある日、豪太は、
旧知のプロデューサーに預けていたホラー映画の脚本の映画化が決まったことを知らされ、
さらに別企画のプロットを書くように薦められる。
豪太が以前に「四国にいる高速でうどんを打つ女子高生」の存在を知って、映画の企画書を提出していたのだ。
脚本化するには四国に取材に行かねばならないが、
プロデューサーに取材費を出すそぶりは毛頭ない。
取材先を巡るにも運転免許がない豪太は、
チカに運転係として同行してくれるよう説き伏せ、
なんとか親子3人で四国旅行に行くことになるのだが……
今どき珍しいタイトルに「喜劇」が付いている作品。
昔はやたらと「喜劇」が頭に付いている作品が多く、
『喜劇 駅前団地』
『喜劇 駅前弁当』
『喜劇 駅前温泉』
などの「駅前」シリーズ(1958年~1969年、東宝)、
『喜劇 大安旅行』
『喜劇 婚前旅行』
『喜劇 誘惑旅行』
などの「旅行」シリーズ(1968年~1972年、松竹大船)、
『喜劇 女は度胸』(1969年)
『喜劇 男は愛嬌』(1970年)
『喜劇 女生きてます』(1971年)
『喜劇 女は男のふるさとヨ』(1971年)
『喜劇 女売り出します』(1972年)
『喜劇 特出しヒモ天国』(1975年)
などの森崎東監督作品等、
私の子供の頃のコメディ映画には、
必ずと言っていいほど「喜劇」が頭に付いていた。
だが、それも1970年代までで、
1980年代になると、さすがに誰もがダサく感じるようになり、
以降、タイトルに「喜劇」の文字は消えた。
では、足立紳監督は、今、なぜ「喜劇」の文字を頭に付けたのか?
作品タイトルは、本作の豪太(濱田岳)と同じシナリオライターが主人公の新藤兼人監督作品『愛妻物語』へのオマージュだったそうだが、
あえてベタとも取られかねない「喜劇」の文字を冠したのは、本格派の喜劇が減っている日本映画の現状に一石を投じたかったからだとか。
同じテーマを描いても、喜劇と言うだけで評価が低くなる。そのことに対する忸怩たる思いがあった。そこで勝負するとの気持ちがありました。(時事通信社インタビュー)
そんな足立紳監督の思いもあって、
本作は普通の「喜劇」ではない、すこぶる“過激”な「喜劇」となっている。
チカ(水川あさみ)の大きな赤パンツで始まり、赤パンツで終わる。
ラストの赤パンツのシーンでは大爆笑になるのだが、それは見てのお楽しみ。
冒頭の赤パンツのシーンと、
ラストの赤パンツのシーンの間には、
としかく妻のチカ(水川あさみ)とセックスしたいと望む豪太(濱田岳)の愚かな行いと、
それをひたすら拒否し、豪太に罵詈雑言を浴びせかけるチカの言動が描かれる。
この映画のエピソードは、足立紳監督夫妻の体験談が元になっており、ほぼ実話だとか。
晃子さん「……ここで言うの本当に恥ずかしいんですけど、この人、すっごいしつこいんですよ。疲れているからやりたくないって言っても『なんで? どうして?』って聞いてきて。やりたくないのになんでもクソもないよ!! って思うし、実際やったとしても大したことないですし(笑)。セックスもコミュニケーションの一種なんだろうけど、内容よりも回数をしたいって思っているんですかね」
足立監督「いやぁ〜そういうわけでもないんだけど。奥さんには『早く終われ』って言われちゃうからね。内容を濃くする時間もなくて……」
晃子さん「そんな言い方すると、まるで技があるみたいじゃない!」
(「モノ・コト・暮らし」の深掘りレビュー&ニュースより)
と、足立紳監督と妻・晃子さんは語っていたが、
そのまま映画のセリフに使えそうなくらい面白いし、
そのまま使っているセリフもあるそうだ。
自宅でのシーンは、足立紳監督の自宅でロケが行われており、
そのことによってリアルさが増している。
いろいろ探したんですけど、ピンとくる場所がなくて。スタッフも「監督の家がいいんじゃないですか?」と言ってきて、乗せられました。本来、自宅で撮影するのってめちゃくちゃ面倒くさい。近所の方に迷惑かかりますし。(「映画ナタリー」でのメッセンジャー黒田との対談より)
壁にある子供の落書きとかも実際にあるものだそうで、
足立紳監督の実際の生活が垣間見られるところも面白い。
豪太の妻・チカを演じた水川あさみ。
濱田岳と水川あさみのW主演映画であるが、
水川あさみの方が圧倒的に目立っていたし、
怪演とも言える熱演で、見る者を魅了した。
足立紳監督は、
水川さんは怒鳴り散らしながらも、母性を体現してくださった気がしてます。初めてお会いしたときからクランクインまでに太ってきてくださって。背中とか、体がグッと大きくなってたんです。もちろん役作りのためなんですが、そこに僕自身も母性的なものを感じて、奥さんに甘えるような感じで現場でもついつい甘えてしまってました(笑)。(「映画ナタリー」でのメッセンジャー黒田との対談より)
と語っていたが、
肉が増量された躰で“だらしなさ”を表現しつつも、
そのお尻や太腿が意外にセクシーで、
水川あさみを性的魅力に欠ける女優と思ってきた私としては、
大いに反省させられたし、彼女の新たな魅力に気づかされもした。
その肉体以上に魅力的だったのが、
彼女が発する言葉の演技であった。
チカが発する言葉の9割が罵詈雑言なのであるが、
これだけ夫を罵倒し続けているのに、チカが憎い女に見えないのである。
それには、水川あさみ自身が「チカが憎らしく見えないように気をつけた」という演技にあった。
だからと言って、セリフの勢いがなくなるのも嫌だったんです。何が大事だったかというと、チカの豪太に対する根本的な思いは、出会った時から変わらず今もあるということ。彼の脚本の才能だったり、夫の成功を願う気持ちだったり。脚本の仕事だけは頑張って欲しいし、あとは何もできなくていい、という思いがチカにはある。そのことを思いながら演じたいと思いました。(朝日新聞デジタル「明日のわたしに還る」より)
単に罵倒し続けているように見えて、
その言葉のひとつひとつにいろんな想いを込めていたのである。
だからチカという女性が魅力的に見えるし、観客も魅了されるのだ。
ラスト近くの川べりで泣くシーンや、
赤パンツがアップされるラストの大爆笑シーンで、
水川あさみという女優の本気度が窺えたし、
私自身も「一日の王」映画賞の主演女優賞候補になりえると思った。
究極のダメ男・豪太を演じた濱田岳も称賛に値する。
主演映画のお話を頂いたと聞いた時って“どんな役なんだろう、台本は?”って胸が踊らない俳優はいないと思うんです。そして台本を読んでみたら“コイツか!エ~”ってなったのが率直な感想です(笑)それくらいダメな男でした。だけどそこは足立さんの文才というか、台本なのに読んでいるだけで笑ってしまう。そしてこの強烈な奥さん(チカ)を誰が演じるのかと思ったら「水川あさみさんらしい」と聞いて、“こんな面白い映画ないよ”って、どんどんどんどん、撮影のテンションが上がっていきました。(シネマクエスト「伊藤さとりのシネマの世界」インタビューより)
と語っていたが、
チカの罵詈雑言を浴びせかけられながらも、飄々としており、
何度もめげずにチカに(いやらしくなく)セックスを迫る豪太の役は、
濱田岳以外には考えられないと思わされた。
目立とうと思えば、いくらでもやりようがあったろうに、そうはせず、
水川あさみを引き立てつつ、
己の演技もいかんなく発揮する技は、濱田岳ならではであったと思う。
水川あさみとは映画『今度は愛妻家』(2010年)でも、
若き純真なカップルとして共演していたが、(コチラを参照)
〈その後、こうなったか……〉
と思いを巡らすと、(コラコラ)
そこにも人生の喜劇が見えてくるような気がした。(笑)
小豆島に住むチカの大学時代の同級生・由美を演じた夏帆。
足立紳が脚本を手掛けた映画『きばいやんせ! 私』で主演しており、(コチラを参照)
その縁でキャスティングされたのかもしれないが、
チカと繰り広げる女子トークも過激で、
それをいやらしく感じさせない、だけれどもほんのり色気もあるという、
夏帆の繊細な演技が秀逸であった。
この他、
豪太のバイト先の浮気相手・吾妻を演じた大久保佳代子が、
これまたノリノリの過剰な演技で笑わせる。
香川県のロケ地マップも作成されており、(映画館にもあった)
どこでロケされたのかが判って興味が増した。
香川県に行く機会があったら、ロケ地巡りをするのも楽しいだろう。
中学生の頃までは、
私が好きになる美しき女性は“聖なる存在”で、
汚い言葉は吐かないし、
ウン○もしないと思っていた。(ほんまかいな)
『喜劇 愛妻物語』は、そういった“幻想”を見事に打ち砕く作品であった。(笑)
PG12指定作品ではあるが、
かつての私のような純真な少年の“幻想”を護るためにも、
PG15、いやR-18指定にしても良かったのではないかと思われる。(コラコラ)
水川あさみが新境地を開き、
これからの女優人生に限りない可能性をもたらした『喜劇 愛妻物語』。
映画館で、ぜひぜひ。