瀬々敬久監督作品である。
昨年(2017年)上映された邦画を対象にした、
第4回「一日の王」映画賞・日本映画(2017年公開作品)ベストテンで、
私は、
作品賞の第1位に、瀬々敬久監督作品『最低。』を選出した。
主演女優賞にも『最低。』に主演した森口彩乃、佐々木心音、山田愛奈を選んだ。
タイトルは『最低。』でも、瀬々敬久監督の“最高”傑作であった。
なので、今年(2018年)公開予定の2作には、期待していた。
5月25日公開の『友罪』と、
7月7日公開の『菊とギロチン』である。
『友罪』の方は、佐賀でも上映されたので、公開直後に見た。
期待に胸を膨らませて映画館へ行ったのだが、
それは私の期待したものではなかった。
瑛太、夏帆、蒔田彩珠などの演技は素晴らしかったが、
作品的には『最低。』よりも劣るものであった。(詳しくはコチラから)
『菊とギロチン』の方は、『友罪』よりマイナーな作品なので、
公開日(7月7日)には佐賀での上映館はなかった。
〈県外へ見に行かなければならないか……〉
と思っていたが、
佐賀のシアターシエマで、
9月28日(金)~10月4日(木)の1週間限定で上映されることが判り、
首を長くして待っていた。
だが、1日1回のみの上映で、しかも昼間(12:10から)の上映なので、
会社帰りに見ることはできない。
9月30日(日)に見に行こうと思っていたのだが、
台風24号の来襲で、家から出ることができなかった。
残されたチャンスは、10月3日(水)の私の公休日のみ。
見逃してなるものか……と、シアターシエマに駆けつけたのだった。
大正末期、
関東大震災直後の日本には、不穏な空気が漂っていた。
軍部が権力を強めるなか、これまでの自由で華やかな雰囲気は徐々に失われ、
人々は貧困と出口の見えない閉塞感にあえいでいた。
ある日、東京近郊に女相撲一座「玉岩興行」がやって来る。
力自慢の女力士たちの他にも、
元遊女の十勝川(韓英恵)や、
家出娘など、ワケあり娘ばかりが集まったこの一座には、
新人力士の花菊(木竜麻生)の姿もあった。
彼女は貧しい農家の嫁であったが、
夫の暴力に耐えかねて家出し、女相撲に加わっていたのだ。
「強くなりたい。自分の力で生きてみたい」
と願う花菊は、周囲の人々から奇異の目で見られながらも、厳しい稽古を重ねていく。
いよいよ興行の日。
観戦席には、妙な若者たちの顔ぶれがあった。
彼らは「格差のない平等な社会」を標榜するアナキスト・グループ「ギロチン社」の面々で、
思想家の大杉栄が殺されたことに憤慨し、
復讐を画策すべく、この土地に流れ着いていた。
「ギロチン社」中心メンバーの中濱鐵(東出昌大)と、
古田大次郎(寛一郎)は、
女力士たちの戦いぶりに魅せられて、彼女たちと行動を共にするようになる。
「差別のない世界で自由に生きたい」
――その純粋な願いは、性別や年齢を越えて、彼らを強く結びつけていく。
次第に、
中濱と十勝川、
古田と花菊は惹かれあっていくが、
厳しい現実が容赦なく彼らの前に立ちはだかるのだった……
今年も早10月となり、
〈もうそろそろ「一日の王」映画賞の候補作を選ばなければ……〉
と思い始める頃なのであるが、
1位候補を決めきれないでいた。
これまでに見た映画の中では、“断トツ”と思えるものがまだなかったからである。
残りの10月、11月、12月の3ヶ月で、その作品は現れるのか、
それとも、これまでに見た映画の中から選ばないといけないのか……
そう思いながら、本作『菊とギロチン』を見たのだが、
ついに……と言うべきか、
今年の1位候補作が現れたと思った。
それほど優れた作品であった。
では、何が優れていたのか?
まず、第一に挙げられるのは、
「女相撲」と、
「ギロチン社」(アナキスト・グループ)の組み合わせである。
かつて実際に日本全国で興行されていた「女相撲」の一座と、
実在したアナキスト・グループ「ギロチン社」の青年たちは、
立場は違えど、
どちらもアウトサイダーであり、
どちらも「弱い者も生きられる世の中にしたい」というささやかな夢を持っている。
普通は、「ギロチン社」の青年たちの物語として映画が作られがちだが、
そこに「女相撲」を組み合わせることで、意外な化学反応が起き、
両者が次第に心を通わせていくにしたがって、
同じ夢を見て、それぞれの闘いに挑んでいく姿は、
見る者の心を激しく打つ。
「女相撲」と「ギロチン社」は、
とりもなおさず「女」と「男」の組み合わせでもあり、
当然のことながら、恋愛も絡んできて、
中濱鐵(東出昌大)と十勝川(韓英恵)、
古田大次郎(寛一郎)と花菊(木竜麻生)の関係が切ない。
この映画の中心は、この4人であるが、
多くの人々がこの物語に出入りし、
さながらアナーキーなエネルギーに満ちた青春群像劇となっている。
ヒロインである新人力士・花菊を演じているのは、
約300名の応募者の中から選ばれた木竜麻生。
【木竜麻生】(きりゅう・まい)
1994年、新潟県出身。
中学2年生の時に原宿でスカウトされ、
2010年のデンソーの企業CMでデビュー。
本格的に活動し始めたのは、大学進学で上京してからとなる。
バンダイの「ドラえもん ふわチョコモナカ」など多数のCMに出演し、
CM美女として話題を呼ぶ。
映画では、『まほろ駅前狂騒曲』(2014・大森立嗣監督)、
『アゲイン 28年目の甲子園』(2015・大森寿美男監督)などに出演。
ドラマでも『デリバリーお姉さんNEO』(2017)に主演。
今後の待機作品として野尻克己初監督作『鈴木家の嘘』(2018年11月16日公開)があり、
ヒロイン鈴木富美を演じる。
また7月には、自身初の写真集を発売した。
ちょっと原沙知絵に似た、印象に残る顔立ち。
乱暴な夫との生活を抜け出し、女力士となり、強く自由に生きる道を模索する女性を、
ひたむきに演じていて好感が持てた。
見ているうちに、どんどんと花菊(木竜麻生)に惹きこまれ、
本作の主役はやはり木竜麻生と思わされた。
2018年11月16日公開予定の『鈴木家の嘘』も、絶対見に行こうと思った。
「ギロチン社」のリーダーで、実在した詩人の中濱鐵(中浜哲)を演じた東出昌大。
世の中を変えたいという理想を持ちながらも、
強請りや女遊びにうつつを抜かしながら日々を過ごす、
ちょっと軽めのアナキストを巧く演じていた。
今年(2018年)は、
『OVER DRIVE』(2018年6月1日公開)
『パンク侍、斬られて候』(2018年6月30日)
『菊とギロチン』(2018年7月7日)
『寝ても覚めても』(2018年9月1日)
『ビブリア古書堂の事件手帖』(2018年11月1日公開予定)
の5作の映画に出演しており、
中でも、優れた監督の作品に、重要な役で出演している『菊とギロチン』と『寝ても覚めても』が秀逸。
この2作で、「一日の王」映画賞の主演男優賞候補に躍り出た。
ギロチン社のもう一人の中心メンバーである古田大次郎を演じた寛一郎。
言わずと知れた佐藤浩市が父の二世俳優であるが、
私は、
『心が叫びたがってるんだ。』(2017年7月22日公開)で初めて彼を見た。
その後、
『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2017年9月23日公開)にも出演しているが、
実は、本作『菊とギロチン』が映画デビュー作なのである。
この作品は、2016年秋に撮影が行われており、
俳優として初めて演技をしたのはこの作品なのだ。
だから、正直、演技はあまり上手くない。
だが、役柄が、純粋な夢に殉じる純情な青年ということで、
その初々しさが、かえって見る者に新鮮な感動をもたらした。
中濱と心を通じ合わせる女力士・十勝川を演じた韓英恵。
『ピストルオペラ』(2001年10月27日公開)
『誰も知らない』(2004年8月7日公開)
『悪人』(2010年9月11日公開)
『マイ・バック・ページ』(2011年5月28日公開)
『アジアの純真』(2011年10月15日公開)
など、国内外で高い評価を受け、
演技力は折り紙付きの女優であるが、
本作でも、朝鮮出身で元遊女の女力士の、
哀しみの中にしたたかさも忍ばせるという複雑な感情を抱えた役を、
様々な表現手段で魅せてくれた。
十勝川という役は、韓英恵以外には考えられないほどハマっていた。
この他、
渋川清彦、山中崇、井浦新、大西信満、嘉門洋子、大西礼芳、山田真歩、嶋田久作、菅田俊、宇野祥平、嶺豪一、篠原篤、川瀬陽太などが、この作品をしっかり支えていた。
この映画で、一番好きな場面は、
女力士たちが、浜辺で踊るシーン。
軽快なリズムに合わせて、女力士たちが実に楽しそうに踊るのだ。
つられて、アナキストたちも踊り出す。
混沌とした社会、不寛容な世の中を描いているので、
シリアスな場面が多い映画であるが、
この浜辺で踊るシーンは、いつまでも見ていたいような気にさせられた。
女力士たちが、真剣に相撲を取る姿にも感動させられた。
見せ物ではあるのだが、
彼女たちは少しでも強くなろうと努力し、本気でぶつかり合う。
負けると心底悔しがる。
相撲で強くなることが彼女たちの闘いであり、生きている証でもあるのだ。
その姿は凛々しく、美しく、私は心を揺さぶられた。
本作は、
ラスト近くに、タイトル文字が突然現れるのだが、
そのシーンにはハッとさせられる。
そして、そのタイトル文字に見惚れる。
迫力ある題字を執筆したのは、
『ゆきゆきて、神軍』、『HANA―BI』など多くの名作を手がけてきた、
映画タイトルデザインの巨匠・赤松陽構造。
このタイトル文字が現れた瞬間、「傑作」を確信した。
この映画を見ずして、
2018年の日本映画は語れないと思う。