一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『Red』 ……夏帆の新たなる代表作が、三島有紀子監督によって誕生した……

2020年02月28日 | 映画
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本作『Red』は、直木賞作家・島本理生の同名小説を実写映画化したものである。


この映画を見たいと思った理由は、ふたつ。
①私の好きな夏帆が主演であること。


②私の好きな三島有紀子監督作品であること。



夏帆を初めてこのブログに書いたのは、
映画『天然コケッコー』(2007年7月28日公開)のレビューであった。


サブタイトルを、
……抱きしめたくなるほど愛おしい作品……
としたのだが、
夏帆の可愛さと相俟って、
私にとって忘れられない作品になっている。


その後、TVドラマに、映画にと活躍していたが、
夏帆が素晴らしい女優として認識されたのが、
『箱入り息子の恋』(2013年6月8日公開)においてだった。


奈穂子役の夏帆。
私は彼女を目当てに見に行ったのだが、
まったく期待を裏切らない素晴らしい演技で、感動させられた。
雨に濡れながら佇むシーン、
お見合いのときのシーンなど、
忘れがたい場面が多かったが、
秀逸だったのは、ひとりで行った吉野屋で、牛丼を食べながら泣くシーン。
見ているこちらの人間も、大いに泣かされた。
牛丼を食べるシーンで泣かされたのは、私にとって、おそらく初めて経験。
あのシーンだけでも、この映画を見る価値はあると思う。
『天然コケッコー』とともに、この『箱入り息子の恋』も、
夏帆の出演作として長く私の記憶に残ることであろう。



とレビューに書いたのであるが、
その後も、
『海街diary』(2015年6月13日公開)
『友罪』(2018年5月25日公開)
『ビブリア古書堂の事件手帖』(2018年11月1日公開)
『きばいやんせ! 私』(2019年3月8日公開)
などの演技に魅せられた。



三島有紀子監督の作品を初めて見たのは、
『しあわせのパン』(2012年1月28日公開)であった。
北海道の洞爺湖のほとりにある町・月浦を舞台に、
パンカフェを営む一組の夫婦とそこを訪れる様々な客たちの人間模様を、
美しい風景とともに描いた春夏秋冬の物語で、
主演は、原田知世と大泉洋。
どちらも私の大好きな俳優だったし、パンも大好きなので見に行ったのだが、
なんだか、ほんわかとした癒し系の映画で、
見終えると、とてもしあわせな気分になる作品であった。
そして、無性にパンが食べたくなったのを憶えている。
小規模の公開ながら、興行収入3.8億をあげるヒットを記録している。


2年後に公開されたのが、『ぶどうのなみだ』(2014年10月11日公開)だ。
『しあわせのパン』と同じく、
舞台は北海道で、(空知地方のワイナリー)
主演は、大泉洋で、(他に、染谷将太、安藤裕子など)
スタッフも『しあわせのパン』と同じだった。
『ぶどうのなみだ』は、三島有紀子監督オリジナルの、
北海道企画第2弾と言えるものであった。


翌年、『繕い裁つ人』(2015年1月31日公開)が公開された。
中谷美紀主演の、神戸を舞台にした映画で、
オリジナル脚本ではないものの、(池辺葵の漫画が原作で、脚本は林民夫)
ほんわかとした空気感は『しあわせのパン』や『ぶどうのなみだ』と同じで、
〈いかにも三島有紀子監督らしいな~〉
と思ったことであった。


三島有紀子監督作品で、
これまでの作風とは明らかに違うなと感じさせたのは、
2016年に公開された『少女』(2016年10月8日公開)であった。
『告白』などで人気の作家・湊かなえによる同名小説を、
本田翼&山本美月の共演で映画化したもので、
「人が死ぬ瞬間を見たい」
という願望を持つ2人の女子高生が過ごす夏休みを、
それぞれの視点で描いたミステリーだった。
ほんわかとした癒し系の作品を創り出す監督というイメージだったので、
映画『少女』は本当に意外な気がした。
三島有紀子監督作品が変化し始めたのを感じた作品であった。


そして、傑作『幼な子われらに生まれ』(2017年8月26日公開)である。
三島有紀子監督は、この作品で、さらなる変化を遂げた。
原作は、直木賞作家・重松清が1996年に発表した同名小説。
再婚同士の夫婦が、
妻が妊娠したことにより、
妻の連れ子の長女が反抗的な態度をとるようになり、
37歳のサラリーマンである夫が息苦しさを感じるようになるという、
血のつながった他人、血のつながらない家族を題材にした物語で、
ほんわかとした癒し系の映画とは真逆の作品であった。
この作品は本当に素晴らしかったし、私は、
第4回「一日の王」映画賞・日本映画(2017年公開作品)において、
三島有紀子を最優秀監督賞に選出した。


その後、
『ビブリア古書堂の事件手帖』(2018年11月1日公開)を経て、
本作『Red』に至っている。


私の好きな夏帆を、
私の好きな三島有紀子監督がどう撮っているのか……
ワクワクしながら映画館に駆けつけたのだった。



誰もがうらやむ夫とかわいい娘を持ち、
恵まれた日々を送っているはずの村主塔子(夏帆)だったが、
どこか行き場のない思いも抱えていた。
そんなある日、
夫・真(間宮祥太朗)の会社関係のパーティーに出席し、


そこでかつて不倫関係にあった鞍田秋彦(妻夫木聡)の姿を見つける。


鞍田は建築家で、
塔子が学生時代にアルバイトをしていた設計事務所の社長で、
当時、結婚していながら塔子と男と女の関係にあったのだ。
誰もいない部屋で、鞍田から激しく唇を求められた塔子は、
体の内に、なにか炎のようなものが燃え出すのを感じていた。


塔子は、夫の真と、娘の翠と、その両親(義父は九州に単身赴任中)と同居しているが、
マザコン夫と義母との関係にも、
夫にただ奉仕するだけのセックスにも、
ウンザリしていた。
だが、それらのことは、
塔子の中では我慢するものというふうに考えられていた。
ところが、鞍田と逢ったことで、
専業主婦というものに囚われているような感覚をおぼえるようになる。
鞍田と再会して数日後、塔子に封書が届く。
それは、鞍田が現在勤めている設計事務所の採用募集の応募用紙だった。
面接試験を受け、採用された塔子は、その会社で働き始める。


会社ではなるべく鞍田と親しくしないようにしていた塔子であったが、
同じ設計事務所で営業の仕事をしている小鷹淳(柄本佑)に、
二人の関係を見抜かれてしまう。


塔子の歓迎会の後、強引な性格の小鷹に誘われるままに、
バッティングセンターなどで遊び回る塔子。


こんな開放感は、久しぶりのことだった。


小鷹から好意を寄せられるも、
塔子には鞍田しかなかった。


鞍田のアシスタントとして同行するようにもなり、
今は一人で住む鞍田の自宅で、鞍田と激しいセックスをする。
鞍田とは、
10年前と、家族の有無が逆転しただけの不倫関係であったが、
塔子はその関係に不安を覚えつつも、
鞍田との関係にのめり込んでいく。


だが、鞍田には、ある秘密があり、
それを知った塔子は、ある“決断”を迫られることになる。
現在と過去が交錯しながら向かう先の、
誰も想像しなかった塔子の“決断”とは……



ストーリーをこのように紹介したが、
このストーリーがすべてではない。
冒頭、
大雪の夜、
公衆電話をかけている女(夏帆)が映し出される。


傍には、車の前に佇む男(妻夫木聡)がいる。


公衆電話をかけ終えた女は、男の車に乗り込む。
女は誰に電話したのか?
そして、どこへ行こうとしているのか?


先程紹介したストーリーと並行して、
この男女二人の一夜の道行きの様子が映し出される。
先が読めないこの展開と構成は、(脚本:池田千尋、三島有紀子)
物語の面白さを倍化させ、効果的だ。


私にとっては、好きな映画であったし、
上映時間の123分が短く感じられるほどに面白く、
夏帆という女優の、これまで見たことのない表情を見ることができ、
彼女の新たなる代表作が誕生した瞬間に立ち合ったような歓びと感動をおぼえた。


なによりも、夏帆と妻夫木聡の演技が素晴らしい。
二人とも厳しい人生の決断を迫られる役柄なので、
相当な覚悟でそれぞれの役に挑んだことが察せられる。


脚本を読む時に、構成をパパっと頭の中で考えてしまうんですが、役づくりを始めた時から「そういうことじゃないな」と思いました。一貫して塔子を愛す、ということに尽きるんだろうなと。自分の生きる意味を見つけた鞍田の強さは、何にも代えがたいですよね。「もう塔子しかいらない」と気付いてしまったから。その感情だけでしたね。(「映画.com」インタビュー)

こう語るのは、妻夫木聡だ。


「もう塔子しかいらない」と気付いてしまったから。その感情だけでしたね。

とは、凄い言葉だ。
一方、夏帆の方は、どのような気持ちで演じていたのか?

妻夫木さんとシチューを作って食べたり、間宮くんと娘役の(小吹)奈合緒ちゃんと一緒に遊園地に行ったり、役を作っていく環境を用意して頂いたということもあるんですが……。まず家庭があって、その先に社会とのつながりや鞍田さんとの恋愛があることをきちんと演じなければならないと思っていました。また、私は子どもを産んだ経験がないので、「母親になるってどういうことなんだろう」と想像するのが難しかったですね。奈合緒ちゃんと過ごす時間を大切にし、三島監督と話し合いながら、手探りの状態でひとつひとつ積み重ねていきました。(「映画.com」インタビュー)

日常生活での妻や母親としての塔子を演じつつ、
一人の女としての塔子も同時に演じなければならず、
かなり難しかったと思うが、
夏帆はほぼ完璧に演じ切っており、感心させられた。


特に、妻夫木聡との激しい(「R15+」指定)セックスシーンは、
その覚悟の度合が半端なかったと思う。
これまで見たことのない表情が見られたし、
大人の女性の官能美というものが巧く表現されていて秀逸であった。


この鞍田と塔子のセックスシーンを、
三島有紀子監督は、どのように撮ったのか?

この2人にとってセックスがどういうものかっていうのを、行為ではなくて、塔子にとってこのセックスでどういう自分が見えてくるのかっていうのを、夏帆さんの表情で見せていきたいなと思いました。なので執拗に一部始終を夏帆さんの表情だったり、塔子から見えている鞍田(妻夫木聡)の表情だったりを丁寧に追いかけたということが1つあります。あともう1つは、やっぱり最初は鞍田がああいう覚悟で塔子に会いに来て抱いていますから、そういう意味では鞍田が塔子を全身全霊で感じている、それを受けて塔子がどう感じているのかっていうことを、最初のセックスシーンでは大事にしたいなと思ったんです。最後のセックスシーンは状況が違っていて、塔子が鞍田を全身全霊で感じる、もう肌の一つひとつというか細胞のすべて、どんな鼻をしていて、どんな眉毛をしていて、どんな目をしていて、顔の起伏…、それを全部記憶に留めたいと思いながら、鞍田のすべてを五感すべてで感じ取りながら抱いてあげているっていうシーンにしたいなと思いながら撮っていました。よくある暗い照明、よく見えないなかで2人がまぐわうというシーンではなくて、全部見せるというライティングを照明部も作ってくれましたね。(「トーキョー女子映画部」インタビュー)

本作『Red』で鞍田と塔子のセックスは、
二人が快楽を堪能するためにするものというよりは、
お互いの存在を確かめ合うためにするもののように感じられ、
“歓び”の中には“哀しみ”が内包されており、
セックスが激しければ激しいほど、哀切さが増していく。
日常生活で自分の存在意義が感じられない塔子が、
鞍田と再会したことで、
そしてセックスすることで、
自分が「今ここの在る」ことを実感していく。


三島有紀子監督は、『Red』のことを現代版『人形の家』と語っていたが、
本作には原作とは異なる結末が用意されている。
そのラストシーンは、限りなく美しく、
変な言い方になるが、希望に満ちている。
“不倫”に対して目くじらを立てる人も多いが、
道徳的な人物ばかりが出てくる映画なんて、つまらないし、
考えただけでもゾッとする。(コラコラ)


夏帆と妻夫木聡の演技を絶賛したが、
この映画にはもう二人、
魅力的で、演技力がある女優が出演している。
一人目は、
鞍田と塔子が雪の夜の道行きで立ち寄った食堂の女・ふみよを演じていた片岡礼子。


『愛がなんだ』(2019年4月19日公開)
『楽園』(2019年10月18日公開)
『閉鎖病棟 それぞれの朝』(2019年11月1日公開)
などでも素晴らしい演技を見せていたが、
本作でも、様々な人生経験をしてきたであろう女を、実に上手く演じていた。
どの作品でも、出演シーンはそれほど多くないものの、
その存在感はピカイチで、
若い女優では表現しえない凄みと色気がある。
女性バイプレイヤーの至宝と言える。



二人目は、
塔子の母・緒方陽子を演じた余貴美子。


このブログでも、
『おくりびと』(2008年)
『ディア・ドクター』(2009年)
『孤高のメス』(2010年)
『悪人』(2010年)
『八日目の蝉』(2011年)
『ツレがうつになりまして。』(2011年)
『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』(2011年)
『しあわせのパン』(2012年)
『あなたへ』(2012年)
『深夜食堂』(2015年)
『続・深夜食堂』(2016年)
『繕い裁つ人』(2015年)
『ソロモンの偽証 前篇・事件 / 後篇・裁判』(2015年)
『シン・ゴジラ』(2016年)
『体操しようよ』(2018年)
など、
多くの作品で、彼女を論じてきたが、
その出演作の多さと、様々な役の演じ分けに感心させられる。
本作では、娘である塔子が、我慢して主婦をしていることを察し、
次のような言葉を投げかける。


この言葉の中に、本作『Red』のすべてがあるような気がした。
映画館で、ぜひぜひ。

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