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※PCでご覧の方で、文字が小さく感じられる方は、左サイドバーの「文字サイズ変更」の「大」をクリックしてお読み下さい。
※作品の内容にかなり踏み込んで書いています。原作を読んでいない方や、先入観なしで本作を見たい方は、映画鑑賞後にお読み下さるようお願いいたします。
本作『影裏』は、
第157回芥川賞を受賞した沼田真佑の同名小説を、
映画化したものである。
この映画を見たいと思った理由は、二つ。
一つ目は、
綾野剛、松田龍平、筒井真理子、永島暎子が出演していること。
四人とも私の好きな俳優であるし、
演技も高く評価しているので、
この四人の共演作ならば見てみたいと思った。
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見たいと思った理由の二つ目は、
監督が、大友啓史であること。
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皆さん、ご存じのように、
『るろうに剣心』(2012年)、
『るろうに剣心』京都大火編(2014年)、
『るろうに剣心』伝説の最期編(2014年)
などの『るろうに剣心』シリーズや、
『ミュージアム』(2016年)、
『3月のライオン』前編/後編(2017年)、
『億男』(2018年)
などの監督として知られる大友啓史は、どちらかというと、
(派手なアクションを得意とする)エンターテインメント系の監督というイメージが強い。
それが、
純文学の原作を監督するという。
〈はたしてどんな映画になっているのか……〉
興味津々で映画館へ駆けつけたのだった。
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今野秋一(綾野剛)は、
会社の転勤をきっかけに移り住んだ岩手・盛岡で、
同い年の同僚、日浅典博(松田龍平)と出会う。
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慣れない地でただ一人、日浅に心を許していく今野。
二人で酒を酌み交わし、
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二人で釣りをし、たわいもないことで笑い合う。
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まるで遅れてやってきたかのような成熟した青春の日々に、
今野は言いようのない心地よさを感じていた。
夜釣りに出かけたある晩、
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些細なことで雰囲気が悪くなった二人。
流木の焚火に照らされた日浅は、
「知った気になるなよ。人を見る時はな、その裏側、影の一番濃い所を見るんだよ」
と今野を見つめたまま言う。
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突然の態度の変化に戸惑う今野は、朝まで飲もうと言う日浅の誘いを断り帰宅。
しかしそれが、今野が日浅と会った最後の日となるのだった。
数か月後、
今野は会社帰りに同僚の西山(筒井真理子)に呼び止められる。
西山は日浅が行方不明、もしかしたら死んでしまったかもしれないと話し始める。
そして、日浅に金を貸してもいることを明かした。
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日浅の足跡を辿りはじめた今野は、
日浅の父親・征吾(國村隼)に会い
「捜索願を出すべき」
と進言するも、
「息子とは縁を切った。捜索願は出さない」
と素っ気なく返される。
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さらに日浅の兄・馨(安田顕)からは、
「あんな奴、どこでも生きていける」
と突き放されてしまう。
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そして見えてきたのは、これまで自分が見てきた彼とは全く違う別の顔だった。
陽の光の下、ともに時を過ごしたあの男の“本当”はどこにあったのか……
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原作の沼田真佑の小説『影裏』は、
芥川賞を受賞した直後に読んでいた。
野呂邦暢の初期の傑作群「十一月」「水晶」「鳥たちの河口」などを思わせる、
今どき珍しい硬質な文章で、いかにも純文学的な作品だった。
今野秋一から見た日浅典博の描写は多くあるのだが、
今野自身についての記述があまりなく、
一人称小説でありながら、自分自身の記述が少ないため、
今野がどういう容姿をしているのか、
どういう過去があるのか、
小説を読む限り、ほとんど判らない。
最初は、男であるのか、女であるのかさえ、はっきりしないので戸惑った。
次第に、主人公の今野が、
マイノリティ(同性愛者)であるということが、うっすら判ってくる。
しかし、二人の男の関係を含め、多くのことは読者に委ねられているので、
何度か読み返し、自分なりに納得するしかなかった。
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映画では、脚本を、
『愛がなんだ』(2019年)の澤井香織(1978年生まれ)が担当しているのだが、
今野をマイノリティ(ゲイ)として描いており、
(原作にはない)今野が日浅に覆いかぶさり、キスしようとして拒否される描写まである。
それに加え、脚本に書いてあったのかどうかは分らないが、
今野(つまり綾野剛)の、裸や、下着姿の映像が多く、
尻や股間を狙ったショットが多用されており、
そこにある種の企みがあるようにも思えた。
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撮影を担当したのは、1951年生まれのベテラン・芦澤明子。
大友啓史監督は語る。
今回は「人に見せる」という意識をどれくらい捨てるかが勝負の映画なんですよね。綾野さんの裸を見せようと思って見せているわけではない。でもそれが今のメディアのとらえ方でいうと「中村倫也、脱いだ」とかさ、そこに食いつく人はいるだろうけど、どうでもいいんですよ、そこは。ただそれを女性カメラマンの芦澤明子さんって人がなめるようにとっていくわけですから、面白いよね。「あれ、女性かな?」って思うと、ブリーフでウエストラインがあって、綾野さんなんだっていう。ああいうカメラワーク一つ一つがある種、今野の属性を示しているわけじゃないですか。セクシャルマイノリティであるっていうことを最初からあからさまにわからせる必要はないんだけれども、なまめかしさとかが普通の男の一人暮らしとは違うよねっていう感じをにおわせていけばいいっていう、そういうことだと思うんですよね。意図的に何かを狙ったっていうのは全くない。彼が普通に今野というキャラクターを演じる中で、カメラマンが切り取りたいように切って、それがある種そういう形になっている。それに意図があるようにみなさんは思うけれど、実は意図はない。なくはないけど(笑)、皆さんが思うような意図ではない。「当たり前に生活している」のを切り取っただけですね。それがやがて日浅の登場によって変わっていく。(「GIGAZINE」インタビュー)
小説では読者に委ねられていたことも、
映画では映像として表現しなければならない。
その辺りのことを、
澤井香織と芦澤明子という二人の女性脚本家と女性撮影監督が、
独自の視点で繊細に描き出している。
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人物描写だけでなく、風景描写も、本作の見どころの一つだ。
原作も、映画のロケ地も、岩手県盛岡市なのだが、
大友啓史監督自身も盛岡市の出身ということもあって、
盛岡市周辺の自然描写が実に魅力的に撮られている。
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撮影を担当した芦澤明子は、これまで、
『トウキョウソナタ』(2008年)
『南極料理人』(2009年)
『わが母の記』(2012年)
『WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜』(2014年)
『滝を見にいく』(2014年)
『岸辺の旅』(2015年)
『シェル・コレクター』(2016年)
『モヒカン故郷に帰る』(2016年)
『散歩する侵略者』(2017年)
『羊の木』(2018年)
など、多くの作品で、素晴らしい映像を残しているが、
本作の映像は、その中でも最上のものであった。
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物語性もさることながら、
この映像だけでも、本作は「見る価値あり」である。
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内容的にも、純文学的なテイストの作品なので、
〈大友啓史監督もこういう作品を作るのか……〉
と思ったし、驚かされもした。
私も(サブタイトルにも表記しているように)「秀作」と評価したし、
良い作品だと思ったのだが、
「Yahoo!映画」のユーザーレビューなどを見ると、
評点が低く、
レビューには“戸惑い”や“怒り”の言葉が綴られていた。
本作の宣伝に使われていたのは、
「感動のヒューマンミステリー」
という謳い文句であった。
多くの人は原作の小説を読んでいないであろうし、
綾野剛と松田龍平が共演しており、
監督が『るろうに剣心』シリーズの大友啓史で、
「感動のヒューマンミステリー」と宣伝してあれば、
バリバリのエンターテインメント作品を想像するのが普通だと思う。
なので、予想した内容とは違っていたということなのだろう。
「この映画で印象に残ったもの……それは綾野剛の尻です」
「感想としては非常に単調に感じる物語です。好みの演出では有りませんでした。ヒューマンミステリーと云うのは宣伝に偽り有りです」
「私の趣味にあいませんでした。観る映画を間違えましたね」
「役者さんが好きなので、予備知識なく観ました。とにかく何が言いたいのか分かりませんでした。そして2時間以上の長い内容。こんなにダラダラ観せられたらたまりません」
といったような内容のレビューが多く見られた。
「感動のヒューマンミステリー」
というような言葉で誤魔化さずに、
もっと内容をしっかり伝えた方が良かったのではないかと思った。
主人公がマイノリティと解っていれば、
赴任先での孤独や、
好きな同僚ができた歓びや、
その男が失踪したときの哀しみなど、
鑑賞者にも諸々の感情が理解できるというものだ。
肝心なことを隠して宣伝しても、
誤解を招くだけだし、
騙されたような感覚が映画を見た人に残る。
“戸惑い”だけならまだしも、“怒り”を買う恐れもある。
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この映画には、
今野の昔の友人・副島和哉を中村倫也が演じているのだが、
この映画の公式サイトのキャスト欄を見ても、後ろ姿の写真しか載っていない。
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これは原作の小説にも記載されていることなので明らかにするが、
今野は副島和哉と約2年間つき合っており、
別れる直前の夏に、
「性別適合手術を施術するつもりだ」
と副島和哉が公言していたと記されている。
久しぶりに会った副島和哉は女性になっており、
声も女の声になっている。
この副島和哉を中村倫也が妖艶に演じており、魅せられる。
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性別適合手術のことが、今野と副島和哉が別れるキッカケになったのかどうか……
そういったマイノリティの複雑な心情は、ストレートの私には解らないが、
この辺りのお互いの機微を感じさせるシーンは秀逸で、
公式サイトで(副島和哉を演じる)中村倫也のことを謎のままにしておくのは勿体ないような気がした。
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今野秋一を演じた綾野剛。
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最近公開された出演作、
『楽園』(2019年10月18日公開)
『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』(2019年11月1日公開)
『影裏』(2020年2月14日公開)
の三作を、
綾野剛は、自身の“三部作”と位置付けていたが、
いずれも、内向的で、対人関係の構築が苦手な青年を演じていて、素晴らしかった。
公開順では最後であったが、
この三作では『影裏』の撮影が最も早かったとのこと。
某インタビューで、
感覚を研ぎ澄ませて土地から感じ、そこで起こっていることに反応していく。表現を捨てていた気がする。
と語っていたが、
『影裏』で得た表現方法が、後の二作にも影響を与えたていたように感じた。
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日浅典博を演じた松田龍平。
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『御法度』(1999年)でスクリーンデビューして以来、
様々な役を演じてきたが、
第37回日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を始め、
いろんな映画賞の主演男優賞を総なめにした『舟を編む』(2013年)や、
『ジヌよさらば〜かむろば村へ〜』(2015年)
『散歩する侵略者』(2017年)
『羊の木』(2018年)
『泣き虫しょったんの奇跡』(2018年)
など、ここ数年の充実ぶりは目を瞠る。
本作『影裏』でも、謎めいた青年を魅力的に演じ、秀逸であった。
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この『影裏』で、
第2回海南島国際映画祭のベストアクター(最優秀男優賞)を受賞。
海外でもその演技力、存在感は、高く評価されている。
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西山を演じた筒井真理子。
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『影裏』は男二人の濃密な物語なので、
それだけの134分であったならば、
私はこの作品に息苦しさを感じ、
それほど魅せられなかったかもしれない。
震災などが起きてしまうと日常が無くなってしまい、マイノリティの方が更に日陰にいってしまうと思うんですけど、そこに光を当てて挑戦した監督も、綾野さんと松田さんのお二人も素晴らしくて、この作品に参加できたことが光栄でした。
と、公開記念舞台挨拶で控えめに語っていたが、
筒井真理子という女優が一人いるだけで、
この作品は、陰影のくっきりとした深みのある作品になっている。
私は、
『淵に立つ』(2016年)
という作品で、筒井真理子を優れた映画女優として認知し、ここ数年、
『かぞくいろ RAILWAYS わたしたちの出発』
『洗骨』(2019年)
『愛がなんだ』(2019年)
『よこがお』(2019年)
などの諸作品で彼女のことを論じてきたが、
今では、筒井真理子が出演しているだけでその作品を見たくなるほどに、
彼女に惚れ込んでいる。
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ささいなことで今野を悩ませる口うるさい隣人・鈴村早苗を演じた永島暎子。
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若い人は、永島暎子という女優のことをあまり知らないだろうが、
我々の世代の古い人間ならば、
永島暎子という名前を聞いただけで、ある種の感慨を抱くことだろう。
1976年に、『四畳半青春硝子張り』のヒロインに抜擢され、映画デビューを果たし、
1977年、日活ロマンポルノ『女教師』で主役を演じて注目を集め、
1978年のエランドール賞新人賞を受賞した。
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そして、
1983年、『竜二』の演技で、
ブルーリボン賞助演女優賞、キネマ旬報助演女優賞、報知映画賞助演女優賞など、
映画賞の助演女優賞を総なめにした。
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1989年、長渕剛の主演作『オルゴール』(1989年)での彼女も忘れがたい。
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そんな彼女の名を、本作で久しぶりに見た。
そして、出演シーンは少ないものの、鮮烈な印象を残す素晴らしい演技をしていた。
彼女の美しさに魅せられていた者の一人としては、
老婆を演じる彼女に複雑な想いを抱くが、(最近は同じようなことが多い)
私自身も老人になったということであろう。
若き日に憧れた女優が、老いてもなお演技し続けていることに尊敬の念を抱くし、
同じ時代を生き抜いてきた同志のような仲間意識さえ感じる。
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1983年(昭和58年)の夏、
私は、一週間ほど休みを取得して、東北と北海道を旅した。
そのとき、盛岡で、偶然“さんさ踊り”を見た。
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若い女性たちが太鼓を叩き、踊る姿に感動した。
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その“さんさ踊り”がこの映画にも巧く取り入れられていて、
40年近く前の感動が蘇ってきた。
盛岡“さんさ踊り”パレードの模様↓
〈何を見ても何かを思いだす……〉
ヘミングウェイの短編のタイトルではないが、
最近の私は、まさにそのような状態。(笑)
映画を見ていても、ちょっとした場面で何かを思いだし、感慨にふける。
そのようなことの繰り返しなので、映画に集中できないこともある。
困ったことである。
そして、嬉しいことである。
映画館で、ぜひぜひ。
※作品の内容にかなり踏み込んで書いています。原作を読んでいない方や、先入観なしで本作を見たい方は、映画鑑賞後にお読み下さるようお願いいたします。
本作『影裏』は、
第157回芥川賞を受賞した沼田真佑の同名小説を、
映画化したものである。
この映画を見たいと思った理由は、二つ。
一つ目は、
綾野剛、松田龍平、筒井真理子、永島暎子が出演していること。
四人とも私の好きな俳優であるし、
演技も高く評価しているので、
この四人の共演作ならば見てみたいと思った。
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見たいと思った理由の二つ目は、
監督が、大友啓史であること。
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皆さん、ご存じのように、
『るろうに剣心』(2012年)、
『るろうに剣心』京都大火編(2014年)、
『るろうに剣心』伝説の最期編(2014年)
などの『るろうに剣心』シリーズや、
『ミュージアム』(2016年)、
『3月のライオン』前編/後編(2017年)、
『億男』(2018年)
などの監督として知られる大友啓史は、どちらかというと、
(派手なアクションを得意とする)エンターテインメント系の監督というイメージが強い。
それが、
純文学の原作を監督するという。
〈はたしてどんな映画になっているのか……〉
興味津々で映画館へ駆けつけたのだった。
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今野秋一(綾野剛)は、
会社の転勤をきっかけに移り住んだ岩手・盛岡で、
同い年の同僚、日浅典博(松田龍平)と出会う。
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慣れない地でただ一人、日浅に心を許していく今野。
二人で酒を酌み交わし、
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二人で釣りをし、たわいもないことで笑い合う。
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まるで遅れてやってきたかのような成熟した青春の日々に、
今野は言いようのない心地よさを感じていた。
夜釣りに出かけたある晩、
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些細なことで雰囲気が悪くなった二人。
流木の焚火に照らされた日浅は、
「知った気になるなよ。人を見る時はな、その裏側、影の一番濃い所を見るんだよ」
と今野を見つめたまま言う。
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突然の態度の変化に戸惑う今野は、朝まで飲もうと言う日浅の誘いを断り帰宅。
しかしそれが、今野が日浅と会った最後の日となるのだった。
数か月後、
今野は会社帰りに同僚の西山(筒井真理子)に呼び止められる。
西山は日浅が行方不明、もしかしたら死んでしまったかもしれないと話し始める。
そして、日浅に金を貸してもいることを明かした。
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日浅の足跡を辿りはじめた今野は、
日浅の父親・征吾(國村隼)に会い
「捜索願を出すべき」
と進言するも、
「息子とは縁を切った。捜索願は出さない」
と素っ気なく返される。
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さらに日浅の兄・馨(安田顕)からは、
「あんな奴、どこでも生きていける」
と突き放されてしまう。
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そして見えてきたのは、これまで自分が見てきた彼とは全く違う別の顔だった。
陽の光の下、ともに時を過ごしたあの男の“本当”はどこにあったのか……
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原作の沼田真佑の小説『影裏』は、
芥川賞を受賞した直後に読んでいた。
野呂邦暢の初期の傑作群「十一月」「水晶」「鳥たちの河口」などを思わせる、
今どき珍しい硬質な文章で、いかにも純文学的な作品だった。
今野秋一から見た日浅典博の描写は多くあるのだが、
今野自身についての記述があまりなく、
一人称小説でありながら、自分自身の記述が少ないため、
今野がどういう容姿をしているのか、
どういう過去があるのか、
小説を読む限り、ほとんど判らない。
最初は、男であるのか、女であるのかさえ、はっきりしないので戸惑った。
次第に、主人公の今野が、
マイノリティ(同性愛者)であるということが、うっすら判ってくる。
しかし、二人の男の関係を含め、多くのことは読者に委ねられているので、
何度か読み返し、自分なりに納得するしかなかった。
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映画では、脚本を、
『愛がなんだ』(2019年)の澤井香織(1978年生まれ)が担当しているのだが、
今野をマイノリティ(ゲイ)として描いており、
(原作にはない)今野が日浅に覆いかぶさり、キスしようとして拒否される描写まである。
それに加え、脚本に書いてあったのかどうかは分らないが、
今野(つまり綾野剛)の、裸や、下着姿の映像が多く、
尻や股間を狙ったショットが多用されており、
そこにある種の企みがあるようにも思えた。
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撮影を担当したのは、1951年生まれのベテラン・芦澤明子。
大友啓史監督は語る。
今回は「人に見せる」という意識をどれくらい捨てるかが勝負の映画なんですよね。綾野さんの裸を見せようと思って見せているわけではない。でもそれが今のメディアのとらえ方でいうと「中村倫也、脱いだ」とかさ、そこに食いつく人はいるだろうけど、どうでもいいんですよ、そこは。ただそれを女性カメラマンの芦澤明子さんって人がなめるようにとっていくわけですから、面白いよね。「あれ、女性かな?」って思うと、ブリーフでウエストラインがあって、綾野さんなんだっていう。ああいうカメラワーク一つ一つがある種、今野の属性を示しているわけじゃないですか。セクシャルマイノリティであるっていうことを最初からあからさまにわからせる必要はないんだけれども、なまめかしさとかが普通の男の一人暮らしとは違うよねっていう感じをにおわせていけばいいっていう、そういうことだと思うんですよね。意図的に何かを狙ったっていうのは全くない。彼が普通に今野というキャラクターを演じる中で、カメラマンが切り取りたいように切って、それがある種そういう形になっている。それに意図があるようにみなさんは思うけれど、実は意図はない。なくはないけど(笑)、皆さんが思うような意図ではない。「当たり前に生活している」のを切り取っただけですね。それがやがて日浅の登場によって変わっていく。(「GIGAZINE」インタビュー)
小説では読者に委ねられていたことも、
映画では映像として表現しなければならない。
その辺りのことを、
澤井香織と芦澤明子という二人の女性脚本家と女性撮影監督が、
独自の視点で繊細に描き出している。
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人物描写だけでなく、風景描写も、本作の見どころの一つだ。
原作も、映画のロケ地も、岩手県盛岡市なのだが、
大友啓史監督自身も盛岡市の出身ということもあって、
盛岡市周辺の自然描写が実に魅力的に撮られている。
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撮影を担当した芦澤明子は、これまで、
『トウキョウソナタ』(2008年)
『南極料理人』(2009年)
『わが母の記』(2012年)
『WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜』(2014年)
『滝を見にいく』(2014年)
『岸辺の旅』(2015年)
『シェル・コレクター』(2016年)
『モヒカン故郷に帰る』(2016年)
『散歩する侵略者』(2017年)
『羊の木』(2018年)
など、多くの作品で、素晴らしい映像を残しているが、
本作の映像は、その中でも最上のものであった。
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物語性もさることながら、
この映像だけでも、本作は「見る価値あり」である。
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内容的にも、純文学的なテイストの作品なので、
〈大友啓史監督もこういう作品を作るのか……〉
と思ったし、驚かされもした。
私も(サブタイトルにも表記しているように)「秀作」と評価したし、
良い作品だと思ったのだが、
「Yahoo!映画」のユーザーレビューなどを見ると、
評点が低く、
レビューには“戸惑い”や“怒り”の言葉が綴られていた。
本作の宣伝に使われていたのは、
「感動のヒューマンミステリー」
という謳い文句であった。
多くの人は原作の小説を読んでいないであろうし、
綾野剛と松田龍平が共演しており、
監督が『るろうに剣心』シリーズの大友啓史で、
「感動のヒューマンミステリー」と宣伝してあれば、
バリバリのエンターテインメント作品を想像するのが普通だと思う。
なので、予想した内容とは違っていたということなのだろう。
「この映画で印象に残ったもの……それは綾野剛の尻です」
「感想としては非常に単調に感じる物語です。好みの演出では有りませんでした。ヒューマンミステリーと云うのは宣伝に偽り有りです」
「私の趣味にあいませんでした。観る映画を間違えましたね」
「役者さんが好きなので、予備知識なく観ました。とにかく何が言いたいのか分かりませんでした。そして2時間以上の長い内容。こんなにダラダラ観せられたらたまりません」
といったような内容のレビューが多く見られた。
「感動のヒューマンミステリー」
というような言葉で誤魔化さずに、
もっと内容をしっかり伝えた方が良かったのではないかと思った。
主人公がマイノリティと解っていれば、
赴任先での孤独や、
好きな同僚ができた歓びや、
その男が失踪したときの哀しみなど、
鑑賞者にも諸々の感情が理解できるというものだ。
肝心なことを隠して宣伝しても、
誤解を招くだけだし、
騙されたような感覚が映画を見た人に残る。
“戸惑い”だけならまだしも、“怒り”を買う恐れもある。
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この映画には、
今野の昔の友人・副島和哉を中村倫也が演じているのだが、
この映画の公式サイトのキャスト欄を見ても、後ろ姿の写真しか載っていない。
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これは原作の小説にも記載されていることなので明らかにするが、
今野は副島和哉と約2年間つき合っており、
別れる直前の夏に、
「性別適合手術を施術するつもりだ」
と副島和哉が公言していたと記されている。
久しぶりに会った副島和哉は女性になっており、
声も女の声になっている。
この副島和哉を中村倫也が妖艶に演じており、魅せられる。
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性別適合手術のことが、今野と副島和哉が別れるキッカケになったのかどうか……
そういったマイノリティの複雑な心情は、ストレートの私には解らないが、
この辺りのお互いの機微を感じさせるシーンは秀逸で、
公式サイトで(副島和哉を演じる)中村倫也のことを謎のままにしておくのは勿体ないような気がした。
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今野秋一を演じた綾野剛。
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最近公開された出演作、
『楽園』(2019年10月18日公開)
『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』(2019年11月1日公開)
『影裏』(2020年2月14日公開)
の三作を、
綾野剛は、自身の“三部作”と位置付けていたが、
いずれも、内向的で、対人関係の構築が苦手な青年を演じていて、素晴らしかった。
公開順では最後であったが、
この三作では『影裏』の撮影が最も早かったとのこと。
某インタビューで、
感覚を研ぎ澄ませて土地から感じ、そこで起こっていることに反応していく。表現を捨てていた気がする。
と語っていたが、
『影裏』で得た表現方法が、後の二作にも影響を与えたていたように感じた。
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日浅典博を演じた松田龍平。
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『御法度』(1999年)でスクリーンデビューして以来、
様々な役を演じてきたが、
第37回日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を始め、
いろんな映画賞の主演男優賞を総なめにした『舟を編む』(2013年)や、
『ジヌよさらば〜かむろば村へ〜』(2015年)
『散歩する侵略者』(2017年)
『羊の木』(2018年)
『泣き虫しょったんの奇跡』(2018年)
など、ここ数年の充実ぶりは目を瞠る。
本作『影裏』でも、謎めいた青年を魅力的に演じ、秀逸であった。
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この『影裏』で、
第2回海南島国際映画祭のベストアクター(最優秀男優賞)を受賞。
海外でもその演技力、存在感は、高く評価されている。
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西山を演じた筒井真理子。
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『影裏』は男二人の濃密な物語なので、
それだけの134分であったならば、
私はこの作品に息苦しさを感じ、
それほど魅せられなかったかもしれない。
震災などが起きてしまうと日常が無くなってしまい、マイノリティの方が更に日陰にいってしまうと思うんですけど、そこに光を当てて挑戦した監督も、綾野さんと松田さんのお二人も素晴らしくて、この作品に参加できたことが光栄でした。
と、公開記念舞台挨拶で控えめに語っていたが、
筒井真理子という女優が一人いるだけで、
この作品は、陰影のくっきりとした深みのある作品になっている。
私は、
『淵に立つ』(2016年)
という作品で、筒井真理子を優れた映画女優として認知し、ここ数年、
『かぞくいろ RAILWAYS わたしたちの出発』
『洗骨』(2019年)
『愛がなんだ』(2019年)
『よこがお』(2019年)
などの諸作品で彼女のことを論じてきたが、
今では、筒井真理子が出演しているだけでその作品を見たくなるほどに、
彼女に惚れ込んでいる。
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ささいなことで今野を悩ませる口うるさい隣人・鈴村早苗を演じた永島暎子。
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若い人は、永島暎子という女優のことをあまり知らないだろうが、
我々の世代の古い人間ならば、
永島暎子という名前を聞いただけで、ある種の感慨を抱くことだろう。
1976年に、『四畳半青春硝子張り』のヒロインに抜擢され、映画デビューを果たし、
1977年、日活ロマンポルノ『女教師』で主役を演じて注目を集め、
1978年のエランドール賞新人賞を受賞した。
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そして、
1983年、『竜二』の演技で、
ブルーリボン賞助演女優賞、キネマ旬報助演女優賞、報知映画賞助演女優賞など、
映画賞の助演女優賞を総なめにした。
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1989年、長渕剛の主演作『オルゴール』(1989年)での彼女も忘れがたい。
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そんな彼女の名を、本作で久しぶりに見た。
そして、出演シーンは少ないものの、鮮烈な印象を残す素晴らしい演技をしていた。
彼女の美しさに魅せられていた者の一人としては、
老婆を演じる彼女に複雑な想いを抱くが、(最近は同じようなことが多い)
私自身も老人になったということであろう。
若き日に憧れた女優が、老いてもなお演技し続けていることに尊敬の念を抱くし、
同じ時代を生き抜いてきた同志のような仲間意識さえ感じる。
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1983年(昭和58年)の夏、
私は、一週間ほど休みを取得して、東北と北海道を旅した。
そのとき、盛岡で、偶然“さんさ踊り”を見た。
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若い女性たちが太鼓を叩き、踊る姿に感動した。
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その“さんさ踊り”がこの映画にも巧く取り入れられていて、
40年近く前の感動が蘇ってきた。
盛岡“さんさ踊り”パレードの模様↓
〈何を見ても何かを思いだす……〉
ヘミングウェイの短編のタイトルではないが、
最近の私は、まさにそのような状態。(笑)
映画を見ていても、ちょっとした場面で何かを思いだし、感慨にふける。
そのようなことの繰り返しなので、映画に集中できないこともある。
困ったことである。
そして、嬉しいことである。
映画館で、ぜひぜひ。