一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『駆込み女と駆出し男』 ……今年(2015年)前半のベスト3に入る傑作……

2015年06月10日 | 映画
原田眞人監督作品である。
私はどうも原田眞人監督作品と相性が良くない。(笑)
これまでいくつかの作品を見てきたが、
傑作と思える作品には出合っていない。
映画『わが母の記』のレビューを書いたときも、
私は次のように記している。

そう、作品そのものについては、
杞憂が現実となってしまったのだ。
俳優陣の個々の演技はまことにもって素晴らしいのだが、
ひとつの作品として見た場合、
感動の薄い、まとまりのない作品になっているのだ。
私はやはり、原田眞人監督作品と相性が良くない……
(中略)
原田眞人監督の前作『クライマーズ・ハイ』(2008年)も見ているが、
このブログには紹介していない。
書く意欲が湧かなかったからだ。
この監督の脚本、演出に、どうしても違和感を抱いてしまうのだ。
感情をむき出しにして怒鳴り合う、
バタバタと走り回る、
あざといストーリーと演出(特にラスト)。
どれもが不自然。
見ている間、作品にのめり込めないのだ。
この作品でも、登場人物たちは、怒鳴り合い、走り回る。
そして、ラスト、原作にないオチをくっつけている。
母親が洪作を捨てた理由を無理矢理くっつけているのだ。
(後略)


いやはや我ながら辛辣である。(笑)
そんなワケで、
原田眞人監督作品『駆込み女と駆出し男』も、
「見に行こうか、行くまいか……」
と、かなり迷った。
原田眞人監督にとっては、初の時代劇。
私の好きな満島ひかりや大泉洋などが出演しているという魅力はあるものの、
アメリカ仕込みの演出法で、
果たして時代劇が撮れるのか?
「とにかく見なければ評価はできない」
ということで、
あまり期待を持たずに映画館へ足を運んだのだった。


江戸時代後期の天保十二年(1841年)。
老中水野忠邦の「天保の改革」の真っただ中。
質素倹約令の発令により、庶民の暮らしに暗い影が差し始めた頃のこと。
鎌倉には、
離縁を求める女たちが駆け込んでくる幕府公認の縁切寺・東慶寺があった。


ここは、生き地獄から抜け出す女たちの避難所であり、最後の砦ででもあった。


但し、駆け込めばすぐに入れるわけではない。
駆け込みには作法があり、
東慶寺の門前で意思表示をした後に、
まずは御用宿で聞き取り調査が行われるのだ。
見習い医師でありながら、駆け出しの戯作者でもある信次郎(大泉洋)は、
そんな救いを求める女たちの身柄を預かる御用宿・柏屋に居候することになる。


柏屋には、主人の源兵衛(樹木希林)、
番頭の利平(木場勝己)と、
その女房のお勝(キムラ緑子)らが毎日忙しく働いていた。


いつか曲亭馬琴(山崎努)のような戯作を書きたいと思っている信次郎にとっては、
柏屋は資料の宝庫で、人間を知る絶好の機会であった。


ある日、
顔に火ぶくれ持つじょご(戸田恵梨香)と、
お吟(満島ひかり)が東慶寺に現れる。
寺を目指す道中で二人は出会い、
足に怪我をしたお吟をじょごが大八車に乗せて一緒に運んできたのだった。


お吟は、洒落本から抜け出したような徒女。
日本橋唐物問屋、堀切屋三郎衛門(堤真一)の囲われ者である。


駆け込んだ訳を訊いてみれば、
堀切屋がどうやって身上を築いたのか、
もしかしたら数多くの人を殺めたのではないかと思い、
一緒にいるのが怖くなったのだという。


一方のじょごは、七里ガ浜・浜鉄屋の腕の良い鉄練り職人。
顔の火ぶくれは、たたら場で働いていた証しである。
しかし夫の重蔵(武田真治)は仕事もせずに放蕩三昧。
あろうことか暴力までふるう。
愛人宅に入り浸る夫を迎えに行ったところで、
人三化七と罵られたじょごは、
屈辱の涙を流しながら東慶寺に向かったのだった。
※人三化七(にんさんばけしち)とは、文字通り人間三分に化物七分の意で、醜い容貎のこと。


これから、駆け込み人の親元もしくは名主、夫方にそれぞれ飛脚を立てて呼び出しをし、
そこで、離婚が成立すればそれでよし。
成立しなければ東慶寺へ行くことになる。
2年の修業が済めば夫方は離婚状を書かなければならない。
そこで晴れて離婚成立となる。
堀切屋は呼び出しに応じず、お吟は寺役人の石井様(山崎一)の引率で入山する。


美しく文武に秀でた院代の法秀尼(陽月華)は、優しくお吟を迎え入れる。


顔の傷が癒えるまで柏屋に身を寄せ、信次郎を手伝って薬草採集をしていたじょごは、


見違えるほど美しくなっていく。


一方、水野忠邦の改革はいよいよ激しさを増し、
水野の腹心で南町奉行の鳥居耀蔵(北村有起哉)は、
密偵の玉虫(宮本裕子)を放ち、
東慶寺のお取り潰しを画策していたのだった……


さて、映画を見た感想はというと……
冒頭から、原田監督は、
登場人物に機関銃のように喋らせる。
台詞の上に台詞を重ねたりするので、
映画を見ている者には、その内容がよく聞き取れない。
俳優たちも台詞を言わされているような感じで、
なんだか見ていてしっくりしない。
この過剰な演出は原田監督の持ち味で、今回も、
「やっちゃったかな~」
と思って見ていた。
ところが、この過剰な演出に慣れてくると、
それがあまり気にならなくなってきた。
内容は聞き取れなくても、
台詞の生み出すリズムやテンポに乗せられて、
その場に居合わせているようなライブ感を味わえるようになるのだ。


それに、
大泉洋、満島ひかり、キムラ緑子などの饒舌派に対して、
戸田恵梨香、樹木希林などの落ち着いた台詞回しが心地よく、
好対照の妙をも感じさせ、
「なかなかだな~」
と感心させられる。
そして、映画の中盤にさしかかると、私は心のなかで、
「この作品、もしかしたら傑作かも……」
と思い始めた。
感動的なシーンも数箇所あるのだが、
原田監督は、あまり余韻を持たせない。
普通の時代劇ならば、思いっきり引き延ばすような場面も、
原田監督は、程良いところでスパッと打ち切る。
場面転換する。
これまであまり見たことのないような時代劇になっているのだ。
アメリカ的な演出で時代劇を撮ると、こんな風になるのか……
「面白い」
と思った。
そして、映画を見終わる頃には、
すっかりこの作品に魅了されていた。
原田眞人監督と時代劇はミスマッチと思っていたが、
面白い化学反応を起こして、
なんとも魅力あふれる作品に仕上がっていたのだった。


この映画を傑作たらしめている要因のひとつに、
絶妙なキャスティングが挙げられると思う。

まずは、中村信次郎を演じた大泉洋。


主演でありながら、
ある意味、狂言回しのような役柄であったのだが、
彼の好い意味での軽さがうまく活かされていて、
お勝(キムラ緑子)や、


近江屋三八(橋本じゅん)とのやりとりなど、


見ていてとても楽しかった。


『駆込み女と駆出し男』という作品自体が優れているということもあり、
大泉洋は、この作品で、本年度の主演男優賞候補にノミネートされるだろう。
それほどの快演であった。


お吟を演じた満島ひかり。


原田監督が満島ひかりにオファーした段階では、
監督のイメージとしては(後に戸田恵梨香が演じることになる)じょごであったようだ。
だが、脚本を読んだ満島ひかりから、
「お吟の方がやりたいです」
という申し入れを受け、
お吟のキャスティングが決まったのだとか。
『キネマ旬報』(2015年5月下旬号)での、
原田眞人監督と満島ひかりの対談で、
原田監督は、次のように語っている。

もともとお吟は、原案の梅の章(一作目)に出てくる「おせん」と桜の章(二作目)の「おぎん」を合わせて書いた人物で、僕は四十代の粋な女性で、キャストもそれなりに人生経験積んだ女優さんで安全にやろうと思ったのに、君が畏れ多くも(笑)大胆にもチャレンジ精神を見せてくれた。聞いたときには「そりゃないだろ」と思いましたよ。でもその意気に応えたくなった。それに満島お吟は化けたら面白いとも思ったしね。

その監督の期待、予想は、ピタリとハマる。
満島ひかりのお吟はすこぶるイイのだ。
「お歯黒、眉なし」で、
元赤坂芸者の森尾青游さんから稽古を受けた所作や台詞の口調に、
見る者はドキドキさせられる。
もし『駆込み女と駆出し男』という作品が凡作であったとしても(そうではないのだが)、
私は、満島ひかりのお吟を見ることができただけで、満足していたことだろう。


じょごを演じた戸田恵梨香。


江戸前の切れのイイ台詞を喋る、芸達者でアクの強い俳優ばかりの中で、
地方の方言で口下手に話すじょごは、
戸田恵梨香という女優の爽やかさと相俟って、
生きにくい世における一陣の風のようであった。
彼女が演じたじょごは、
この映画のテーマになっている、
ドメスティック・バイオレンス(DV)や、
モラル・ハラスメント(モラハラ)を受ける、
その象徴ともいえる人物であったのだが、
泣き寝入りしている女性が多かった時代(それは現代も変わらないのかもしれないが……)、
一見か弱そうにみえながら、
時代に立ち向かっていく、その芯のある凛とした姿は、
戸田恵梨香という女優の演技で、より魅力あるものになっていた。
先頃には『エイプリルフールズ』(2015年4月1日公開)で主演していたし、
現在公開中(2015年6月6日公開)の『予告犯』にも出ているし、
2015年8月8日公開予定の『日本のいちばん長い日』にも出演している。
映画の番宣で、
最近よくTVのバラエティ番組で見かけるが、
今年も大活躍の年になりそうだ。


この他、
柏屋の主人の源兵衛を演じた樹木希林、


番頭の利平を演じた木場勝己、


その女房のお勝を演じたキムラ緑子、


堀切屋三郎衛門を演じた堤真一、


曲亭馬琴を演じた山崎努などベテラン陣が、


さすがの演技で魅せ、見る者をうならせる。

この映画で、私が特に注目したのは、
東慶寺の院代・法秀尼を演じた陽月華。
とにかく美しかった。


こんなに美しい女優さんなら、
私が知っていて当然のはずなのだが、(コラコラ)
恥ずかしながら、私はこの女優を知らなった。
調べてみると、
元宝塚歌劇団宙組トップ娘役とのことで、(宝塚ファンに叱られてしまいそう)
いろんな方面にもっと勉強が必要だなと思ったことであった。(なんのこっちゃ)


原田眞人監督作品『駆込み女と駆出し男』は、
結論から言うと、
今年(2015年)前半のベスト3に入る傑作であった。
たぶん、今年度の多くの映画賞において、
監督賞、作品賞、主演男優賞、助演女優賞、編集賞、美術賞などで、
ノミネートされることと思う。
私とは相性が良くない原田眞人監督であるが、
今回の作品だけは素直に褒めたいと思う。
皆さんも映画館へぜひぜひ。


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