一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』 ……太賀、吉田羊の迫真の演技に拍手……

2019年01月23日 | 映画
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本作『母さんがどんなに僕を嫌いでも』も、
昨年(2018年)11月16日に公開された作品である。
「私の好きな吉田羊が出演している」
という、只その一点で気になっていた作品であった。
佐賀では、約2ヶ月遅れの、今年(2019年)1月11日から公開され始めた。
で、先日、ようやく見ることができたのだった。



東京の下町で生まれ育った歌川タイジ(大賀)は、
幼い頃から美しい母・光子(吉田羊)のことが大好きだった。


だが、家にいる光子はいつも情緒不安定で、
タイジの行動にイラつき、容赦なく手を上げる母親だった。


5歳の頃から暴力を受け、
9歳で施設に入所させられる。
幼少期から見守ってくれた工場の婆ちゃん(木野花)だけが心の支えであったが、


施設から帰ってきてすぐ両親の離婚により離ればなれになってしまった。
光子は生活が次第に荒れていき、
タイジは苛烈な虐待に晒されることとなる。


学校でもいじめを受け、
〈自分はブタだ……〉
という自虐イメージに取り憑かれはじめる。
17歳になったタイジは、
ある日光子から酷い暴力を受けたことをきっかけに、
家を出て1人で生きていく決意をする。
住込みで働き始めたものの、ただ生きているだけの虚しい生活が続く。


そんなタイジに、唯一自分の味方だった婆ちゃんの余命が残り少ないとの知らせが届く。
見舞いに駆けつけたタイジは、
婆ちゃんが今も自分を思ってくれる強く優しい想いに心を動かされる。


努力を重ね、一流企業の営業職に就いたタイジは、
社会人劇団にも入り、


金持ちで華やかだが、毒舌家のキミツ(森﨑ウィン)と出会う。


容赦なくモノを言うキミツに戸惑いながらも、次第に心を開いていくタイジ。


会社の同僚・カナ(秋月三佳)や、
カナの彼氏である大将(白石隼也)とも打ち解けていく。


大人になって初めて人と心を通わせる幸せを感じたタイジは、
友人たちの言葉から、自分が今も母を好きでいることに気づき、
再び母と向き合う決意をする……




太賀と吉田羊の迫真の演技が印象に残る佳作であった。
ことに、吉田羊の演技は鬼気迫るものがあり、圧倒された。
(気が弱い人は、予告編さえも要注意!)


原作は、
漫画家の歌川たいじが自身の壮絶な母子関係をつづったコミックエッセイ。


すごく評判になった本らしいが、
この本のことも、著者(歌川たいじ)のことも、私は知らなかった。

【歌川たいじ】
1966年、東京都生まれ。漫画家。
1日10万アクセスを記録したブログ「ゲイです、ほぼ夫婦です」で人気を博し、
2010年『じりラブ』でデビュー。
2013年に伝説的コミックエッセイ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』を刊行。
他の著書に、
『母の形見は借金地獄』
『「おつきあい」の壁を乗り越え48キロやせました』など。
2015年、『やせる石鹸』で小説家デビュー。
NHK「ハートネットTV」に出演するなど、
多方面で活躍。老若男女、セクシャリティを問わず多くの熱烈なファンをもつ。


原作を知らなかったので、
先入観なしで映画を見ることができたのは良かったと思うのだが、
見ている途中で疑問に思うことがいくつかあり、
鑑賞後に、原作者のプロフィールを読み、
「ゲイを公表している」方であることを知り、納得した。

歌川さんは、ご自身がゲイであることをオープンにして作家活動を続けてきた方です。ネグレクト家庭とLGBT差別、どちらも目を背けられた問題であるという根は同じです。映画では、セクシュアリティの問題に社会派的な目配りをせず、あくまでも《母と子の物語》に集約させたいと考えました。
映画化とは、原作の単なる再現とは違いますし、ストーリーの動画化でもありません。歌川さんの人生から、なにを《映画》として抽出するべきか、僕の心は決まっていました。それは母への慕情。―『母をたずねて三千里』の昔から脈々と続く普遍のテーマです。
告発のメッセージを送るための映画ではなく、人の《生》を絶対的に肯定する明るいエネルギーを描きたいと思いました。
この世に生きる全ての人たちにとって、人生の座標軸の原点は、母から生まれたことなのですから。


と、御法川修監督が語っていたが、
LGBT差別が描かれなかったことで、物語が単純化され、
タイジの母・光子以外は善人ばかりという、
やや深みに欠けるストーリー展開になっている。


映画『愛を乞うひと』(1992年)を持ち出すまでもなく、
この手のドラマは数多くあり、より深刻な作品もある。
現実社会では、連日「幼児虐待」のニュースが流れており、
子殺しに至るケースも珍しくない。
そういう厳しい現実社会の中にあって、
本作を見て、「物足りない」と感じる人も多いことと思う。
それでも、なお、この映画を「見る価値のあるもの」しているのは、
やはり、太賀と吉田羊の熱演である。
特に、吉田羊は、
自身が演ずる母・光子を、観客が「怖い!」と感じるほどに演じなくては、この作品が映画として成り立たない……とさえ思っていたのではないか?
そんなことを想像させるほどの迫真の演技であった。


それを受ける側の太賀の演技も素晴らしかった。
子供時代を演じた小山春朋が、
愛嬌のある演技で吉田羊の怖さをより際立たせていたように、


太賀もまた表層的な薄笑いを浮かべることで、
タイジの屈折した複雑な心情を巧く表現していた。



この映画で、私が最も心惹かれた人物は、
会社の同僚・カナであった。


演じていたのは、秋月三佳。


【秋月三佳】
1994年4月13日、東京都出身。
中学生のとき渋谷のスペイン坂で現在の事務所にスカウトされて芸能界入り。
2010年、映画『恋するナポリタン 〜世界で一番おいしい愛され方〜』でデビュー。
2010年映画『さんかんしおん』主演。
2011年連続ドラマ『もっと熱いぞ!猫ヶ谷!!』主演。
2013年映画『風切羽〜かざきりば〜』主演。
2015年映画『ガールズ・ステップ』岸本環役、
2016年NHKドラマ『水族館ガール』に出演。
企業広告では日本コカ・コーラ株式会社、セコムホームライフ、協永堂印刷株式会社などで起用される。
趣味は音楽鑑賞、映画鑑賞。特技はクラシックバレエ(8年経験)、イラスト。


私は、本作を見るまで、秋月三佳という女優は知らなかったのだが、
心優しく、いつもタイジを元気づけるカナという女性を演じる彼女を見て、
凄く好い女優だと思った。
カナを演じた秋月三佳の可愛さも相俟って、カナと秋月三佳が同化し、
こんな明るい女性こそ、今のタイジには必要と感じ、
〈タイジとカナは結ばれてほしい〉
と切に思った。
抱きついたり、じっと見つめたり、


カナはタイジに気があると思っていたし、
タイジもカナが好きなのだと思っていた。
だが、そうはならない。
こんなところに、
本作が、「セクシュアリティの問題」を目配りしなかったひずみが現れていると思った。

LGBT差別、セクシュアリティの問題を避けたことで、
やや深みのない作品になってはいるが、
深刻な問題を扱っている割には、
後味は悪くなく、ポジティブな印象が残る作品になっているのは、
やはり本作が優れているからだろうと思われる。


昨年(2018年)11月16日に公開された作品であるが、
今年(2019年)の1月、2月に上映する映画館も多いので、
近くに上映館がありましたら、ぜひぜひ。


※これで、2018年に公開された(私が見たいと思った)映画は、概ね見てしまった。
 近日中に第5回「一日の王」映画賞の発表ができればと思う。
 乞うご期待!

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