一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『だれかの木琴』 ……“東陽一マジック”で妖艶さを増した常盤貴子を見よ……

2016年12月20日 | 映画


東陽一監督といえば、
私の青春時代にもっとも輝いていた監督で、
劇映画3作目の(キネマ旬報ベストワンとなった)傑作『サード』(1978年)で、
監督としての確たる地位を築き、
以降、
『もう頰づえはつかない』(1979年/主演・桃井かおり)
『四季・奈津子』(1980年/主演・烏丸せつこ)
『ラブレター』(1981年/主演・関根恵子)
『マノン』(1981年/主演・烏丸せつこ)
『ザ・レイプ』(1982年/主演・田中裕子)
『セカンド・ラブ』(1983年/主演・大原麗子)
『化身』(1986年/主演・黒木瞳)
『うれしはずかし物語』(1988年/主演・川上麻衣子)
など、次々と話題作を発表し、
桃井かおり、烏丸せつこ、関根恵子(現・高橋惠子)、田中裕子、大原麗子、黒木瞳、川上麻衣子など、
その時代に輝いていた女優の美を、
さらに魅力的に撮る“東陽一マジック”ともいえる技で我々を魅了してきた。

その後も、やや寡作になったものの、
『橋のない川』(1992年)
『絵の中のぼくの村 Village of Dreams』(1996年)
『ボクの、おじさん THE CROSSING』(2000年)
『わたしのグランパ』(2003年)
『風音』(2004年)
『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』(2010年)
など、印象深い作品を残している。
とりわけ、第46回ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した『絵の中のぼくの村 Village of Dreams』は、
東陽一監督の代表作のひとつになっている。

その東陽一監督の新作が今年(2016年)の9月10日に公開された。
常盤貴子主演の『だれかの木琴』である。
美容師からの営業メールをきっかけに、
若い男に執着する主婦と、
彼女の狂気に巻き込まれていく家族や周囲の人々を描いた作品だとか。
原作は直木賞作家・井上荒野の同名小説。


〈見たい〉と思った。
だが、佐賀では、3ヶ月遅れの12月10日からの公開という。
首を長くして待ち、
先日、(シアターシエマで)ようやく見ることができたのだった。



主婦の親海小夜子(常盤貴子)は、
警備機器会社勤務の優しい夫の光太郎(勝村政信)と、
可愛い中学生の娘かんな(木村美言)と3人暮らし。


念願の一軒家に引っ越した小夜子は、
近くで見つけた美容院で、
山田海斗(池松壮亮)と名乗る若い美容師に髪を切ってもらう。


「本日はご来店、ありがとうございました。」
その日のうちに海斗からの営業メールが届き、
小夜子は、
「今後とも宜しくお願いします」
と、なにげなく返信するが、


何かが小夜子の中でざわめき、
自分でも理解しがたい感情が湧いてきて、
それを、どうにも止められなくなってしまう。


返信に、さらに返信を重ね、
レスが途絶えると、再び店を訪れて海斗を指名する小夜子。
ある日、店での会話をヒントに、海斗のアパートを探し当てた小夜子は、


ドアノブに、
「たくさん買いすぎて、食べきれないので、お届けしました。召し上がって下さい」
というメモと共に苺のパックを吊るして帰る。


新しいお得意様に対する拭いがたいもやもやを感じていた海斗は、
はっきりと小夜子の執着を危険なものとして感じ取る。
次の休みの日、またしても小夜子は海斗の家にやってきて、今度は家の呼び鈴を押す。


近くまで来たという小夜子に、海斗は
「汚いとこですけど、どうぞ」
と招き入れる。
「そんなつもりじゃ」
と慌てる小夜子だったが、部屋に吸い込まれるように入ってしまう。
エスカレートしていく小夜子の行動は、
家族のみならず、海斗や、海斗の恋人・唯(佐津川愛美)までも巻き込み、


のっぴきならない事態へと陥っていくのだった……




久しぶりに、映画らしい映画を見たような気がした。
東陽一監督は、1934年11月14日生まれなので、御年82歳。(2016年12月現在)
若い監督にはない、きっちりとした構図、色彩は秀逸で、
懐かしささえ感じられて、安心して見ることができた。
きっちりとし過ぎて、
前衛的な作品を好む人には、やや物足りなく感じるかもしれないが、
ここ数年、若い監督の奔放な作品ばかりを多く見てきた私としては、
むしろ、この安定感が好ましかった。


様々な女優を魅力的に撮ってきた手腕は健在で、
濡れ場のようなものはほとんどなく、肌の露出もないのだが、
それでいて、こぼれるほどのエロスを感じさせ、
よりセクシーに、より妖艶に、
常盤貴子という女優の美を撮っている。


まさに、“東陽一マジック”。
この映画では、これまで見たことのない常盤貴子を見ることができるし、
それだけでも、「この映画を見る価値はある」と言えるだろう。



若い美容師に執着する主婦・親海小夜子を演じた常盤貴子。


1972年4月30日生まれなので、44歳。(2016年12月現在)
相応にふっくらとし、
若き頃の折れそうな繊細な美ではない、
豊穣でたおやかな美を纏っていて、
私は「美しい」と思った。
常盤貴子の演じる小夜子という主婦の行動は、
ストーカー行為ではあるのだが、
狂気じみた必死さはなく、
どこかゆったりとしており、
別世界を彷徨っているような雰囲気があった。


親海小夜子という女性を演ずるにあたって、
東陽一監督から強く何度も言われたのは、
「役作りはしないでください」
ということ。
だから、「役作りをしない」役作りに挑戦したとのこと。


ちょうどわたし自身が興味を持っていた、小津安二郎さんの映画のような芝居にチャレンジできる場というか。それは、今まで自分が築いてきた経験を捨てて臨むようなことでもあったので怖さもありましたが、信用できる監督だからこそ飛び込んでみたいと。実際の現場では、例えばクランクインしてすぐの踏切を渡るカットで、いつもの癖で脚本上の前のシーンから逆算し、慌てて家を出てきた後だからと早歩きで渡ろうとしたら、監督が「ゆっくり歩いてください」と。それで、「前後のシーンのつながりが……」と思ったのですが、「あ、これが東陽一監督なんだな」とハッとさせられて。前のシーンがどうだろうと、そういうことではないところで何かが起ころうとしているのをすごく感じましたし、自分の計算ではないものなんだということを知りました。

ストーカーを扱った題材でありながら、
どこかゆったりとしたものを感じたのは、
そんな演出法があったからなのだろう。
東陽一監督の、自身のイマジネーションを信じた演出法は、
見る側としては意外性があり、とても面白かったし、
常盤貴子という女優のこれまで見たことのない面を見ることができて、
なんだか得した気分であった。



若い美容師・山田海斗を演じた池松壮亮。


世には、「彼氏にしてはいけない3B」というのがあり、
それは、「バンドマン、バーテンダー、美容師」だそうである。(笑)
いずれも、女性と触れ合う機会の多い職業で、
いかにも女性にモテそうなイメージ。(ということは浮気しそうなイメージ)
イメージで物事を語ってはいけないが、
ちょっと解るような気もする。(コラコラ)
この3Bの中のひとつ、美容師は、
実際は、10時ごろ店に来て、20時過ぎまで仕事をし、
そのあと、レッスンや閉店作業などで、帰宅するのは深夜。
浮気しようにも、普通のOLさんとは休みも合わず、
世間が思っているほど女遊びもできないとか。(だそうです)
池松壮亮が演じている山田海斗という男も、
唯(佐津川愛美)という恋人がいるものの、


いたって真面目で、
浮ついたところのほとんどない美容師である。


そんな繊細な若い美容師を、池松壮亮は自然体で演じていた。
小夜子(常盤貴子)にストーカーまがいのことをされても、
邪険にすることもなく、
怒りをあらわにすることもなく、
普通に対処し、それが、小夜子の行動をエスカレートさせてしまうのだが、
小夜子とのやりとりもわざとらしさがなく、
実に上手く演じていた。


池松壮亮は、
大学の授業で東陽一監督作品『絵の中のぼくの村 Village of Dreams』を見てとても驚き、
続いて『サード』を見て、すっかり東陽一監督のファンになったという。

衝撃的だったんです。授業の課題で観せられて、いつもはウトウト居眠りしてしまうのに、「こんな豊かな映画があるんだ!」と驚かされて。当時、自分が求めていた“嘘のない世界”と、それとは逆の“嘘を作り上げていく世界”とが混在していてドキドキしました。あの終戦直後の高知県の田舎町……主人公の小学生の兄弟の日常の中に、土地の風土に根ざした妖怪がファンタスティックに登場し、強烈に映画の血を感じたんですね。人間でしか描けないことと映像でしかできないこと、その2つをそれぞれ信じて同時に東さんは表現されていた。(『キネマ旬報』2016年9月下旬号)

大変な惚れ込みようである。
そんな東陽一監督の本作にキャスティングされ、
その期待に見事に応えている。

今年は、「池松壮亮の年だった」と言ってもおかしくないほどの活躍で、
『シェル・コレクター』(2016年2月27日公開)
『無伴奏』(2016年3月26日公開)
『ディストラクション・ベイビーズ』(2016年5月21日公開)
『海よりもまだ深く』(2016年5月21日公開)
『セトウツミ』(2016年7月2日公開)
『だれかの木琴』(2016年9月10日公開)
『永い言い訳』(2016年10月16日公開)
『デスノート Light up the NEW world』(2016年10月29日公開)
『続・深夜食堂』(2016年11月5日公開)
と、一年を通して、いつも池松壮亮を見ていたような気がする。
菅田将暉などと共に、今、監督から最も期待されている男優の一人と言えよう。



この他、
小夜子の夫・光太郎を演じた勝村政信、


海斗の恋人・唯を演じた佐津川愛美が、
見応えのある演技で楽しませてくれた。


特筆すべきは、
小夜子の中学生の娘・かんなを演じた木村美言。
まったく知らない女優で、情報もなかったが、
彼女の演技は素晴らしかった。
これからの女優だと思うが、
大いに期待して、彼女の出演作を待ちたいと思う。


久しぶりに東陽一監督作品を見ることができて嬉しかったし、
常盤貴子の美しさ、妖艶さを楽しみ、
池松壮亮の演技力、存在感を実感でき、
収穫の多い映画鑑賞であった。
九州では、現在公開中の映画館が多く、来年(2017年)公開の県もある。
【佐賀】シアターシエマ 12月10日(土)~12月23日(金)
【熊本】本渡第一映劇 2月4日(土)~2月17日(金)
【宮崎】宮崎キネマ館 12月24日(土)~1月6日(金)
【大分】別府ブルーバード劇場 12月17日(土)~12月30日(金)
【鹿児島】天文館シネマパラダイス 12月10日(土)~12月22日(木)
【沖縄】桜坂劇場 12月3日(土)~1月6日(金)

(※その他の地域の上映館情報はコチラから)
映画館でぜひぜひ。


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