今年(2020年)の6月11日に、
福岡市の中心地・天神に、
九州初上陸の「kino cinema天神」がオープンした。
kino cinema(キノシネマ)としては、
2019年4月に開業した「kino cinema 横浜みなとみらい」、
同年6月に開業した「kino cinema 立川高島屋S.C.館」に次ぐ、
3番目の映画館で、
内装は、パリのホテルをイメージし、
3スクリーンを備え、
座席数は全て各87席の計261席。
ラインナップはミニシアター系作品を中心としながら、
世界各国の映画やファミリー向け作品まで幅広く上映する予定という。
〈いつか行ってみたい!〉
と思っていたのだが、
先日、福岡に行く用事ができて、
ついでにと言っては何だが、「kino cinema(キノシネマ)天神」に行ってきた。
鑑賞したのは、
村上虹郎と芋生悠演じる若い男女の切ない逃避行を描いた映画『ソワレ』。
豊原功補と小泉今日子が発足させた新世界合同会社がプロデュースした第一作で、
外山文治監督オリジナル長編映画。
この作品、九州では上映館が極端に少なく、
福岡・kino cinema 天神 8月28日(金)~
熊本・Denkikan 10月2日(金)~
大分・シネマ5 10月3日(土)~10月16日(金)
大分・別府ブルーバード劇場 10月16日(金)~10月29日(木)
宮崎・宮崎キネマ館 10月24日(土)~11月6日(金)
の5館のみで、
もちろん佐賀県の上映館はなく、
「kino cinema 天神」以外は10月になってからの公開。
現在、九州で上映しているのは、唯一「kino cinema 天神」のみで、
映画『ソワレ』を早く見たかったら、
「kino cinema 天神」に行くしかなかった……のである。
福岡で極私的な用事を済ませた私は、
「kino cinema 天神」のあるカイタックスクエアガーデン1号棟3階に向かったのだった。
おしゃれな外観だ。
座席は、
コトブキシーティング社製 CN552642タイプ背ロッキング特注品で、
とにかく座り心地が良かった。
で、ワクワクしながら映画を鑑賞したのだった。
俳優を目指して上京するも結果が出ず、
今ではオレオレ詐欺に加担して食い扶持を稼いでいる岩松翔太(村上虹郎)。
ある夏の日、
故郷・和歌山の海辺にある高齢者施設で演劇を教えることになった翔太は、
そこで働く山下タカラ(芋生悠)と出会う。
数日後、
祭りに誘うためにタカラの家を訪れた翔太は、
刑務所帰りの父親から激しい暴行を受けるタカラを目撃する。
咄嗟に止めに入る翔太。
それを庇うタカラの手が血に染まる。
逃げ場のない現実に絶望し佇むタカラを見つめる翔太は、
やがてその手を取って夏のざわめきの中に駆け出していく。
こうして、二人の「かけおち」とも呼べる逃避行の旅が始まった……
なんともヒリヒリするような映画であった。
完成度が高いかと言われるとそうでもなく、
粗削りであり、瑕疵も多い。
だが、それを補って余りある“熱”がこの作品にはあった。
とにかく、主演の村上虹郎と芋生悠が好い。
舞台(ロケ地)が和歌山県ということもあって、
紀州道成寺にまつわる「安珍清姫伝説」のような男女の恋愛が取り入れられて、
土俗的であり、神話的でもあり、
なんだか中上健次の小説の登場人物たちのようでもあった。
私は、同じ和歌山県でロケされた、
小松菜奈と菅田将暉が主演した山戸結希監督の傑作『溺れるナイフ』を思い出した。
映画のタイトルがスクリーンに表記されるまで36分かかるが、
アバンタイトルの長さが、この映画の助走の部分とも言え、
本作はここから一気に走り出す。
逃亡劇とも言える展開になり、
疾走する二人の姿にドキドキさせられるのだ。
それからは、息を止めて映画を鑑賞していた感じで、
映画が終わり、ホッとため息をついた。
余韻を残すラストで、
この後、二人はどうなるのだろう……と、見る者に想像させる。
そういう意味では、
この映画自体が大いなる助走だったのかもしれない。
主人公の翔太を演じた村上虹郎。
初めて村上虹郎という俳優を認知したのは、
今から4年前の2016年だった。
寺尾聰主演のTVドラマ「仰げば尊し」(2016年7月17日~9月11日、TBS)の青島役と、
映画『ディストラクション・ベイビーズ』(2016年5月21日公開)の主人公・芦原泰良(柳楽優弥)の弟・将太役で、(コチラを参照)
強烈に印象づけられた。
このとき、
父は、俳優の村上淳で、
母は、歌手のUAだということを知ったのだが、(二人の離婚後はUAが育てている)
同じ2016年8月に、
鹿児島で実施された「グッドネイバーズ・ジャンボリー2016」で、(コチラを参照)
私は村上虹郎の母・UAを見ており、
特徴のある目や、ややハスキーな声も母親似だなと思った。
その後も、
『二度めの夏、二度と会えない君』(2017年)
『ハナレイ・ベイ』(2018年10月19日公開)
『チワワちゃん』(2019年1月18日公開)
『楽園』(2019年10月18日公開)
『"隠れビッチ"やってました。』(2019年12月6日公開)
などを鑑賞し、レビューも書いてきたのだが、
役者としての在り方、こだわり、出演する作品の選び方(ややマイナー志向)などは、
父親(村上淳)似なのかなと思ったりもした。
本作『ソワレ』では、
芋生悠をリードしつつ、
“静”と“動”、“強”と“弱”の両極端の魅せる演技が秀逸であった。
もう一人の主人公・タカラを演じた芋生悠。
【芋生悠】(いもう・はるか)
1997年12月18日、熊本県生まれ。
2014年、「ジュノン・ガールズ・コンテスト」にてファイナリストに選ばれる。
翌年、女優業をスタート。
2016年、『バレンタインナイトメア』で映画デビュー。
『マタードガス・バタフライ』(2016年)で映画初主演を飾る。
『東京喰種 トーキョーグール』(2017年)や、
『斉木楠雄のψ難』(2017年)などでも印象的な役どころを好演。
主な出演作に、
『恋するふたり』(2019年)、
『左様なら』(2019年)、
『37 Seconds』(2020年)、
『#ハンド全力』(2020年)などがある。
豊原功補演出の「後家安とその妹」では舞台女優としての力量も発揮。
写真集に、初舞台「欲浅物語」の舞台裏を追いかけた「はじめての舞台」がある。
趣味は美術で、本人のTwitterなど、ネット上でいくつか描いた絵を見られる。
高校も美術コースで、油絵専攻だった。
特技は書道、空手、水泳、長距離走、百人一首、バスケットボールなどで、
特に書道は、師範の資格を取得しており、
ファースト写真集『はじめての舞台』(2018年)では題字を書いている。
私が初めて芋生悠という女優を認知したのは、
映画『野球部員、演劇の舞台に立つ!』(2018年2月24日公開)においてだった。
演劇部の美術担当の川上智花を演じていて、
この配役には、
高校が美術コースで油絵専攻だったことや、
趣味は美術と公言していることなども影響しているのかなと思った。
本作では、体当たりとも言える演技をしていて、
裸も厭わぬ演技は、見る者の心を打つ。
私は、同じ熊本県出身で、
『あゝ、荒野』(前編・後編)(2017年公開)に出演した木下あかりを思い出した。
とにかく火の国の女は「熱か~」。(コラコラ)
タカラ(芋生悠)が一日だけ働いたスナックのママ・佐久間久美子を演じた田川可奈美も、
熊本県出身。
李相日監督の『フラガール』で映画デビューし、
フラガールズとして第16回日本映画批評家大賞助演女優賞を受賞している。
美しい女優で、
本作でも、場末のスナックのママを自然体で演じていて秀逸。
本作『ソワレ』には、私の好きな女優・江口のりこも出演していて嬉しかった。
翔太(村上虹郎)とタカラ(芋生悠)が一時的に働いた、
夫婦で営む農園の妻・瀬山晶子を演じていたのだが、
どんな役でも役に溶け込む演技が素晴らしい。
現在は、TVドラマ「半沢直樹」での白井亜希子国交相を演じて話題になっているが、
コアなファンとしては、
「有名になってほしい」という気持ちと、
「私だけの江口のりこでいてほしい」という気持ちの間で揺らぐ。(コラコラ)
本作には、もう一人、気になる女優が出演していて、
それは、タカラ(芋生悠)の母・山下寛子を演じた石橋けい。
ここ数年の出演作では、
山下敦弘監督作品『ハード・コア』(2018年公開)、
諏訪敦彦監督作品『風の電話』(2019年公開)
が強く印象に残っているが、
本作でも、出演シーンは短いものの、存在感のある演技で観客を魅了する。
“ソワレ soiree”とは、フランス語で、
「陽が暮れた後の時間」、「夜会」、
または劇場用語で「夜公演」を意味し、
本作『ソワレ』には、
「誰もが心の奥底に秘める癒えることのない傷や大切な想いを一夜かぎりのソワレ(夜会)に閉じ込め、次のまた新しい朝を迎え歩き出す」
というメッセージが込められているという。
ちなみに、昼公演は“マチネ matinee”と言い、
以前レビューを書いた映画『マチネの終わりに』のマチネがこれに当たる。(コチラを参照)
本作を鑑賞した直後は、
瑕疵の多い作品でもあるし、「佳作」程度の感想しかなかったが、
時間の経過と共に、映画のいろんなシーンが思い出されて、
映画の印象が日々濃くなっていく感じがあった。
二人が逃亡する海の風景、
田園の風景、
夜の風景などが蘇り、
心のヒリヒリ感が増していくようであった。
〈この感じは、もしかすると「傑作」であることの重要な要素であるのかもしれない……〉
そう考えるようになって、最終的に、
……村上虹郎と芋生悠が疾走する外山文治監督の傑作……
とのサブタイトルを付することとなった。
熊本県出身の行定勲監督が、
夏の陽光、夜の闇、夜明けの海。 何よりも村上虹郎と芋生悠の生々しい刹那の表情を捉えた撮影が素晴らしかった。 行き場のないふたりの彷徨は、私たちの内なる絶望を炙り出し、 どうしようもない世の中にしがみついて生きる私たちの心を揺さぶる。
とのコメントを本作に寄せていたが、
いつの日か、行定勲監督も、
同じ熊本県出身の芋生悠を中心に据えて映画を撮るような気がした。
そして、「くまもと復興映画祭」で登壇している芋生悠を、
それを目撃している私までもを想像することができた。
これは、映画『ソワレ』と芋生悠に限りない未来がある証拠であろう。
映画館で、ぜひぜひ。