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一昨年(2019年)の第72回カンヌ国際映画祭で、
最高賞パルムドールを受賞したのは、
ポン・ジュノ監督作品『パラサイト 半地下の家族』だった。
だが、もう1本、アジア発の衝撃をカンヌにもたらして絶賛を博した映画があった。
それが、本日紹介するディアオ・イーナン監督作品『鵞鳥湖の夜』なのである。
イーナン監督は、『薄氷の殺人』(2014年)で、
第64回ベルリン国際映画祭の金熊賞、銀熊賞(男優賞)をW受賞した中国の気鋭監督で、
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彼の5年ぶりとなる待望の新作が、『鵞鳥湖の夜』なのだ。
『薄氷の殺人』を見て、イーナン監督が優れた監督であることは知っていたし、
ドン・ユエ監督作品『迫り来る嵐』を見て、(レビューはコチラから)
中国ノワールサスペンスが高水準にあることも承知していた。
……なので、『鵞鳥湖の夜』も当然見たかったのであるが、
日本での公開時(2020年9月25日公開)、私は諸事情で見ることはできなかった。
前回レビューを書いた『夏、至るころ』と同様、
今年(2021年)の7月に、やっと「DVD発売&レンタル開始」となり、
先日、ようやく見ることができたのだった。
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2012年7月19日。
中国南部。
じっとりと雨が降りしきる夜、
警察に追われているバイク窃盗団の幹部チョウ・ザーノン(フー・ゴー)が、
郊外の駅の近くで妻のヤン・シュージュン(レジーナ・ワン)の到着を待っていた。
しかし胸に深い傷を負っているチョウの前に現れたのは、
赤いブラウスをまとった見知らぬ女だった。
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彼女はリゾート地である鵞鳥湖の娼婦リウ・アイアイ(グイ・ルンメイ)。
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なぜシュージュンの代わりに、美しくも謎めいたアイアイがここにやってきたのか。
しばし用心深く互いの真意を探り合ったのち、
チョウは重い口を開き、自分の人生が一変した2日前の出来事を語り始めた。
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7月17日
夜、刑務所から出所して間もないチョウは、
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自らが所属するバイク窃盗団の技術講習会に顔を出した。
ところが会場のホテルで指南役のマーが、
数十人もの構成員に担当区域を割り振っている最中、思わぬ揉め事が発生。
若く血気盛んな猫目・猫耳の兄弟が、
古株のチョウがリーダーを務めるグループに因縁をつけ、
チョウの手下の金髪男が猫耳に発砲してしまったのだ。
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仲裁に入ったマーの提案でチョウと猫目・猫耳の両グループは、
制限時間内に何台のバイクを盗めるかを競う勝負を行うことになった。
しかしその真っ最中、猫目が卑劣なトラップを仕掛けて金髪男を殺害し、
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チョウの胸にも銃弾をお見舞いする。
からくも猫目の追撃を交わしたチョウだったが、バイクでの逃走中、
視界不良の路上で誤って警官を射殺してしまう。
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7月18日。
警察は総力を挙げ、警官殺しの容疑者チョウを全国に指名手配し、
30万元の報奨金をもうけて一般市民からの通報を募った。
最新の捜査情報によれば、
動物病院で手当を受けたのちに姿を眩ましたチョウは、
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鵞鳥湖の周辺に潜伏しているらしい。
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再開発から取り残された町や無人の森が広がっているこの一帯の捜索を担当するのは、
凄腕のリウ隊長(リャオ・ファン)率いる精鋭チームだった。
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この日、鵞鳥湖の畔で観光客相手の娼婦をしているアイアイは、
“水浴嬢”と呼ばれる彼女たちの元締めであるホア(チー・タオ)から、ある依頼を受ける。
それは逃亡中のチョウが会いたがっている彼の妻シュージュンを捜し出すことだった……
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鑑賞後、
なんとも不思議な感慨に襲われた。
“新しさ”も感じるが、同時に“懐かしさ”も感じるというような、
“俗っぽさ”を感じながら、同時に“芸術的なるもの”も感じてしまうというような、
不思議な感覚。
日本映画では、
『おとし穴』など、安部公房の原作・脚本で映画化した勅使河原宏監督作品や、
『狂った果実』など、映画テクニックを駆使して撮られた中平康監督作品のような……
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外国映画では、
ゴダール、トリュフォーら、ヌーヴェルバーグ系の監督作品のような……
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これは、『薄氷の殺人』を見たときにも感じたので、
イーナン監督の資質なのかもしれない。
考えてみるに、
新しいだけでは、なかなか世の中に認めてもらえないし、
映画では、特に、新しい部分から真っ先に腐ってくる。
音楽にしても、ヒットするのは、新しさと懐かしさを同時に感じさせてくれる曲だ。
若い人たちの間で人気のある、
米津玄師(「Lemon」「馬と鹿」)
King Gnu(「白日」「三文小説」)
あいみょん(「君はロックを聴かない」「マリーゴールド」)
Yoasobi (「夜に駆ける」「群青」)
緑黄色社会(「Mela!」「sabotage」)
などの曲は、
私たち中高年世代にとっても、新しさを感じさせつつ、どこか懐かしさを感じさせるし、
良い曲だと思わせるものを持っている。
本作『鵞鳥湖の夜』も、
芸術性を持った、やや一般受けしにくい内容ながら、
本国(中国)チャートで初登場 2位を記録する異例の大ヒットとなったのは、
若い世代には新しさを、中高年世代には懐かしさを感じさせ、
芸術性を保ちつつ、大衆的でもあった証しであろう。
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『薄氷の殺人』の日本公開時(2015年1月10日)に来日したディアオ・イーナン監督は、
今の中国の現実の景色を撮りました。私が撮りたかったのは、白く美しい雪景色ではなく、踏まれて汚れた雪。それによって映画の色調が決まってきました。暗くて、みすぼらしくて汚い。そういう場所から生まれる雰囲気を大切にしました。撮影中は、美しい映像にしようだとか、詩的な映像にしようということは考えていませんでした。とにかく、その場所の雰囲気をしっかりとカメラに収めたかったのです。その上で、シュールな感覚が出てくると思ったのです。
と語っていたが、
『鵞鳥湖の夜』でも同じことが言え、
中国社会の底辺で生きる人間たちの現実を鮮烈な映像で描いたノワールサスペンスであり、
再開発から取り残されたような鵞鳥湖周辺の地区を舞台に、
ギャングたちの縄張り争いや、警察との抗争を、
酩酊したような映像世界に観客を引きずり込み、酔わせ、クラクラさせる。
『薄氷の殺人』もそうであったが、上映時間(111分)のほとんどは“夜”であり、
登場人物たちと同じように観客もまた“夜”を彷徨うことになる。
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原題は『南方車站的聚会』で、
中国南部の都市といえば広州のイメージが強いが、
本作は、武漢で撮影されているという。
その理由として、イーナン監督は、
武漢は“百湖の街”と呼ばれるほど湖が非常に多く、街全体もとても美しいから……
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と(リモート)インタビューで答えていたが、
世界中がコロナ禍にある今、
奇しくも新型コロナウイルスの起源の地とされる武漢(諸説あり)が本作の舞台というのが、
なんとも皮肉めいていて、ノワールサスペンス感に拍車をかける。
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鵞鳥湖の娼婦リウ・アイアイを演じたグイ・ルンメイは、
イーナン監督の前作『薄氷の殺人』にも出演していた台湾の女優であるが、
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中国本土の水浴嬢(水辺の娼婦)を台湾の女優に演じさせた理由を、
イーナン監督は次のように語る。
台湾の役者が中国の水浴嬢を演じたら、どうなるのか。非常に挑戦的な試みでしたが、現場でのグイ・ルンメイは本当に素晴らしかった。普段とはまるで別人のように、役に集中し、動きも、セリフも完璧。実は、彼女には役作りのため、約半年間、武漢に滞在してもらったんです。スタッフが現地に入る前、彼女は武漢の生活を体験しながら、水浴嬢の世界をきちんと理解していきました。(「映画.com」インタビューより)
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グイ・ルンメイと言えば、
映画デビュー作となった『藍色夏恋』のときの初々しい彼女を思い出す人が多いと思うが、
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約20年を経て、
デビュー作とは真逆の役を演じる彼女に、月日の流れを感じないではいられない。
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私としては、グイ・ルンメイの演技が見られただけでも、
この映画を見る価値はあったと思われる。
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今の中国は、
大都市は高速発展のおかげで現代都市になっているが、
郊外、あるいは地方の小さい町や村は、過去のまま停滞している。
日本から見ても、どれが本当の中国なのかがわからない。
武漢という美しい街の中にある汚いもの、
新しさの中にある古いものを描きながら、
現代中国の底辺部にある澱のようなものをあぶり出した本作は、
稀に見る傑作となっている。
これからも中国ノワールサスペンス映画から目が離せない。